螺旋図書館の天魔と鏡③


 螺旋図書館 地下七十三階 禁忌区画


 あまりに唐突に始まったダンジョンアタックに対して、エシェル達は必然的に3人で突発的なパーティを組むことと相成った。スリーマンセルは、ダンジョンアタックにおいてそれほど悪い組み合わせでは無かった。

 ただし、メンバー構成がかなり特殊に傾いていた。


「前方から3体魔物が来ている!!【翼ノ悪獣】!速度に気をつけてください!!」


 3人の中で最も安定しているのはエクスタインだ。

 騎士団の団員として、正規の鍛錬と技術を積んでいる。【俯瞰】の魔眼も抑えているため視野が広く、近接戦闘も遠距離の魔術戦も可能なオールマイティ。必然的に自分がこのスリーマンセルの中心に成らなければならないことをエクスタインは理解していた。


「来る方角を誘導します。【岩石の精霊ガルディン】」


 次に、岩石の精霊の加護を操るカルカラ。

 迷宮探索という現場に神官の精霊使い、というだけでも相当に特殊ではある。竜由来の迷宮であれば、そもそも精霊の加護は上手く機能しないからだ。この場所が竜由来でなく、岩石の精霊の力を使えるのは不幸中の幸いだった。

 そしてありがたいことに、彼女の官位は最下位(ヌウ)であるが、神官としての技量は卓越していた。地面から石柱を伸ばし、魔物達を一方的にたたき伏せる。更に狭い通路を石の壁で塞ぎ、来る場所を的確に誘導するのだ。魔術師以上に後衛として頼もしい力を発揮していた。


 彼女は問題ではない。問題なのは――


「エシェル様、今は【反射】だけに集中してください。合図で発動を」

「わ、分かってる…!!」


 エシェルだ。ただし、足を引っ張っている訳では無かった。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「今です!」

「……【鏡の精霊ミラルフィーネ!】」

 

 合図と共に、彼女は自身の力を解放する。発動した【鏡の精霊】の【反射】の力は、迫り来ていた3体の【翼の悪獣】の前に、力を跳ね返す鏡を生みだした。


『GYAAAAAA!!?』


 それは、。図書館の通路を全て覆い隠すほどに。


 爪を立て、狭い通路を飛翔し、真っ直ぐにコチラに飛んできていた【翼ノ悪獣】の目の前に突然現れた鏡と、そこに映る自身が、自分に向かって腕を振り上げ、ふり下ろす姿を目撃する。そして激突した。


『G………!!』


 大きな壁に激突した、というだけではない。魔物達のその体には明らかに”深い爪の裂傷”が刻まれていた。それが自身の攻撃によるものだと、魔物は理解する事も出来ずにいた。そして、


「ッシィ!!」

『GA!!?』


 落下した【翼ノ悪獣】達は、エクスタインの剣技で絶命する。

 結果を見ればスムーズな連携だったと言えなくもない。が、問題はやはりエシェルだった。彼女が戦闘経験が浅く、やや連携にぎこちない、と言う点はまだいい。多少のもたつき程度は、エクスタイン一人でもフォロー出来るからだ。問題なのは、


「エシェル様!大丈夫ですか!?」

「う、うん。平気だ。全然大丈夫」


 カルカラが心配そうに駆けつけるが、エシェルはきょとんとしながらも頷く。それをエクスタインは遠目に見ながらも、驚愕していた。

 彼女は劣っているのではない。”強すぎる”のだ。


「二人とも、ご無事ですか」

「ええ……副長さん。分かっていると思いますが」


 カルカラの強い警戒の視線にエクスタインは神妙に頷いた。


「グレーレさんの言ったとおり、エシェル様は気にせず力を使ってください。僕はこの場であったことを口外する気はありません」

「……本当ですか?」

「我が守護精霊フィーネリアンと我が上司のグレーレに誓いましょう」


 エシェル・レーネ・ラーレイの保有する邪霊の件は【ウーガ騒動】の情報をグレーレに説明した際、彼が立てた推論から予想は立っていた。故に驚きはしたが、殊更にそれを利用するつもりも無かった。

