大罪都市プラウディア 死闘編
陽喰らいの儀/地獄開幕
大罪迷宮プラウディアは天空要塞だ。
通常の迷宮は地下から出でるか、元在る遺跡が変質する。
だがプラウディアは違う。プラウディアのみが違う。
太陽神の恩恵、暖かに大地を照らす陽光を損なわせようとするように、天空に浮遊するその迷宮は、プラウディアに住まう誰しもが見る事になる。太陽神に祈りを捧げるとき、必然的に目の端にそれは入るのだ。だが、都市民達の多くはそれを直視しようとはしない。ひたすらに目を逸らそうとする。
恐ろしいから、悍ましいからではない。
間違えれば、その美しさに心を惹かれてしまいそうになるからだ。
大罪迷宮プラウディアはあまりにも美しかった。そうであると知らなければ、中から魔物が溢れ出る恐ろしい魔窟であるなどと誰も思わないだろう。空の下で、限られた土地をなんとか活用しようと敷き詰められたヒトの住処を嘲笑うように、空に鎮座する超巨大宮殿。それこそ【大罪迷宮プラウディア】である。
この迷宮が出現してから暫く、侵入する手立ては殆ど無かった。
理由は明白で、たどり着く手段が無かった。
どれだけ高い梯子を組める腕をもった職人でも、雲の上までは伸ばせない。転移の魔術も届かない。当時はそもそも転移の魔術自体がまだ未熟であったのも災いした。
出現した当時の大罪迷宮プラウディアは、その最奥から溢れる魔物達を間引く手段がなく、常時外へと魔物達が溢れ出る【氾濫】状態だった。大罪都市プラウディアは天空から降り注ぐ大量の魔物達との戦いを強いられる恐るべき戦場であった。
プラウディアが強力な【天陽結界】を生みだしたのは、必要性故だった。
その地獄のような戦争状態をなんとか抑え込むことが出来たのは、3代目【天魔】が考案したプラウディアへの転移術式、【天獄への階段】を発明することができたからだ。
転移する側の魔力ではなく、転移した先の魔力を活用する事を可能としたこの転移装置によって、【天空迷宮プラウディア】への自由な行き来は可能となった。
そうしてようやく足を踏み入れることが叶ったプラウディアの魔物達を、冒険者達に七天、騎士団の面々や神官達が全員で協力して、奧へと押しやった。
他の迷宮都市とおなじく、安定と均衡はこうして成ったのだ。
ただし、封じられることをプラウディアは良しとしなかった。執念深く、新たなる攻撃手段を考え出した。
それこそが大罪迷宮プラウディアの
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時刻は陽が深く沈んだ深夜、大罪迷宮プラウディアにて
迷宮の入り口にて、一人の影があった。
「急げ!最早時間はないぞ!!」
【天拳】グロンゾン・セイラ・デュランは激しく叫ぶ。応じるのは彼の部下、天陽騎士の中でも【天拳】直属の部隊である【神僧兵】達である。魔物達蔓延る迷宮のただ中を彼らは駆け回っていた。
彼らは一人一人が一流の神官であり、精霊の加護と巧みな武術を合わせて戦う一流の戦士でもあった。
その内の一人、彼らを率いる僧兵長がグロンゾンの前に頭を垂れた。
「グロンゾン様。魔物の掃討と、冒険者の誘導完了しました」
「負傷者は」
「数名ほど。後に影響するほどのものではありません」
「未熟者め!全員きちんと癒やすよう!天賢王の祭事を血で汚すことは許さん!!」
「承知しました」
「良し!後はバベルの護衛に努めよ!」
その一言で僧兵達は転移術にて帰還していく。残されたグロンゾンは一人、プラウディアの中を見渡す。部下達が去った今、プラウディアにはグロンゾン以外の気配が無い。
