冒険者ギルド プラウディア本部にて⑤



「…………最近はこういうのないと思ったんだがな」


 ウルが目を覚ますと、そこは冒険者ギルドの癒務室だった。ウーガ取得からしばらく、比較的、死力を尽くす大怪我もなく平和に冒険できていたので、意識を失ったのは久しぶりだ。(それでも大体二ヶ月ぶりだが)

 しかし今回は目立って大きな怪我も無い。腕が呪われてたり、おかしな眼帯がついてたりしてもいない。まったくの健康体だ。


「うん、今回はラッキーだな」

《にーたん、ラッキーのせんびきひくくなってへん?》

「アカネおはよう」


 枕元で猫の姿で呆れ声を上げるアカネの頭を撫でて、ウルは身体を起こす。身体の調子を確認後、ベッドから降りると、シズクやディズもそこにいた。そして、自分を気絶させた相手も


「おはよう、シズク。ディズ」

「おはようございます。ウル様」

「もうお昼だけどね」

「んで……どうも、イカザさん」


 イカザ・グラン・スパークレイ。ウルをぶっ倒したギルド長はウルの挨拶に応じる。


「手荒い歓迎で済まなかった」

「いや、助かった」


 ウルもあの時彼女が出てきた意図は理解できていた。お陰様で面倒な熱狂は上手いこと処理しつつも、下手な禍根は残さずに済んだ。最初に絡んできたチンピラ達は逆恨みでもしてくるかもしれないが。


「ガガール、お前にちょっかいをかけた連中については厳重注意しておく。プラウディア滞在中は君に絡んではこなくなるはずだ」


 と、ウルが懸念していると、ウルの心を読んだようにイカザは付け足した。ウルは頭を下げる。何から何まで至れりつくせりだ。


「だが、。私の言っていることは分かるな?」

「残念ながらよくわかる」


 理解しているつもりだったが、思った以上にウルを取り巻く状況は有名になり、そして向けられる悪意や嫉妬はそれ以上にものになっている。イカザが彼女が支配する冒険者ギルドを抑えたところで、悪意の手の一つが封じられただけ。


「冒険者ギルドは、割と平和だったんだけどなあ、いままでは」


 仕事を同じとする者であると同時に、情報源である冒険者達には、ウルも自分なりにケアしてきたつもりだった。何度も言葉を交わし、適度に金をばらまき、ヘイトをコントロールしてきた。が、いよいよ付け焼き刃ではどうにもならないくらいウル達は有名になりつつあるらしい。


「ですが、プラウディアに来たばかりでいきなり皆と仲良くというわけにはいきません。信頼は積み重ねるもので、近道はありませんよ」

「お前が言うな、と言いたいが、まあそりゃそうだな。」


 シズクの言葉に反論の余地は無かった。プラウディアに到着したばかりのウル達がいきなり信頼して貰おうなどと、虫がいい話だ。元からの知り合いがいるのなら話は別なのだが――


「ん?」


 と、思っていると、癒務室の扉のノック音がした。そして間もなく二人の冒険者達が入室してくる。二人はキョロキョロと周囲を見渡し、そしてウルを見つけると真っ直ぐにやって来た。

 なんだ?と思っていたウルだったが、その顔には見覚えがある。


「ニーナです!ウルさん無事です?!」

「シ、シズクさん!?そ、それに勇者様も!!」

「ニーナに、ラーウラか。本当に久しぶりだ」


 ニーナ、ラーウラ。あの死霊術師との戦いにおいて途中から協力した冒険者の二人だ。剣士と魔術師の二人だ。随分と懐かしい。

 あの時、彼女らは死霊術師達に捕まっていてろくに装備も無いボロボロだったが、今の彼女はしっかりと冒険者の格好をしている。


「はい!久しぶりです!と言っても、五ヶ月ぶりくらいですけど」

「……そんだけだったか?」

「は、はい!ただ、お二人とも本当に色々と大活躍してたみたいで、全然そんな気しないんですけどね!」

「お二人は、あれからプラウディアに移動されたのですね」

「わ、私がどーしても螺旋図書館の近くで働きたくて……名無しで銅級でもないから中にも入れないけど、外見だけでもと!」

「つまりプラウディアで冒険者やり始めてそれなりに長いと」

「は、はい!」

「じゃ、俺たちの良い噂流しといてくれ」


 はい?っと。ウルの依頼に二人はならんで首を傾げた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 偶然の戦友の再会に会話が弾む一同を、ディズとアカネは少し距離をとってそれを眺めていた。正確に言うと、彼女たちに正体を明かしていないアカネをそれとなく遠ざけた。