 そもそも、この少数での迷宮探索。ろくに装備も準備も整っておいない状況で、不必要な力の抑制など、ただの自殺行為だ。エクスタインとて別に死にたい訳ではない。下手に警戒されても、良いことなんて何も無い。


「それに元々、貴女達が此処に巻き込まれたのは僕の所為ですから、責任は果しますよ」

「それは本当にそうなので気張ってくださいね。エシェル様が怪我したら殺しますからね」

「……尽力します」


 恐ろしい保護者だった。

 しかし、もっと恐ろしいのは、保護者が守っている当の本人だ。


「だ、大丈夫だカルカラ。今度はもっとちゃんとコントロールするから」


 エシェル・レーネ・ラーレイ

 鏡の邪霊の使い手である彼女は、自身の保護者の心配を払拭するためか、やる気を示した。その態度自体は殊勝でいじらしくもあった。が、根本的にカルカラが何を懸念しているのか、どうもわかってはいないようだった。


「……彼女の力、昔からあれくらいだったんですか?」

「……力を解禁したのはここ最近のことです」

「……それで、アレか」


 最初決めた3人1組の陣形をとりながら、密やかにカルカラとエクスタインは言葉を交わす。結果、驚きが更に強まった。

 精霊の力というものが、人知を超える現象を引き起こすのは当然のことであるが、彼女が振るう力は明らかに強い。


 大罪迷宮中層に出現するような魔物達の一切を反射する鏡を通路一杯に生成し、跳ね飛ばす。まさに精霊の加護らしい無茶苦茶な戦い方と言えばそうだが、普通それだけの現実の物理的法則から乖離した力はよっぽどの高位の神官でしか扱えない。

 そして、神殿との回路(パス)が無ければ、その力を当人の祈りの魔力だけで維持しなければならない。振るえば振るうほど、疲労するものだ。実際、今もカルカラは少しだが、疲弊を滲ませている。


「……うーん……もう少し……こう、絞って…………絞るってどうやるんだ?」


 が、エシェルにその様子はない。ピンピンしている。

 先ほど力を出しすぎたことを反省しているのか、なんとかコントロールしようと虚空に向かって手を突き出しているのは素振りしている。兎に角元気だった。


 元はカーラーレイ一族の長女。シンラならあり得るか?しかし――


『――――――』

「っと!」


 エクスタインは再び剣を構える。図書館の貯蔵されている禁書が動き、そして魔力を生成する。それが本自体の護衛機能なのか、あるいは手に取る者を貶める悪意に満ちた攻撃なのかサッパリ分からなかったが、迷宮と呼ぶに相応しい魔物の出現頻度だった。


『KIIIIIIIIIIII!!』

「今度は【一本角兎】の群れ!よくこんな場所を都市の中に作って放置していますね!!」

「だからこそ禁書エリアなんでしょうね!!【魔よ来たれ!雷よ!!】」


 足下を凄まじい速度で駆けながら、鋭い角を向けて首や心臓に飛び込んでくる恐るべき魔物達を焼き焦がしながら、エクスタインは吼えた。この手の場所が存在することは知っていたが、思ったよりずっとヤバい場所だった。


「と、というかあの【天魔】は何処に行ったんだ!!」


 エシェルの悲鳴はごもっともだった。実際、彼ならばこの程度の魔物など一蹴するだけの力を有しているだろう。しかし、【俯瞰】で彼の位置を探ると、


「……かなり先に進んで、適当な本を手に取って読んでますね」

「ぶん殴って良いか!?」

「魔物と同じように飛び散って良いなら、良いと思いますよ」


 上司は相変わらず自由な男だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「本棚で道がふさがってる……」