この時間帯であれば冒険者達の数が減るのは道理だったが、しかしそれでも幾組かの冒険者の一行はみかけるものだった。大陸最大都市プラウディアの名は伊達ではなく、冒険者の人口もまた大陸一だ。
しかし、今日この日に限っては本当に、全くと言って良いほどヒトの気配がなかった。それは此処だけではなく、中層や、深層も同じだった。
プラウディアにいる全ての者が退去させられていた。
「さて……」
グロンゾンは迷宮を改めて見渡す。
プラウディアの内装は、外装と変わらずやはり美しかった。だが、どこか歪でもある。ヒトが美しいと感じる様相、それらを片っ端から集めて、無理矢理に繋げて見せたようだった。結果、脳が美しいと感じる一方で、拒絶する。
此処は、気持ちが悪いと。
「見てくれのみ、それらしくなぞったおぞましき魔宮よ……」
グロンゾンが【天拳】の座についてから【陽喰らいの儀】は幾度となく越えてきた。彼はこの迷宮の脅威を十分に理解している。先代の【天拳】がプラウディアに食われた姿をこの目でしかと目撃している。それ故にこの迷宮が自身を美しく取り繕うとする様は胸糞が悪くてたまらなかった。
様々な迷宮の形がこの世界にはあるが、此処が最も醜悪だと彼は確信している。
が、自分の想いなど今は捨て置こう。まずは使命を果たさねばならない
両の拳を打ち、戦いに不要な嫌悪を打ち払う。
すると不意に、自分の横に気配が一つ、現れた。グロンゾンは反射的に拳を構える。
「【天拳】」
「む、ジースターか」
現れたのは【天衣】ジースター・セイラ・クランフランだ。真っ黒なフードを纏った、不確かな気配を纏った男は、中性的な声音で彼に囁いた。
「コチラの仕事は終わった。深層までは大きな障害無く行ける。今のところは」
「”プラウディア”には気づかれなかったか?」
「確かだ。最も、【陽喰らい】が始まればまた様相は大きく変わるだろうが」
「うむ、流石だ」
グロンゾンの真っ直ぐな賞賛に、ジースターは静かに頷くと、入り口広間の隅に移動し、沈黙した。途端に気配が薄れ、そこに居る筈なのに焦点を合わせることが叶わなくなる。
彼の正体、事情をグロンゾンは深くは知らない。王以外、誰も詳細には知らないだろう。【天賢王】から【天衣】の加護を授かった彼は、そのちから故にあらゆる形に姿を変える力を持つ。それ故に斥候も暗殺も自由自在であり、静かに、確実に、天賢王の害意をなす存在を葬ってきた。
暗部とも言える職務を全うするためか、歴代の【天衣】は自身の正体を秘匿する。平時において、正体が知られれば報復される恐れがあるからだ。ジースターという名前も本名かは不明だ。姓も適当に付けたものだろう。
だから、彼の安全を守るためにも、グロンゾンは彼の正体を知らないし、探らない。聞くことも無いだろう。
「さて、来たな」
などと考えていると、入り口の転移陣が輝き出す。
同僚の気配にグロンゾンは振り返った。
「……相も変わらず、嫌な場所ですね。
蒼の獣人の少女、この世界で最も強き剣術の使い手にして天賢王の懐刀
【天剣】ユーリ・セイラ・ブルースカイ
「カハハ!俺は好きだぞ?刻まれた皺を必死に隠そうとする女のようで健気だ!」
端正なる長身の森人、この世界で最も深淵たる魔術の使い手にして世界の推進者
【天魔】グレーレ・グレイン
「森人の貴方が言うと、イヤミが過ぎるからその物言いは止めた方が良いと思うよ」
只人と森人の混血児、史上最も強き力を振るった先代勇者の後継にして【魔断】の使い。
【勇者】ディズ・グラン・フェネクス
「うむ!全員壮健であるな!」
「喧しいなグロンゾン!暴力しか能の無いのはこれだからいかん!」
「貴方も相当やかましいですよ。魔術狂い」
「相性は歴代でも最悪な一行だなあ。戦闘能力はあるんだけど」
「…………」
