陽喰らいの儀②



 5日前、竜吞ウーガのプラウディア入国二日前 司令塔 会議室にて


「要は、プラウディアのなんだよ。【陽喰らいの儀】は」


 ウル一行+αはディズから【陽喰らいの儀】の説明を受けていた。

 果たしてどのような戦いになるのか、どんな対策を取れば良いのか、それが分からないことには功績の立てようがない。と言うことでウル達はディズに説明を求め、ディズはそれを了承した。


 ――功績というか、生き残って貰うためにも説明必要だしね?

 ――地獄に行くみてえだな本当に


 戦々恐々となっていたウルであるが、伝えられた内容はシンプルなものだった


「大罪迷宮グリードでもあっただろ?所謂、迷宮の活性期って奴さ。そのプラウディア版だと思ってくれたらいい」

「なるほど……?」


 活性期についてはウルも覚えがある。忘れようが無い。冒険者の指輪を獲得する切っ掛けとなった【宝石人形】が上層に移動したのが活性期だった。魔物の出現頻度などが跳ね上がり、また、深層や中層の魔物達も上層へと上がってくる。

 迂闊には冒険者達も立ち入れない危険な時期だったと言える……が、


「いいか?ディズ」

「どうしたの?ウル」

「単純に魔物が活発化するだけなら、脅威であるように思えないが、活性化したとして結果どうなるんだ?」


 活性期のグリードは確かに混沌としており、その件でウルは十二分に振り回されたが、しかしそれはあくまでも【討伐祭】といった特殊な行事が重なったことが原因だ。

 グリードでは魔物は活性化したとしても、普段からそこに通う冒険者達だけで十分に押さえ込みには成功していた。魔物が溢れて氾濫するような事態にはなっていなかった。

 全く同じであれば、プラウディアにだって冒険者達は沢山居る。世界一の大都市国だ。グリードに冒険者の数も質も劣る筈がなく、対処できないはずが無い。


 で、あれば魔物の活性以外で何かが起こるはずである。それは何か?


「うん、一言で言うとね。天空迷宮プラウディアが活性化すると」

「すると?」


 ウルは、いや、ウルだけでなくこの場にいる全員が反応を返すのにしばらくの時間を必要とした。シンプル極まる説明だったが、その言葉を理解するのを脳みそが拒んでいた。

 いち早く復帰したのは、シズクだった。彼女はまあ、と手で口を押さえると、改めてディズに尋ねた。


「落ちるのですか?」

「うん。落ちる」

「空に浮かぶ迷宮が?」

「そう。落ちる」

「どちらに?」

「天賢王のおわす【真なるバベル】に」

「大変ですね」

「うん、大変なんだ」


 本当に大変だった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 【天陽結界内】

 【大罪都市プラウディア】郊外、未開発地区、北東部

 【竜吞ウーガ 司令塔】


 ウーガは現在、プラウディアの都市部からかなり距離を取った未開発区画にて停泊していた。【天陽結界】が通常の【太陽の結界】と比較していかに広大な範囲を護る事が出来たとしても、その全ての範囲を活用するのはこの世界は難しい。

 精霊達の力で持っても無から有を生み出すことは困難だ。そう見えるだけで、必ず制約がある。創り出し、維持するだけの資材の確保が困難なのだ。故に、「現時点で開発するだけの旨味が無い」として放置されている場所がある。


 現在竜吞ウーガはそこに停泊していた。

 表向きには、超大規模なウーガを安全に停泊させるため。

 裏向きには、に距離を置いたのだ。


「プ、プラウディアが……!」


 司令室の玉座に座りながら、エシェルは悲鳴を上げる。本当にとんでもない光景だった。


 此処は結界内部とはいえ、大罪都市プラウディアからはかなり距離がある。中心地のバベルだけはよく見えるが、それ以外は都市部の光が仄かに見える程度だ。しかしここからでも、空に鎮座する【天空迷宮プラウディア】はよく見えた。

 空をも覆い尽くす、天陽結界の向こう側に、空に浮かぶ巨大迷宮。

 それが、今、ゆっくりと落ちている。防壁越しにも突き出て見える巨大なる塔【真なるバベル】へと一直線に落下していく。


「天賢王の膝元でこんなことが起きていたなんて……!」

「本当、驚きだわ」

「驚いているように見えないけど!?」

「驚いてるわよ。本当にね」


 エシェルの隣でリーネも無表情のまま、驚愕する。

 冷静に考えれば天空を浮かぶ迷宮、それ自体が異常な産物である筈なのだが、あまりにも長い年月、プラウディアの上空を牛耳っていたものだから、既にそれが当たり前と思っていた。余所の国にいたリーネすらも「そういうものなのだろう」という認識だったのだ。