「あ、これ一カ所幻影ですね。ほらこうやってえええええ!?」

「エクスタインが落ちた!」

「【岩石の精霊ガルディン】」


「隠し通路の入り口が即罠は悪質すぎる……」

「カルカラ、とても綺麗な本がある。あ、エクスタインに飛びかかった」

「【岩石の精霊ガルディン】」

「エクスタインと本が吹っ飛んだ!!!」

「【擬書】 魔物です」


「か、カルカラ、本が、火を噴いている……左右から……」

「しかも、何故か通路が細道で、踏み外すと奈落になっていますね」

「……いやあ、流石に幻影の罠でしょう……え、違う?本当に奈落?図書館に???」


「エクスタイン、怪我増えてきたけど、平気か?」

「まあ、そこは前衛の仕事なので気にしないでください。回復薬も常備してますし」

「……【鏡の精霊ミラルフィーネ】で、無傷なエクスタインを映したら回復しないかな?」

「それ、鏡の僕に乗っ取られる奴ですやめてください」




「――――此処、本当に図書館か!?」


 エシェルの悲鳴のような叫びに、カルカラとエクスタインは無言で肯定した。迷宮探索開始から半刻、迫り来る数々の魔物に罠の数々、迷いを誘発させやすい通路の作り、珍妙な地形。

 迷宮としてはあり得るかもしれないが、此処は一応図書館である。

 本を探しにくいなんていう次元ではない。何を考えてこんなものを作ったのだ。


「言っただろう、迷宮化していると。本来の地形すらも歪め、形状を変える。そういった効力を持つ魔本が大量に貯蔵され、その漏れ出した魔力が衝突しているのだ」

「グレーレさん……いつの間に……」


 疲労を滲ませる一同の前に、いつの間にかグレーレが再び姿を現していた。彼の周囲には様々な魔物の死骸が積み重なり、その肉体を風化させていたが、当人はまるで気にすることなく適当に備え付けられていた椅子に座り、これまた何処から持ち出してきたのかカップで茶を啜っている。殴りたかった。


「まあ、見学する分には悪くない見世物だった。少し保護者が過保護であったがね」

「……」


 グレーレはカルカラを見つめるが、カルカラは反応する余裕はなかった。随分と疲労を滲ませているのはエシェルにも流石に分かっている。

 後衛支援に魔物の警戒、更には罠の対処などでも彼女の力は非常に有用だった。そして有用であるが故に、この3人1組の一行で最も負担がかかっているのは彼女だ。

 エクスタインもその点は気にしているようで、彼女をフォローするように立ち回っているが、限界がある。彼もまた、どちらかというとフォローする側だ。

 なんとか助けたいとも思うが、エシェルが無理をすれば余計にカルカラの心身に更なる負荷がかかるのも、長年の彼女との付き合いから分かっていたから、エシェルも自重を忘れなかった。

 だが、できれば早くこの難事を終わらせたい。


 そう思っている彼女の心をすかして見たかのように、グレーレはエシェルを見てまたあのニタニタとした笑みを浮かべた。


「なに、安心したまえ。間もなくゴールだ。望むものは手には入るだろう」

「本当……?」

「この先だ」


 彼についていく。するとドーム状の天井の広間にその道は続いていた。先ほどまでの狭く、圧迫感のある通路とはまた違う、広い空間だった。しかし何故だろうか。身体を締め付けるような圧迫感は未だに拭えない。

 3人は自然と緊張し、姿勢を低くする。


「――――ただし」


 ただし?

 その言葉の続きを聞くよりも前に、奇妙な風のような音が図書館に響いた。唸るような、蠢くような音だ。なんだ?と、確認する間もなく、先頭に立つエクスタインが叫んだ。


「上だ!!」

『ZLIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!』


 上空から、風の様に聞こえていた魔物の咆吼が降りてくる。巨体。ドーム状の天井一杯に広がる十三本の足。肥大化した腹に浮き出る模様はヒトの頭蓋によく似ていた、そして十つの目と牙が蠢く頭部。


「【呪王蜘蛛】だ…!」

「宝というものには門番がつきものだ。さあ頑張るといい!」


 封じられた図書の深層に巣くい、書物の光に誘われた虫を喰らう大蜘蛛が、牙を向いた。

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