【天衣】【天拳】合わせて計五名。世界で最も強大なる一行(パーティ)が誕生した。
その中、眩き鎧に白金と金紅の二本の剣を備えた【勇者】は静かに宣言した。
「さて、それじゃあ行こうか」
世界の存亡を賭けた戦いが始まろうとしていた。
「貴方が仕切らないでください【勇者】。一番雑魚なんですから」
「じゃあ、君やる?ユーリ」
「魔術狂いに指示を出すなんて絶対嫌です」
「俺もお前みたいな盲目的な阿呆に指示されるなんてご免だなあ、カハハ!」
「…………」
「よし、消去法だ。グロンゾンお願い」
「不安だ!!!」
ごちんと、拳を鳴らす音が迷宮に響くのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同時刻、大罪都市プラウディア【真なるバベル】 空中庭園
プラウディアの中心の高き塔、【真なるバベル】を外から眺めてみると、塔には余計な装飾であったり、外へと身体を乗り出すための空間などは一つも見当たらない。ひたすらに高く、天を貫く柱のような形をしているバベルに”庭園”などというものがあるなどと、プラウディアに住まう民ですら思いもしないだろう。
だが、実際には【バベル】にも庭園は存在する。
ただしそれは決して、花々を愛で、噴水や匠の芸術作品を眺めるような場所では無い。
「この場に集った戦士達に告ぐ!!!!!」
【真なるバベル】の空中庭園。
それは塔の外装に生み出された半透明の魔術の足場である。頂上まで螺旋状に続く坂と、各地に設置された足場、そして屋上には優に100人を越える人数が自由に動き回れる巨大な広間が出来ている。
それをもってして庭園と名付けられた場所で鋭い声が響き渡る。声の主は黒と金色の髪をした女剣士。プラウディアでは、否、世界で最も有名な冒険者の一人である【神鳴女帝】イカザ・グラン・スパークレイだ。
彼女は高見台から眼下を見下ろす。彼女の視界の先には無数の戦士達がいた。
プラウディアが保有する騎士団、天陽騎士団、そして冒険者達、全ての人員から考えると全く多くは無い。だが、此処に居る全員が、選び抜かれた戦士達だった。
「この場に立つのは、天賢王の赦しを得て世界の悪性と戦うことを許された者達だ。半端な者は一人としてない!!各々がその自負を持っていることだろう!!初めて此処に来る者は特に、その誇りは強いはずだ!!」
だが、と、彼女は斬り付けるようにして言う。
「心しろ!!今日これより、
その脅しのような言葉を侮るように受け止める者はこの場には居なかった。誰であろう、冒険者の頂上にいる女からの強い警告を正しく受け止められない者など一人も居なかった。
「お前達は地獄を見る!!目の前の仕事すらこなすこと叶わない者もでるだろう!!!この場に立ったことを悔いる羽目になるかもしれない!!」
回避不能の天災を語るように、彼女はこれから起こる試練を告げる。輝かしき黄金級の冒険者であろうとも、それを避けて通れぬとそう言う。
絶望的な布告にも思えた。だが、それを語る【神鳴女帝】の目に恐れも、悲観も存在しなかった。炎の様な熱と、見るだけで身体が奮い立つような英気こそがあった。
「だが諸君らは地獄に抗う覚悟がある!敗北を乗り越える力がある!絶望と向き合う勇気がある!!で、あるからこそかの天賢王は我らを【バベルの守護者】に任じたのだ!!!」
天賢王、その名を聞くだけで、この場の多くの者の背筋が正される。彼らが此処に立つ理由、世界の要にして天賢王の住まう場所。その守護を任じられているという事実を改めて突きつけられ、彼らを奮い立たせる。
「王と唯一神に示せ!!我らは竜を前にしても尚、抗いを止めぬ戦士であると!!!」
