罪焼きの焦牢と友との会話②
「結局の所さ」
エクスタインは、牢獄の前で地べたに座り込み、かったるそうに牢屋にもたれかかるウルに語りかけた。
「今回、こうなったのは、君があまりにも滅茶苦茶すぎたんだよ」
「いきなり罵倒だな」
「賛辞だよ。それも心からのね」
事実、エクスタインにウルを嘲る様子はなかった。この場に彼が現れたと言うことは、つまるところ
「【歩ム者】の能力証明、“例の戦い”への参加を、エンヴィーやプラウディアの、【竜吞ウーガ】を狙っていた連中はあまり気にしてなかった。たかを括っていた」
「俺たちが無様に失敗するだろうって?」
「正解。ま、そもそも陽喰らいの実体を知る者自体少なかったけどね。でも、断片的になら知ってる者が多い。一定の時期に、詳細不明の死傷者が大量に出ていたからね」
だから、裁判の結果を聞いた後も、ウル達は無様に失敗すると彼等は思っていた。どれだけ華々しい結果を出してきても、ウル達は所詮、立ち上げてから数ヶ月かそこらのギルドで、この世界に数多いる銅級冒険者に過ぎない。
ウーガという未曾有の使い魔の管理能力証明なんて、できるわけが無い。
あるいは、無理をして、結果壊滅するのが関の山だ。
だから、【歩ム者】が失敗した後、もしくは壊滅した後に、ウーガの権利を弱ったグラドルから蚕食すれば良い。彼等はそう考えた。
「ほら、プラウディアで、いきなりウーガを占拠しようとしてた連中、いたでしょ?」
「ああ、なるほど。つまりあれは、俺たちが失敗する前提で見学しに来てたわけだ」
彼等に強い侮りがあったのも道理だろう。ウル達の失敗を彼等は信じて疑わなかった。
「ところが、君たちはかーなーり滅茶苦茶した。間違いなくあの戦いの中心だった」
「買いかぶりにも限度がある」
「謙遜は無視するけど、結果、冒険者ギルド長、イカザさんからの覚えめでたく、銀級になるのが確定した。確定することによって、その噂は一気に世間を駆け巡った」
勿論、ソレまでの段階で既に“見込み”にまでは到達していたのだ。陽喰らいだけが全てでは無い。が、確かに最後の一押しになったのは間違いなかった。
確かに、ウルもそれに関しては否定するつもりは無い。が――――
「それで?それがなんだって言うんだ?」
ウルは問う。
「
エクスタインは肩を竦めて、半ば呆れたような、半ば感心したような表情で笑った。
「君にとって、銀級は通過点なのだろうけど、世間一般的に、銀級は英雄の称号だ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜吞ウーガ 会議室
「ウルがとっ捕まったって!?」
ジャインが黒剣騎士団の本性を明かした辺りで、ディズがアカネと共に会議室に飛び込んできた。
一息入れるためにお茶でも煎れてこようかと思っていた矢先だった。ディズは鎧姿で、しかも鎧に魔物の返り血と思しき青紫の血液がべったりとくっついている。本当に急いでやって来てくれたのだという事が分かった。大変血なまぐさかった。
《にーたんつかまったん!?