《……あたしもおはなししたーい》

「はいはい、我慢我慢」


 彼女の正体を知る者はそれなりに増えたが、やはり、喧伝して回るような事では無いのは違いない。現在の彼女の管理者がディズである以上はそこは弁える必要があった。

 アカネを宥めるように頭を撫でてやっていると、ふと、自分と同じく少し距離を空けて、4人の会話を眺めているイカザに視線が向いた。


「師匠?」

「ん、ああ。すまない」

「いや、別に何か咎めるつもりはないけど……楽しそうだね?」


 イカザはウル達を見て笑っていた。

 彼女にしては珍しい。相手を気遣ったり、社交辞令で見せるものとはまた別の、心からの笑顔だった。指摘されて、彼女は少しだけ照れくさそうにした後、もう一度ウル達の方を見た。


「ウルとシズク、二人を取り急ぎ、銅級として認定したのは私の判断だった。あの認定は正直なところ、大分勢いに任せたところが大きかった」

《なげやりー?》

「そこまではいかないが、冒険者という在り方が少々惰性化していたのを感じていた。停滞から抜け出したかったのだ」


 イカザが自らの足で大陸中を駆け回り、様々な冒険で活躍した時代は冒険者達も活発だった。勿論イカザがそのトップだったが、彼女以外の冒険者達の活躍の話題、新たな大迷宮の攻略者の出現。景気の良い噂は絶えず、それに負けじと更に多くの冒険者達が一緒になって走り出す。酒を浴びるように飲んだ、黄金時代だ。

 だがそれも最早数十年も前の話だ。彼女も一線を退き、ギルド長に就任し暫くがたって、冒険者達の話題は鈍化した。迷宮の出現から数百年。都市の内政も外交も既に安定化し、それ以上を求められることも少なくなった。冒険者達の需要も落ち着いた。

 イカザ達が駆け抜けた時代を「最後の黄金時代」などと呼ぶ者も少なくない。


「何が最後か、とも言いたいが、実際、冒険者達も多くは求めなくなった。同じ迷宮、同じ狩り場、安定した魔物を狩って満足する。ウル達に絡んだガガールもその類いだ」


 勿論それを悪と断じる程、イカザは傲慢ではない。多くの冒険者達は名無しで、彼ら彼女らが求めるのは冒険よりも安寧だろう。名無しという立場故に、常に居場所もなく彷徨ってきた彼らがようやく手に入れた場所が此処なのだ。

 死に物狂いで手に入れた安定に居座る者達に、何故そこから新たなる荒波にこぎ出さないのだ!?などと、言えるわけが無い。

 だが、しかし、


「もう一花咲かせてみたいと思うのは、良い時代に生まれた者の傲慢だろうか」

《けいきのいーはなしは、あたしもすきよ?》

「嫌いな人なんていないよね」


 アカネとディズが同意して、イカザはそうだな。と笑った。

 だからウル達に特例を適用し、銅級に昇格させた。彼らがあまりに、この時代にそぐわないような、をしていたからだ。

 本来であればそれを咎める立場であるが、思わず、応援したくなってしまったのだ。

 正直、それを決めた後、自分の判断を少し後悔した。導く者としての立場を忘れ、あまりに勝手な欲望のため、若い者達を死地に追いやった自分の判断を恥じた。


 だが、イカザのそんな卑小な思いを笑うように、彼らは今や大陸中を賑わせ驚かせる新星の冒険者達だ。勿論相応の無茶をしたのだろう。何時死んでもおかしくない死地に飛び込んだのも間違いない。それを手放しに賞賛する事なんて勿論出来ない。だが、それでも、


「彼らが笑っていられるのが嬉しいんだ」

《これからころぶかもよ?》

「勿論。一度も転ばなかったら奇跡だろう」

「道を踏み外すかもね」

「その時は、先達として正さなければならないな」

「わあ、楽しそう」


 ディズの言うとおり、楽しい。燃え尽きて尚もまだ燻っていた自分の魂が、彼らの活躍を耳にするたびに大きく音を立てて弾けるのを感じていた。先ほどウルと打ち合った時、それはより強く、明確となった。

 打ち合った時の彼は、当たり前だが、まだまだ実力は足りないところが大きい。あまりに早く積み上げられた実績に、身体が追いついていないのだ。

 しかし、その経験の濃度に見合うだけ、魂の練度は上がっていた。初見で自分と相対しながらも、恐怖を律して向き合える冒険者がどれだけいるだろうか。


 彼らの起こす火がどう燃え広がるかは分からない。悪い方に行くかも知れない。だが、その炎が行き着く先を見てみたいと願った


 故に


「まずは、眼前の災厄の盾となろうか」


 今は、すぐ間近に、世を揺るがすほどの恐るべき災禍が迫っている。それと彼らは相対しようとしている。ならば、今の彼らでは決して届かない害意を焼き払うのが、エゴで彼らを自分と同じ場所に引き込もうとした自分の責任だ。

 バチリと、イカザの手から火花が散る。それが執務室で見せたそれより遙かに強く、大きかったのを見て、ディズは微笑むのだった。

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