彼女が彼女を手に入れることになった経緯


 大罪迷宮都市グリード、衛星都市クーロ間に存在する【大迷宮ケイカ】。

 大罪迷宮グリードから管理権を買い上げた金貸しギルド【黄金不死鳥ゴルディンフェネクス・グリード支部】が管理する大迷宮では、日夜大量の魔石の発掘が行われていた。


 借金で首が回らなくなった債務者達を奴隷のようにこき使った危険な魔石の発掘作業は、結果として大成功を収めていた。無論、借金をしたのは債務者の自業自得であるが、やってることは人権侵害も甚だしい。

 だが、此処は都市の外だ。そして使っているのは都市民ではなく、都市には永住権も無い“名無し”達。わざわざ都市の中の連中が、都市の外の名無しの人権を保護するために出張ってくることはまず無い。


 管理者である小人のザザにとってここは金を無限に生み出す畑に近かった。

 その筈だった。


「一体どのようなご用件でしょうか……」


 現在、ザザは追い詰められていた。

 彼の目の前には【黄金不死鳥・本部】の監査部門の連中が並んでいた。アポなしで突如として現れた彼らを前に、ザザは冷や汗を浮かべて、引きつった笑顔を浮かべている。


 何故に彼らが此処に来たのか。


 心当たりはある。たっぷりとある。それ故に彼は追い詰められていた。


「た、確かにこの迷宮鉱山は名無しを利用し魔石発掘を行っていますが、しかしこれは正式な契約のもと行っているものでして」

「雇用条件に関して、そこに違法性が無いのなら口出しするつもりは無い」


 正面に座る頭を剃り上げた男は、ザザの早口の説明に淡々と答える。とても好意的とは言いがたい彼の迫力にザザはたじろぐ。


「え、ええ!勿論!【大連盟】の法に則ったものですとも!そもそも此処で働いている連中はどいつもこいつもマトモに金を返せなかったクズどもばかりで」

「問題としているのは、魔石の採掘量、換金額、その他諸々の“記録”だ」


 ぱらりと、彼は目の前に広げられた帳簿を眺める。ザザの冷や汗が多くなった。


「報告されてきた数字と実際の数字とで随分と違いがあるな」

「それは……その」


 ザザは己の不正が全て見抜かれたことを知り、顔を青くさせる。

 都市の外、迷宮の管理を命じられたザザは、危険な仕事を任されたことへの苦痛を周囲に訴えてみせていたが、内心ではほくそ笑んでいた。都市の外、即ち【太陽の結界】の外の世界は大地に穴を開けた迷宮からあらゆる魔物達が溢れかえり、ヒトの住まう場所ではない。しかしそうであるが故に法をくぐるのは容易い。

 何せ監視する眼が少ないのだ。拠点さえ作り、その管理者となれば、最早ザザはその場の王様だった。名無し達を奴隷のように使い始めたのもそれからだ。

 都市を支配する神殿の【神官】達だって、ザザのように自由に振る舞うことは出来まいと彼は悦に入(い)っていた。


 今日までは。


 男は立ち上がり、ザザの肩に手を置く。男の手が随分と大きく、重く感じるのはザザが小人(こびと)で男が只人(ただびと)だから、というわけではないだろう。


「都市外の【人類生存圏外】の迷宮管理、さぞ苦労も多いことだろう。そこを治めるというのは一筋縄では決していかない。日々命の危機に晒されながら働くなど、その心労察する」

「え、ええ!ええ!!それはもう!!本当に!!た、大変で!」

「故に、我らがギルド長は多大な報酬。。様々な危険にさらされ、働くのだ。と言うことをギルド長は理解して下さっている」

「ありがた、ありがたい事です!!」

「だが」


 ミシリ、と肩に置かれた男の手に力がこもる。ザザは肩が軋むのを感じた。


「物事にはというものがある。分かるな?」


 “対冒険者”金貸しギルド、黄金不死鳥ゴルディンフェネクス、保証もへったくれも無い荒くれどもから確実に相応の金銭と利子を取り立てる特殊なギルド、その監査部門。それはこのギルドの中でも一際に危険であり、彼らによって言葉の通り“首が飛んだ”者がいるという噂を、彼は思い出していた。

 そして、今、まさに、彼がその噂の真偽を証明する事になるのも、理解した。


「お、お、お待ちを!!!お待ちください!!実はお渡ししたいものがあるのです!!」


 ザザは叫んだ。それはあからさまが過ぎる賄賂の提案であり、駆け引きもなにもない命乞いでもあった。彼とて此処を任された以上、相応の場数を踏み、取引の心得も持ち合わせていた。いた、が、命の危機を前にしてはそんな経験値など無意味だった。


「金銭の類なら間に合っているので結構だ」


 当然、というように監査の男は呆気なく切り捨てる。立場上、彼らからすればそういった賄賂の提案は随分と聞き飽きているのだろう。凍てついた瞳はまるで揺らぐ様子を見せない。