イカザの咆吼に、その場の戦士達が応じ、怒号のような渦となって場を支配した。これより始まるプラウディアとの”戦争”を前に、士気は最高潮に到達しようとしていた
「……流石に堂々としているなあ。イカザさん。天陽騎士相手でも」
「彼女は黄金級で、官位は与えられていますからね」
そして、その演説を、同じく空中庭園にて聞いていたウルとシズクは感心した面持ちで眺めていた。場の高揚に対してウルは冷静だった。しかしイカザの演説を冷めた目で見ているわけではない。
単に、興奮していられないほどの不安が頭を巡っているだけだった。
「場違い感が凄いな」
周りの天陽騎士、騎士団、冒険者ギルド、主に都市を構成する3つの組織からなる混成部隊。其処にならぶ戦士の一人一人が熟練の戦士であり、誰も彼もウルと比べても格上だ。経験も練度も勝てるところは無い。
そんな所にしれっとした顔で混じるのは少々気まずい。元より、此処に組み込まれること自体特例であったが故に。
『カカカ!なあに場違いな戦場に出て無茶をするにもそろそろ慣れてきたじゃろ?』
「慣れたくねえよんなもん」
ロックに悪態をつく。この場にいるのはウル、シズク、ロックの3人だ。
3人は集った混成部隊の中、冒険者ギルドの集団の片隅に身を寄せて集まっている。勿論全員フル装備であるが、ロックの装いは少し新しくなっていた。
「その剣は?」
黒色の大剣を握っている。見るからに不吉を思わせる魔剣の類いだ。見てくれの鎧を外して骨だけの姿でそれを装備すると、まがまがしさの塊になること請け合いである。
『ディズの親父から強請っ……貰った』
「何があったんだよこの三日の間に」
『我が主も似たようなもんじゃろ?』
見ると、シズクはシズクでザインから渡された曲剣――【空涙の刀】を構えている。今身に纏っている動作性を重視した魔術士用の戦闘着によく似合っていた。彼女は微笑み答える。
「ウル様の育ての親の方からいただきました」
『そっちはそっちで色んな目にあったっぽいのう。ウルは変わらんがな、カカカ!』
「俺は秘蔵の茶の煎れ方を教わったから事が終わったらお前にごちそうしてやるよロック」
『それお主の妹が七転八倒して悶えとった奴じゃろ!!騙されんぞ!!』
間抜けな会話だったが、ある程度肩の力が解れた。心中でロックに礼を言った。
「今日まで短かったですが、出来る限りのパワーアップはできたということでしょうか?」
「エシェルもエクスタインと色々あったらしいが……」
『その坊主はどこいったんじゃ?』
「”あっち”、元から雑多な冒険者は兎も角、別の国の騎士団が此処に居るのは具合が悪いだろうってさ」
『道理じゃの。なら、ワシらは3人で動くことになるか』
ウル、シズク、ロックの3人が【歩ム者】として現地に集合したメンバーである。ここの所、かなり多くのメンバーに囲まれていた事もあり、この少数で動くのは心細くもあった。
「ですが懐かしい……懐かしい?あら?あまり思い出ありませんね?この面子」
「ロック加入した後、お前は速攻で魔術学園に入っただろ。で、全員再集合の時はリーネが同行だ。殆ど記憶にねえわ」
『カカカ!まあなんとかなるじゃろ!!』
「なるといいがねえ……」
空に聳える迷宮プラウディアをウルは睨む。
天空迷宮プラウディアは依然として空にある。遙か高く、天空を支配するようにしてそこに在りつづける――訳では無かった。
「
イカザの声と共に、戦士達が武器を構える。同時に天空のプラウディアがゆっくりと”動き始める”。あまりに途方も無い質量であるためかその動きは遅く見える、が、その実恐ろしい速度と共に、真っ直ぐに此処にへと!!
「
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