名も無き孤児院と不愛想な先代
大罪都市プラウディア 東区画
【天陽結界】の力により、この大陸で最大規模の敷地面積を誇るプラウディア。故に都市内も馬車で移動するのはごく自然の事だった。大量乗員可能の移動馬車も定期的に走っている。
ウル達もまた、そうしていた。殆ど揺れを感じないダールとスールの引く馬車の中で、ウルは伸びをした。
「……えらい時間が掛かってしまった」
冒険者ギルドを尋ねてから数刻後、ようやくウル達は次の目的地に足を向けることが出来た。ただの経過報告を行うだけでまさかここまで時間が掛かるとは思わなかった。
《たいへんだったなーにーたん》
「ほんとにな、久々の里帰りが随分と遅くなった」
今日のウルの目的は冒険者ギルドへの報告もあるが、もう一つ、里帰りが目的でもあった。隣でアカネとの会話を聞いていたシズクが首を傾げる。
「ウル様はコチラの生まれだったのですか?」
「いや、生まれは知らん。ただ小さい頃、アカネと一緒に一番世話になったのが此処の孤児院だったからな」
《ひっさびさー!》
物心ついた頃一番最初の記憶がプラウディアである事を考えれば、故郷、と呼んでも過言ではないかも知れない。最も、孤児院にずっと居たわけではなく、滞在費を払えず、都市を出たり入ったりを繰り返していたので、プラウディアに居続けていたわけでもないのだが。
「まあかなり世話になったからな。プラウディアには久々に来たから、挨拶だけでもしておこうと思っただけだ。別に付き合わなくて良かったんだぞ?二人とも」
つまり冒険者としての用事でもなんでもない、完全に私用と言うことになるわけで、付き合ったところで面白い事があるわけではないのだが、この里帰りに何故かシズクとディズが付き合っている。シズクは首を横に振って微笑みを浮かべた。
「ウル様の育った場所に興味があります」
「さいで」
ディズを見ると、彼女も同様に笑って肩を竦めた。
「こっちも気にしないで良いよ。
「ふぅん……?」
その発言は気になったが、深くはウルも追求しなかった。どのみちもうすぐわかるのだから。
「随分と”外側”に向かうのですね?」
《そとぎりぎりよ》
「冒険者の遺児、つまり名無し達の孤児院だからな。神官がいるから子供達に関しては滞在費を免除されてるけど、都市の中心じゃ評判悪いから端っこも端っこだ」
どの都市国でもそうだが、中心地の方が需要は高くなる。魔物がやってくるのは防壁の外側からだ。防壁に近付くほどに、恐ろしい目に遭うと考えるのが普通だった。
プラウディアに関しては、【天陽の結界】で防壁の間際でも危険はかなり少なかった。が、それでもこの国の中心は、高くそびえ立つ【真なるバベル】であり、そこから距離のある防壁付近は、やはりあまり人気が高くない。
「ま、それと、
《そうだったなー。あいさつにきてたしんかんにかおしかめてたー》
ディズが更にフォローを加え、アカネが同意する。その発言的にも、やはりこれから向かう先を彼女は知っているらしかった。そんなことを話していると、いよいよ防壁が間近に迫り始める。
「間もなくです」
馬車を操るジェナから声がする。言うとおり、ウルの記憶にもある景観が馬車の窓に見え始めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
馬車は、近くの公共の馬車小屋に止めることになった。
プラウディアの中とはいえ、天賢王の座する【真なるバベル】から最も離れた場所にある
馬小屋だ。寂れていて、整備もあまりされていない。誰も残さず馬車を放置すればトラブルが起こりかねない。ということでジェナが自ら留守番に進み出た。
「こうした事が私の役割ですから。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
そう言う訳で、ウル達4人は孤児院へと目指し、そして間もなくしてその姿が見えた。
「……うっわ、懐かしい」
ウルは猛烈な既視感に目眩のようなものを覚えた。
プラウディアは世界の中心地だ。その事実に違わず、様々なもの、場所が真新しく変化を遂げる。冒険者ギルドに向かう間に、プラウディアを見て回ったウルは内心で少し困惑していた。何せ自分の見覚えのある場所がどこにもなかったからだ。かろうじて、道の形状に覚えがあるくらいだが、その道も消えたり増えたりして、土地勘が全く働かなかった。
だが、あのボロボロの孤児院に関してだけは、全く、微塵も変化していない。
小汚い上にひび割れた石壁は一部は完全に崩れ、中が覗き見えている。土地を節約するためか他の建築物と同じく建物自体は高い作りだが、恐らくは後から増築されたのだろう。3階だけ明らかに作りが違う。木造の3階はなにやら自重でひしゃげており、石造りの孤児院の上にデカイ木材が廃棄されているように見える。
孤児院の名が刻まれた看板、と、思われる何かは劣化し掠れ、その上から落書きが施され、それを拭おうとして失敗し更に汚れ、雑色の塊になって捨て置かれている。
更にその奥には共同墓地が見える。ここら辺の墓地は冒険者達用の無縁墓なども兼ねており、整備もあまりされてない。太陽神の陽光も近くの防壁の影で隠れ、やけに陰気だ。
邪な企みをもった泥棒がいたとしても絶対にここには近付くまい。
金目の気配は疎かヒトの気配が無い。
「――――いや、懐かしいとか言ったがここまで廃墟だったか?ヒト住んでるかこれ?」
《じいちゃんしんだー?》
「ウル様、烏が凄まじい勢いで鳴いております」
「墓もなんか増えてるね。え?死んだかな?死んでる?」
「何をしている貴様ら」
ウルはびくりと驚き、振り返る。
そこに居たのは黒い老人だ。それが汚れなのか元からそうなのか、真っ黒なローブを羽織った。体つきは昔と同じく枯れ木のようで、少しでも力が加わればへし折れるような印象すら在る。昔は使っていなかったボロボロの杖を持ち歩いている事から、その印象は更に強くなった。記憶よりずっと小さく見えるのは、ウルが大きくなったのか、彼が更に腰を丸くさせてしまったのか分からなかった。
しかしその眼光だけは、昔と変わらず異様に鋭く、真っ直ぐだ。
孤児院の主である老人、ザインがそこに居た。
「――ええと、覚えていないかもしれないのだが」
ウルは言葉を選んだ。何せ十年ほどぶりだ。背丈からなにから、容姿が全く違う。不審者と間違えられても文句は言えない。
「何をしていると言っている」
だが、自分のことを説明しようとしたウルを無視して、ザインは杖を突きながら孤児院へと向かう。杖を突く見た目の割に足は軽快で、あっという間にボロボロの孤児院の扉に手をかけたザインは、振り返ってコチラを睨んだ。
「突っ立っていないで入るといい。ウル、アカネ、ディズ、そして銀の少女。茶くらいなら出してやる」
それだけ言って、孤児院の中に入っていった。
「…………思ったよりぜんっぜんかわってねえな。じいさん」
《ほんとな》
ウルは感心と呆れが入り交じったような感想を漏らしながら、懐かしき借宿への帰宅を果たしたのだった。
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