そしてアカネもまた、血塗れで飛び込んできた。彼女は背後から追いかけてきたジェナに身体を拭われながらも、眉を顰めて実の兄の境遇を嘆いていた。
「あの、アカネ様、
《ぜんか3ぱんよ?にーたん》
『あやつグラドルとか関係なくやらかしとるの』
ロックは笑った。リーネは頭痛を覚えた。
《けんかばっかしてたからなーこどものころ》
「ああ、子供同士の喧嘩でやりすぎた、みたいな……?」
《あいておとな》
「ウルって昔凄い尖ってたのね……」
『今はより鋭利になっとらんかの?』
否定はしたかった。が、今は置いておこう。
「こうなったか……ウルは本当に、人生が落ち着かないな」
「今回の一件、ディズ様は思い当たるところがあるのですか?」
「私も、正直この件に辿りついたのはついさっきだけどね」
ディズは鎧を外してインナー姿でどっかりと椅子に座り込み、疲労を抜くように溜息をはいた。全員が彼女に視線を集めた。膠着した状態での答えを期待していた。
「ここ暫く、各地が騒がしくなっていた。”例の戦い”の後の恒例みたいなものなんだけどね」
『嫌な恒例行事じゃのう』
【陽喰らい】は秘匿される一方で、各都市国のトップには周知の事実だ。目下解決しなければならない世界の危機。それ故に、対策のためには莫大な費用がかかる。陽喰らいの儀の折り、大量に消費された【神薬】も、本来であれば一つ動くだけで、神殿が大騒ぎになるような代物なのだ。
世界を滅ぼさないため、あらゆる勢力が、意識を、金を、プラウディアに集結させる。一丸となって戦う。一丸とならざるを得ないのが【陽喰らい】だ。
「それほどの規模の案件だ。当然、後始末も大変なんだよ。こっちの方が大変だって言うヒトもいるほどだ」
この戦いで儲けた者、損した者、身内を失った者、失った上司の椅子に代わりに座って出世した者。あらゆる物事が大きく動くのがこのタイミングだ。当然、その騒がしい動きの中には血なまぐさく、危険な火種がいくつもある。
ディズとアカネはその解決に大忙しだった。
「幾つかの暴動の抑制と、戦いで余った兵器の横流しの阻止、不正人事の抑制等々、まあ、これらはなんとかした」
《わるいやつらばっかよ》
「ただ、その過程で、ウーガにまつわる幾つかの話を聞いた」
「それでこちらに繋がるんですか……」
ディズは続ける。
「元々ウーガを手中に収めようって目論んでた輩は多かった。エンヴィーは一番目立ってたけど、彼等だけって事は勿論ない。多くの者達にとってこの場所は、とてつもない金を生み出す経済的な特異点たり得る場所だ」
その彼等が、陽喰らいの儀以降、浮き足立っていたのだとディズは言う。
「……それは、もうすぐウーガを手に入れられるって浮かれてたって事なのか?」
「いや、逆」
現状を考えて、尋ねるエシェルに、ディズは笑って首を横に振った。
「
ディズの答えは、まるっきり、今のウーガの現状とは真逆の答えだった。
現在ウーガの管理者である【歩ム者】のリーダーであるウルは牢獄に入れられた。どうみたってコレはウルが、その"ウーガを狙った連中”に貶められたという事な訳で、残されたエシェル達はコテンパンにされたに等しい。なのに、何故その彼らが焦っていたのか?
「なるほど」
しかし、その言葉でシズクは理解したらしい。彼女は自分の指先に着いている指輪、冒険者ギルドから賜った"銀色の指輪”をチラリとみて、頷いた。
「私とウル様の銀級昇格がきっかけだったのですね」
「多分ね」
エシェルにはまだよく分からなかった。が、その言葉に対して、
「……ああ、そう言う事か」
誰であろう、銀級冒険者のジャインが納得したように頷いた。
「……その、なんでウルとシズクが銀級になったら、その連中が焦るんだ?」
「銀級は冒険者の英雄だ。その知名度は市井に及ぶ」
エシェルの問いかけに、ジャインは少しむずがゆそうな表情をしながら答えた。彼も銀級である以上、自分のことを英雄と呼ぶのは気持ち悪いらしい。その彼を指さして、ラビィンは楽しそうにケラケラ笑った。
「ジャインさんみてーなコワモテ巨漢のイカつさの塊みてーなオッサンでも、知ってるヒトが見たら黄色い声が上がったりするんすよ?」
