罪焼きの焦牢と友との会話③


 大罪都市プラウディア、【運命の精霊の小神殿】


「【黒剣】を動かすために必要なのは、"資金”、"罪”、そして"権威”でございます」


 薄暗い部屋の中で、大罪都市エンヴィー騎士団、エクスタイン・ラゴートは跪いた。言うまでも無く、都市民である彼がこうした態度を取るのは、自分より上の権威、即ち神官を相手にする時のみである。


「その内、資金は貴方が用意すると?エンヴィーの使い」


 彼の前には、神官がいた。40程の年齢の女神官。彼女は跪くエクスタインを、蔑みの混じった眼で見下ろしていた。【運命の精霊】の神官、ドローナは僅かに皺の伸びた頬を歪めて、笑った。


「我が国の、中央工房であれば用意するのは容易いです」

「随分と余裕だこと。都市民のクセに、私腹を肥やしているというのは本当なのね?」


 ホホホ、と嘲りが響く。徹底して、都市民のエクスタインを見下して、嘲っていた。都市の内部において、その地位の格差に露骨になる者は珍しくは無かったが、しかしここまであからさまな者はあまり多くは無い。

 そして、だからこそ彼女は"この話”に乗ろうとしているのだ。


「罪はカーラーレイの生き残りが用意いたします」

「エイスーラにも上手に阿る事が出来なかった連中に、なにが出来るというの?」

「その、大地の寵愛者が残したプラウディア侵攻の計画書を手に入れたとのことです。それを【歩ム者】のギルド長になすり付けます」

「酷い脚本だこと」


 彼女の嘲りは強くなった。が、言葉とは裏腹に目に見えて機嫌が良くなっていった。どうやらお気に召したらしい。ウーガというとてつもない遺産を、名無しの冒険者達が手に入れることになるかも知れないという現状が本当に気にくわなかったようだ。

 あるいは、"例の戦い”の前の騒動で、その冒険者達にしてやられたことに恨みでも抱いているのかも知れない。身勝手な恨みだが、しかし今はどうでも良いことだった。エクスタインは今の推測を一切表情に出さずに、続けた。


「そして権威には、貴方方の力が必要となるのです」

「我が【運命の精霊】の権威、安くはありませんよ?エンヴィーの」

「無論でございます。ウーガの管理権限を奪還した暁には、貴方方に相応の御礼をご用意させていただきます」


 エクスタインの言葉に、ドローナは笑った。歓喜に打ち震えた邪悪な女の声が部屋の中に響き渡った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【罪焼きの焦牢】


「と、こんな感じだったね。さて、質問はあるかな?」


 エクスタインは自分の行った所業を懇切丁寧に説明した。鉄格子越しでなければ、あるいは鉄格子越しであったとしても、殺されかねないような話であったが、エクスタインは決して、ウルの手が届く範囲から逃げようとはしなかった。

 そしてウルもまた、別にその場でエクスタインをくびり殺すような真似はしなかった。ただ、暫く悩ましそうに頭を掻いて、口を開いた。


「……とりあえず、思ったことは一つある」

「うん、どうぞ」

「ほぼ何も聞かされず牢獄に投げ込まれたんだが、俺の今の立場は『容疑者』って事か?」

「そうなるね。カーラーレイ一族の計画書をいきなり全部ウルの仕業にするなんてできっこないからね。あくまでも、関わってたんじゃないか確認するって辺り」


 容疑を晴らすための調査を行う――――というお題目で、ウルを拘束したのだ。ウルはそれを理解し、なるほどと頷くと、大きく溜息をついて、叫んだ。


「――――同行拒否りゃよかった…!」

「うん。正解。君が初手で拒否していれば、黒剣は君を引っ張れなかった。」


 あの時、あの場で、ウルが大人しく黒剣の命令に従ったのは、完全な失策だったのだ。あの時、大連盟法に基づくならば、黒剣にウルの拘束の権限は無い。アレはあくまで任意同行の流れだった。