「違います!違うのです!!お渡ししたいのは金などではなく!!」


 だが、ザザにはまだ切り札があった。奇跡的に、彼の手元に転がり込んできた切り札。たまたま偶然、愚かな冒険者気取りの男が借金の担保にと差し出してきた“娘”は、その男自身全くその希少性、価値を理解していない奇跡そのものだった。


!!!」


 その、ザザの言葉は、流石に監査の男も予想外だったのだろう。思わず肩の手が緩むほどだった。場を沈黙が包み、ザザは己が助かったか否か把握できず、その場で脂汗をかき続けた。


「――――へえ?」


 沈黙を破り声を発したのは、ザザでも監査の男でもなかった。

 短く切り揃えられた金色の髪の美しい少女だった。この少女は、執務室に監査員達が入った時、一緒に立ち入り、しかしザザの尋問には一切参加せず、先程まで部屋の窓から迷宮探鉱の光景を眺めていた。一体彼女が何者なのか、ザザは気にする余裕が全く無かったため、意識から外していた。

 その少女が、ザザの言い放った一言に、初めてザザに視線を移した。髪の色と同じ瞳が、ザザの眼を見据える。途端、ザザは奇妙な圧迫感を胸に覚えた。監査員の男に圧力を掛けられたときよりも、遙かに強く。


 少女は優雅に近づく。監査員の男はすっと彼女の道を譲るようにザザの前を退き、頭を垂れる。この時になってザザはようやく悟る。

 この場の支配者は目の前の男ではない。この少女だと。


「その、精霊憑きの少女のこと、詳しく聞かせてほしいな?」


 美しい少女は、その仄かに紅のさした唇を弧にして、微笑みを浮かべた。







              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 一方その頃、小迷宮最奥にて。


「やばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬダメだわコレ」

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』


 ウルはとても死にそうだった。

 大牙猪を発見したウルは、まずは【真核魔石】だけを盗もうとした。危険を回避できるならソレに越したことは無い。というのは誰もが思う事だろう。ウルも当然そう思った。試してみた。


『MOOOOOOOOOO!!!!』


 ダメだった。

 【真核魔石】は“主”にとって、ひいては迷宮にとっての心臓である。心臓を盗まれそうになって放置する者はいない。結果、ウルが魔石に近づくだけで大牙猪はウルにむかって突撃を開始した。ウルは追いかけられて、今死にかけている。


「っだああ!!」


 ウルは走り、跳ぶ。この広間が荒れ果て、大牙猪には動きにくい状況であったのが幸いした。これで広間が障害物のない綺麗な状態だったなら、ウルは轢かれて挽肉になっていた。


「どうする…!!」


 右手に握った槍を見る。振り回す?無理だ。確実にへし折れて終わる。こんなものではどうにもならない。なにか他にこの状況を打破する手段はないか。道具は……?


 ウルの視界の端に、【真核魔石】が映る。


 あれは、迷宮の核だ。主はあれを守ろうとしている?ならば、盾になるか?

 ウルは己の中の直感に従い、動いた。


『GUMOOOOOOOOO!!!!』


 猪が声を上げる。突撃が来る。ウルは足を必死に動かし、逃げる。向かう先は真核魔石を掲げている台の上。乗り上げ、回り込み、盾にする。猪にとってこれが守るべきモノは攻撃できない、筈だ――――


「……!?なんだ?!」

『MO!?』


 ウルが驚き声を上げる理由は目の前にあった。

 真核魔石の輝きが強くなった。ただでさえ眩かった青紫色の輝きが更に強く、激しく、部屋の全てを満たすように。一体何が起きたのか、ウルにはわからなかった。しかしそれは大牙猪も同じだったらしい。突撃を中断し、距離を取る。

 そして驚愕に眼を見開くウルの前で、巨大な真核魔石にピシリと“ヒビ”が生まれた。


「は?」


 と口を開けるウルの目の前でそのヒビは一気に広がり、一瞬間があいた後、爆発した。


「ぶはああ!?」


 爆発の勢いにウルは身体を吹っ飛ばされた。暴風を正面から受けたような衝撃が、ウルの小柄な身体を弾き飛ばした。ウルは藻掻くように手を伸ばし、何かを掴んだ。

 それは柔らかくて、大きかった。


「ガッ!?」


 直後、地面に背中から落下する。背中に受けた衝撃で呼吸が暫く出来なかった。背中の痛みを堪えながら混乱する状況を確認しようと眼を開けた。


 目の前に乳があった。


 全裸で銀髪のむやみやたらな美少女がウルに馬乗りになって、微笑みを浮かべていた。


「あら、初めまして」

「全裸!!!」


 たいそう混乱したウルは目の前の光景をありのままに叫んだ。

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