「いらん補足すんな。だが間違ってねえ」
ラビィンに向かって拳を振り回しながらも、ジャインは本題へと話を戻す。
「冒険者ギルドの銀級ってのはつまるところ、そう言う事だ。有象無象の銅級冒険者とは一線を画す、本物の英雄なんだよ」
「で、でもそれがなんだっていうんだ?」
エシェルは未だに、ジャインの話す言葉の本題が掴めていない。銀級冒険者は、都市民達に英雄視されるような凄い冒険者である。なるほど、それは良い。だが、ウル達がそうなることと、ウルが捕まらなければならないのかが、分からない。
「ウーガの管理者に、新進気鋭で有名な新人冒険者がついて、しかもソイツが爆速で銀級に昇格するんだ。世間はどう見ると思う?」
問われて、エシェルは少し考えた、考えて――――
「……めちゃくちゃ凄いって思う?」
バカみたいな感想が出てしまった。自分で言ってみて、エシェルは恥ずかしくなった。小さくなって、その姿をみたカルカラがジャインを理不尽に睨むが、ジャインは真面目な顔で頷いた。
「大当たりだよ、女王様」
意外にも、彼は賛辞を送った。エシェルはぱちくりとまばたきする。
「本来関係なかった世間が、ウーガの管理者であるギルドに注目するようになる。"滅茶苦茶凄い”、つまり"世論”って奴が付くんだよ。本来名無しには縁の遠い代物がな」
世論、大衆からの肯定。ウーガを管理し、支配すべきは【歩ム者】である。という不特定多数からの賛同が得られる。それは、目に見えにくいが、圧倒的な力となる。ジャインの分かりやすい説明に、ディズも頷いた。
「そうなるともう、ウーガと【歩ム者】は絶対に、切っても切り離せなくなる。手出しできなくなる。バックのグラドルはおろか天賢王にもそれができなくなる」
『王サマにも、カの?』
「人類の信仰を管理する組織の王だよ?確かに王は強い力を持ってるけど、人類の感情って奴を無視して強権を振るう事は出来ない。神の代行者として、信頼を失うわけにはいかないんだ」
『ほーん、思ったより窮屈じゃのう』
ロックのやや不敬な反応にヒヤヒヤしながらも、エシェルはようやく流れを掴むことができた。ウルが銀級になることが、"連中”にとってどう不味いのかも、理解できた。
「此処を狙ってた連中は、どんな手を使ってでも、
「それが、ギルド長の失脚、か……」
勿論、分かったからと言って「じゃあ仕方ないな!」となるわけが無かったのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「君たちは本当にあと一歩のところで勝利しそうだった、って事だよ」
ウルもまた、エクスタインから説明を受けていた。概ね、理解できる内容だった。勿論、「じゃあ仕方ないな!」とはならないのだが。
「エンヴィー、プラウディアの一部神官、それにグラドルのカーラーレイの生き残りの連中。彼らはてんでバラバラで、だけど、黒剣を動かしてウルを失脚させるという一点で一致団結したんだ」
「美しい友情だこと」
都市をまたいで、腹黒い悪党達が力を合わせてやることが、名無しの冒険者のガキを牢獄に押し込めることだ。冗談みたいな話である。本当に冗談なら良かったのだが。
「と、いうわけで、君が此処に居る理由、理解できた?」
「まだ、分からないことがある」
「どうぞ。叶う限り答えよう」
挙手をすると、エクスタインは両手を広げて質問を促した。教師と生徒のようなやり取りだが此処は牢獄で鉄格子越しのやり取りである。ウルは深く考えないようにしながら、促されたとおり、質問を投げた。
「エンヴィー、プラウディア、グラドル、各都市にバラバラに存在していた悪党を誰がまとめたってんだ」
「あ、ソレ僕」
エクスタインは至極あっさりと自分を指さした。ウルは額を揉んだ後、鉄格子から腕を出して、エクスタインの両耳を引っ掴んだ。
「このまま引き千切ってやろうかてめえ……」
「痛い痛い痛いごめんごめんごめん」
「ご免で済んだら牢獄は要らねえ……」
しばらくの間、エクスタインの情けない悲鳴が牢獄に響き渡った。
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