 無論、言うまでも無く黒剣騎士団はそのような事を懇切丁寧に説明する訳もないのだが、それにしたって、失敗だった。


「君って昔から、無茶苦茶なくせに突きつけられると規則に従順なんだよね」

「名無しの気質が染みついてるんだよクソッタレが……」


 ウルは呻く。エクスタインは苦笑した。


「というより、自分の脛の傷で、仲間を巻き込むの嫌がって従順になる悪癖があるのさ。冒険者ギルドに入って地位を高めたんだ。やりようはいくらでもあったのに」

「そもそもまだ冒険者である自覚すらうっすいんだよ……」

「まあ、君がそうするって分かってたから仕掛けさせたんだけど痛い痛い痛い」


 牢屋越しにエクスタインの頭蓋を引っ掴み、力をゆっくり込め始めた。


「俺のことよーくわかってくれて嬉しいよクソ野郎。このまま脳天かち割ったろか」

「今の君が言うと洒落にならないやめてやめてやめて」


 しばらくの間、エクスタインを鉄格子越しに振り回し、ウルはようやく手放した。暫く痛みに地面に転がるエクスタインを見下ろしながら、もう一度溜息をつく。


「で、聞かせろよ。なにがしたいんだお前」


 問う。エクスタインはゆっくりと立ちあがった。


「俺を嵌めたことはどうでも良い。お前じゃ無くたって、どうやらこうなってたらしいからな。だが、わざわざ顔を出したんだ。言いたいことあるだろ」


 ウルの手の届く範囲から、彼は逃げなかった。ハッキリ言って彼の所業は畜生だ。場合によっては殺されたって文句は言えない。そして何故か看守も席を外してる現在、本当に鉄格子越しに、ウルはエクスタインを殺すことも出来るのだ。

 なのにこの男は一切その場から逃げようとはしなかった。


 詰まるところコイツは、ウルに殺されても良いと思っているのだ。度し難すぎる事に。


 エクスタインは、そんな異常性をおくびにも出さず微笑みを浮かべた。


「ウルだって、知ってるだろう?僕はだ。お飾りの天魔は兎も角、事実上の上司である【中央工房】の命令があれば拒否権はない。古い友人だって売らされる」

「ひっでえ社畜だな」

「ただ、全く何も出来ないわけじゃない」

「あ?」

「方向は決められない。でも、。」


 そう言って、エクスタインは一歩前に進みでた。端正な彼の顔がよく見える。そのウルへと向ける視線に、ウルは奇妙なものを感じた。


「色んなヒトと一緒に裏から手を回した。どこかの小規模な牢獄で君を幽閉する案を潰した。君をなんとかこの地獄まで連れてこれた」


 既視感があった。

 その目は、ウーガの騒動の時、見たことのある眼だ。あの時、ウル達の前で正体を現した邪教徒、カランの眼だ。全てに絶望し、唯一信じられるものの為だけに駆けることを強いられた、狂信者の眼。


 


「エクス、お前――――」

「……牢獄の中でなにができるって言うんだよ」

「心配しなくても、君が行き着く先は”こんな所じゃない”。此処は、表層で、罪人の中でも都市民向けの、帰るところがある連中の場所なんだ」


 薄暗く、巨大なる塔。罪人達が収容され、無数の手が外へと伸びる、この世のどん詰まりのような光景。しかし、此処は【罪焼き焦牢】の本質ではない。


「そこは普通の人にとっては、救いのない地獄の底だ。絶望して、首をくくったっておかしくないような場所。死んだ方がマシなこの世で最も忌むべき所」


 だけど、と、エクスタインはウルに微笑みかける。


「でも、君ならそうじゃない」

「……お前、俺を、なんだと思ってんだ……?」


 ウルは少し引いた。普通にちょっと怖かった。エクスタインはそんなウルの反応に苦笑しながらも、応じた。


「古い僕の友人。銀級の冒険者。天才でもなんでもない凡人で――――本物の怪物だ」


 数年来の友人がとてつもない拗らせ方をしていることにウルはようやく気がついた。遅すぎたが。そしてそのウルのドン引きを感じ取ったのか、ご免ご免とエクスタインは笑い、両手を挙げて背中を向けた。

 そして最後に振り返り、期待を込めた声で、告げた。


「ウル、僕も含めて全てを食い千切ってね。君なら出来る」


 それだけ言って、エクスタインは去って行った。

 カツンカツンと響く足音が消えて、今度こそ誰も居なくなった後、ウルは牢獄の鉄格子に手をかけると、大きく身体を仰け反らせて、そして叫んだ。


「んもーめんっどくせえぇぇぇぇええ………!!」


 うるせえボケえ!!という囚人の声が響き渡った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 同刻【竜吞ウーガ】、司令塔にて。