 それが、落ちる。世界一人口のある都市の中心地に向かって。

 決して起こってはならない異常事態に、エシェルもリーネも、エシェルと同じくウーガの管理を任された【白の蟒蛇】の魔術師達も全員恐怖を感じていた。


「おう、浮き足立ってんじゃねえぞてめえら!」


 そこに、鋭い怒声が響き渡る。現実離れした光景に呆然となっていたエシェル達は一瞬で現実に引き戻された。フル武装をしたジャインがラビィンを引き連れてエシェル達を睨み付けている。


「俺たちの仕事はまだ先だ!!今からピーピーパニクった挙げ句本番で動けなくなるような間抜け晒すつもりじゃねえだろうな!シャンとしろ!!」

「わ、わかってる!」


 エシェルは慌て頷く。カルカラが隣で彼女の肩に触れ、優しく撫でてくれる。少し、心が落ち着くのを感じながら、エシェルはお腹に力を込めて声を上げた。


「全員今は待機だ!ただし、合図が来れば一気に戦いになる!!気を抜くな!!」


 その言葉に「はい!」と一斉に返事が帰ってきた。この場にいるのは殆どが白の蟒蛇のギルド員達だ。一度はエシェルから離れた彼らが、今はしっかりと自分の言うことを聞いてくれることに少し感動を覚えた。

 とはいえ、別に彼らは自分に心からの忠誠を誓っているわけではない。別に自分は、彼らの信頼を回復させる事は一つもなしてもない。

 だから、ここからだ。エシェルはそう自分に言い聞かせた。


「……良し、アンタがオロオロしてたらどうしようも無くなるからな。頼むぞ司令官」

「わ、わかった」


 ジャインの言葉にエシェルは頷く。

 かつて、彼に一方的に罵声を浴びせ、我が儘を強いようとしていたエシェルは未だ彼との距離感をつかめずにいて、少し気まずかった。向こうは気にしていないようだが――


「それと」

「ひゃあい!」

「何バカみてえな声あげてんだ。良いから聞け」


 ジャインは不審そうな顔をしながら、少し声を潜め、そして小さく呟いた。


「ブラックは見掛けたか」

「い、いや?ウーガでは見てない。バベルの方じゃ無いのか?」

「……だったら良い」


 ブラック、【竜吞ウーガ】がこのとんでもない大戦闘に巻き込まれることになったきっかけである男は、今は司令塔の中にはいない。何時も通りと言うべきか、いつの間にか姿を消していた。

 此処に居ないと言うことはバベルに居るのだろう。と思ったが、ジャインは強く警戒している様子だった。


「……その、一応味方なんだろう?」

「敵じゃないだけだ。あんまり期待するな」


 それだけ言うとジャインは今度こそ引き上げていく。


 なんで本人も居ない場所で声を潜めるのだろう?という疑問はあったが、確かにエシェルも彼は苦手だった。コチラをのぞき込むようなあの目、エシェルとよく目が合っていたような気がするのは気のせいだと思うのだが、それでも少し怖かった。あれは、そう、【天魔のグレーレ】がコチラを見る目に似ていた。

 全てをのぞき込まれて、見透かされているような目――


「……うん、やめよう」


 エシェルは薄気味の悪さを払うように身震いして、大きく息を吐いた。兎に角今は、迫ろうとする脅威に対処しなければならないのだ。

 そんなエシェルの動揺も当然気にすることなく、プラウディアは落下を続けていた。【遠見の水晶】に映るプラウディアは高度をぐんぐんと下げ、バベルの塔の登頂部分に接近し、そして――――




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……なあ、これ本当に見えてないんだなあ。プラウディアの住民には」


 ウルは、眼前へと迫りつつあった巨大な建造物への接近に対して、小さく感想を漏らした。暢気な感想、と言うわけではなく、どうしようもなく腰が引けそうになっている身体を押さえ込むため、気を紛らわそうとする一心だった。


「ディズ様曰く、【天陽結界】を併用した隠蔽術だそうですね。許可したものしかこの光景は見れません」


 プラウディア領全土を覆う【天陽結界】は、他の【太陽の結界】と比べ、規模のみが特別というわけじゃ無い。と、いうのがディズの説明だった。

 【天賢王】は、その結界の中をある程度まで自由に干渉することが可能であるという。景観や音をごまかすことくらいなら容易くやってのけるとも言っていた。許しを与えた者にのみ、真実の世界を見せる事が出来る。


『けっこうエグいことするの?王サマ』

「混乱を招き、信仰が揺らぐ事を抑えるためだそうですよ」

『ま、ワシは政治とかは興味ないがの』


 ロックがケラケラと笑う間にも、大罪迷宮プラウディアは迫り来る。先ほどまでは全貌が見えていたが、今は既にその正面までしか見えない。近付くにつれて、視界に収まりきらなくなってるのだ。


「ま、こんなことになってるって知られたら、ヒトがいなくなっちまうわな……」


 ウルはそう呟くが、今はもうロック達に自分の声は届いていないだろう。天空迷宮プラウディアが接近すると共に巻き起こる剛風の音が、小さな会話をかき消してしまっていた。

 プラウディアが更に迫る。間もなく【バベル】に直撃し、この場にいる全ての者達が吹っ飛ばされるか、押しつぶされるかするであろうというその間際に、剛風をも切り裂くような強い声が響いた。


「【天陽結界】」


 直後、プラウディアの動きが止まった。

 何か、全く見えない壁に阻まれたような、あるいは見えざる手によって押し込まれたように、超巨大な質量の落下はその動きを停止した。

 そうなる手はずであったと分かっていても、眼前に迫っていた迷宮の停止に場の戦士達はどよめきがおこる。そして視線は自然と、それを成した者へと向けられる。


「おお!我らが王よ!!偉大なる天陽の神子よ!!!」


 天陽騎士の誰かが叫ぶ。続くように天陽騎士達が雄叫びを上げ、更にそれに騎士達や冒険者達が続いた。溢れんばかりの歓声の先に、この大陸で最も偉大なる王がいた


 【天賢王】アルノルド・シンラ・プロミネンス

 

 隣り、彼を補佐する【天祈】スーア・シンラ・プロミネンスを引き連れて、彼はバベルの頂上の玉座に座り、太陽神の紋様の刻まれた金色の杖を握りしめていた。そして彼は、杖でバベルを叩く。二つの高い音が響き渡る。


「お、おお、おおおおおおおお…!?」


 途端、【大罪迷宮プラウディア】が再び動く。今度は落下ではない。徐々に天空へと押し戻されようとしているのだ。都市全てを覆う天陽の結界が、迷宮そのものを支え、押し返している。


 だが、【天空迷宮プラウディア】もまた、それのみで収まるほどの天災ではなかった。


「眷属だ!!」


 竜の眷属、不気味な、真っ白な翼の生えた赤子の様な姿をした魔物達が姿を現す。


『A――――――――KYAKYAKYKYAKYA!!!!』


 ニタニタとした笑みを浮かべた竜の眷属達は、迷宮を阻む天陽結界に触れる。触れた瞬間、手の平が焼き焦げ、腕が爛れ、肉体が砕けていく。砕けた部分は即座に回復するがまた焼き焦げる。破壊と再生を繰り返しながら、結界の一部を変容させる。

 【世界を塗り替える】という、恐るべき力でもって、結界の一部を消し去ろうとしているのだ。


「…………」


 天賢王は不愉快げに顔を顰める。だが、それを止めることは出来ない。彼の今の仕事は莫大な質量の迷宮そのものを天陽結界の外側に押しやることであり、それには彼の全力を注がねばならなかった。


「眷属を落とせ!!!」


 当然、戦士達も迎撃しているが、眷属は恐ろしく頑強だった。【天陽結界】で肉体は砕かれても、ただの戦士達の攻撃では殆ど傷も付かない。戦士達は天賢王の力の偉大さを思い知ると共に、自身の無力さを思い知った。


「穴が空くぞ!!迎撃用意!!」


 そして間もなく、眷属達が天陽結界の一部に穴を空けた。それだけで幾多の眷属達は燃え落ちて、更に幾体もの眷属達が笑いながらその身を挟み込むようにして、その大穴を固定した。

 大質量の迷宮が入れるような穴では勿論ない。

 だが、”兵隊”を送り込むには十二分な大きさの穴だった。


「魔物が出るぞおおおお!!!」


 声が上がる。同時に巨大な宮殿のあちこちから、何かが零れ始める。遠目には小さな黒い点のように見えるそれは、しかし徐々に絶え間なく、大量に溢れ出した。

 滝のように流れる黒い影、その全てが魔物だった。それらはまるで一個の生き物のように蠢きながら真っ直ぐに、バベルへと、その中央に座する王へと向かおうとしていた。


 戦士達は身構える。【バベル】と王を守るために、彼らはいるのだから。


「勇猛なる戦士達よ。我らが王にその力を示しなさい」


 【天祈】スーアの高く響く声に、戦士達は再び雄叫びを上げる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 その雄叫びと、魔物達の咆吼が重なり、世界の存亡を賭けた戦いが始まった。



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