「まだ詳細は不明ですが、今回のウル様が何故こうなったかは分かりましたね」


 立ち上がり、シズクがディズから聞いた説明をまとめる。

 判明した事実は思った以上に大きく、そして厄介だった。


「複数の勢力がウーガを狙い、邪魔なウル様を排除した。ウーガに干渉し易いように」

「でも、つまり、そうなると……」

「そうですね。今後早い内に幾つもの勢力がウーガを乗っ取ろうと動くはずです」


 会議室が静かになる。これから待ち受ける困難を理解したのだ。大きな山場を越えた先に、また新たな試練がある、というのは中々に堪える話ではあった。

 だが、暫くすると、全員が顔を上げた。


「で、どうするの?」


 リーネがシズクに問う。それ以外の全員、決して絶望したり、無気力に襲われたりはしていなかった。彼らは打ちのめされることになれていた。陽喰らいの儀、そしてソレまでの戦いを経て、彼らはタフになっていた。

 ウルに代わり、【歩ム者】のリーダーとなるのは、言うまでも無くシズクだ。彼女は頼もしき仲間達に満面の笑みを浮かべると、すぐに表情を引き締めた。


「まずはグラドルのラクレツィア様と連絡を取りましょう。彼女の方でも恐らく今回の件は把握していらっしゃるはず。急ぎウーガ干渉に対する対策を取ります」

「じゃ、じゃあ私が動いた方が良いんだな」


 エシェルは立ち上がり、握りこぶしをつくった。シズクは頷く。


「そうですね。ですがエシェル様はウル様がいなくなれば唯一無二の支配者です。干渉者が狙うとしたら貴方でしょう。カルカラ様。ジャイン様。どうか注意してあげてください。特にカーラーレイの残党には」

「当然です」

「金を貰う分の仕事はこなしてやるよ」


 カルカラは頷き、ジャインは表情は面倒くさそうにしながらも、すぐにラビィンに何事か指示を出して、彼女を走らせた。【白の蟒蛇】全体に指示を出したのだろう。


「ディズ様、お忙しい中、大変申し訳ありませんが、先程おっしゃっていたウーガに対して不穏な動きをしていた方々をリストアップして貰えますか?確認しておきたいのです」

「ジェナに用意させるよ。その連中は此方でも牽制しておく」

《まっかせとけー!》


 ディズとアカネがそれに応じ、すぐに出て行った。今も仕事中なのだろう。それでも頼もしい限りだった。


「リーネ様、ウーガのセキュリティ強度を上げられますか?場合によっては不正な魔術干渉か、あるいは不法侵入者がやってくる可能性もあります」

「結界の術式の強化と書き換えるくらいなら出来るけど……」


 リーネはぶつぶつと呟きながら考え込む。このウーガの主柱とも言える彼女の頼もしい姿にシズクは頷き、続けて、


「それと、場合によってはグラドルとは別の支配者にトップがすげ替わる可能性があります。備えて、私達以外がウーガに干渉できないよう封印術を組めますか?」

「貴方まで無茶苦茶言わないでくれる!?出来るけど!!!」

「できるんだ……というかそんなことして良いのか?」

「ええ――――秘密ですよ?」

「秘密」


 シズクは矢継ぎ早に指示を出す。指示は明瞭であり、故にその指示に誰も不安を覚えることは無かった。ただし一点、問題は残されている。ロックがカタカタと手を上げた。


『ほんで、ウルはどうするんじゃい?』

「どうしましょう」

『ウルの奴かわいそうじゃのう?』


 冗談です。とシズクは言うが、そのまま少し悩ましげに頬に手を当てた。


「ウル様の処遇が、ハッキリしないことには動きづらいのです。【焦牢】について分かる方はいらっしゃいますか?」


 その問いに、必然的にジャインへと視線が集まった。ジャインは顔を顰め、頭を掻いた。


「……俺が知ってることも限られんぞ。だが、一応は聞いたことがある。名無しの犯罪者崩れの奴らが喋ってたのを聞いた」


 自分たちは小悪党だが、それでも絶対に殺しはやらない。

 何故なら、【焦牢】に放り込まれるのだけは、ご免だからだ。彼らはそう言っていた。


「あそこは――」



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