4章

クレメン侯爵邸のサロン①


 とう会から一夜明けて、クレメンこうしゃくていのサロンではクラウスと近しい貴族を集めた、そくけっこん祝いのパーティーが開かれていた。

 クレメン侯爵のアランは、クラウスが学友として最も心を許している相手だった。

 あかがみに緑の目がりりしい筋肉質な男だが、大らかで裏表のないひとがらしたって、貴族の友人も多い。若くして父をくしとくいだ苦労人でもあり、二十五歳で王位を継いだクラウスの良き相談相手だった。

 外交的なアランは、ていのサロンに人を集めて交流するのが好きで、クラウスの人脈の厚さも、アランという強いみぎうでがあってのことだ。


「ようこそみなさま! 我らの王、クラウス様の即位と結婚を祝って今日は飲み明かそうぞ!」


 アランがさかずきを上げておんをとると、若い貴族達が「おーっ!」と声を上げ、同じように杯を上げた。クラウスが学友として過ごした気楽な仲間たちだ。


「今日は無礼講だ。みんな昔のように気楽に話しかけてくれ! な? クラウス?」


 アランがとなりのクラウスのかたに手を回し、勝手に宣言した。

 クラウスは肩をすくめながらも「今日は許す」と言って杯をかかげた。

 こんな風に昔の学友達と気さくに飲み明かすのは久しぶりのことだった。

 クラウスが数いる王子の中からぎと決まったのは、二年ほど前のことだ。

 ギリスア国では長男が世継ぎになるわけでも、ちょうの子が世継ぎになるわけでもない。

 世継ぎを決めるのは、職業おうだった。

 職業王妃の最大の権限であり、その決定には王であっても逆らうことはできない。

 それがシルヴィア王妃の定めた最大の法であり、職業王妃のしょうがい最高の仕事である。

 能力、人柄、人脈、適性、すべてをかんがみて、王子の中から職業王妃が選ぶのだ。

 きさきたちのこうけい争いによって国がかたむきかけたギリスア国ならではの法だった。

 もちろん王や重臣達の意見も取り入れるのだが、最終判断をするのは職業王妃だ。

 クラウスはほぼめることなく全員いっで選ばれた。

 それからは世継ぎの王子として学友たちとも一線を引いた付き合いになっていたが、アランだけは良くも悪くも変わらない態度で接してくれた。

 時に世継ぎの王子に無礼だと注意されることもあったが、アランのひとなつっこい人柄とクレメン侯爵という高い家格ゆえに許されてきた。何よりクラウスが許してきた。

 そのぼうめいせきさゆえにれいこくに見られがちなクラウスにとって、アランは大切なかんしょう材の役割をこなしてくれていたのだ。


「今日はなんと、ごれいじょう方もおし頂いている。どうぞお入り下さい!」


 アランが言うと、サロンのとびらが開いてはなやかなドレスの令嬢達が次々入ってきた。


「おーっ! さすがアラン! 気がくじゃないか!」

「おお! 美女だらけだ!」


 男性じんは大喜びでむかえた。

 先頭に立って両開きの扉いっぱいに広がるドレスで現れたのはエリザベートだった。

 エリザベートの父であるスタンリーこうしゃくからたのまれ、今日のサロンに招待することになった。クレメン家と古くからつながりのあるスタンリー公の頼みゆえに断れなかった。

 アランとしては、本当は男同士本音で飲み明かして、王となったクラウスの良き側近となる貴族をきわめたかったのだが、令嬢達と交わることで個人の人柄が一層るかもしれないと前向きに受け止めた。


「クラウス様。無事即位なされましたこと、心よりお喜び申し上げます」


 エリザベートはぐクラウスの前に進み出て、ひざを折って晴れやかにあいさつした。

 後ろからついてきた令嬢達もきんちょうしながら同じように膝を折って挨拶する。

 サロンの中は一気に華やいだムードであふれる。

 高位の令嬢達はクラウスが王子の一人であったころから多少の交流があり、むつまじく話すほどではないが名前ぐらいはあくしている。

 エリザベートのことは重臣スタンリー公の令嬢として覚えている。クラウスに好意的な重臣の一人だが、アランはあまり近付き過ぎないように気を付けろと忠告していた。


「ご令嬢達は昨日の舞踏会でもっと君と話したかったそうだよ、クラウス。君が王妃様の隣から動かないものだから、ゆっくり話せなかったと苦情が出ている」


 アランが少しからかうように横から告げた。


「昨日は王妃のお舞踏会だから当然だろう」


 クラウスは自分を見つめる令嬢達を前に、気まずそうに答えた。

 昨日の舞踏会でのクラウスは、アランにとっても意外なものだった。

 まさかこのクラウスがダンスをおどるとは思わなかった。

 これまでアランがどれほどの美女をしょうかいしてみても、ダンスのおぜんてをしてみてもがんとして踊ることはなかった。やがて舞踏会自体にも参加しなくなってしまった。

 自分がおせっかいを焼き過ぎたせいでおんなぎらいにしてしまったかと心配していたのだ。

 それがあのシルヴィア以来のかたぶつといわれる職業王妃とダンスを……。

 だが二人のダンスは悪くなかった。いや、むしろらしかった。

 ただの黒ドレスに、ひっつめただけのくろかみの少女のはずなのに、姿勢の良さなのかりんとした顔立ちのせいなのか、美貌のクラウスと踊る姿がやけに似合って見えた。

 そして職業王妃など問題外と下に見ていた令嬢達は、急にあせりだした。

 職業王妃などに負けてはいられぬと、すきを見つけて王に近付こうとしたものの、ついに話しかけるチャンスすら持てなかったのだ。

 そうしてエリザベート達は、このサロンの招待を無理やり取り付けたのだった。


「私達は陛下のことを誤解していましたわ」


 エリザベートはアイラインで大きくえがいた目でクラウスを見上げながら言った。


「誤解?」

「ええ。陛下は女嫌いだといううわさを聞いておりましたの。ですから、お近くでお話しするのもえんりょしていましたのよ。ねえ、皆様?」


 エリザベートが後ろの令嬢達に同意を求めると、みんながいっせいうなずいた。


「おそばに行ってご気分を害されてはいけないと遠慮しておりましたわ」

「それなのに王妃様は堂々と陛下とうでを組んでダンスまで……」

「昨日は本当におどろきましたわ。新しい王妃様は遠慮がないというか……」

だいたんな方でございますわね。我らはあのようなまねはとてもできませんけど……」


 王妃にダンスをさそわせたのはこの令嬢達ではないかとクラウスは思った。

 口々につつましやかな自分達とはちがうと、それとなく王妃を非難している。


「腕を組むのは私が言いだしたのだ。ダンスはそなたらにわれたからだろう?」


 ひかえめに王妃をかばったつもりだったが、話は別の方向に向かってしまう。


「まあ! 陛下は本当におやさしい方ですのね」

「意に染まない方と思っていても、そうやってお庇いになるのですわ」

「私達は誤解していました。陛下は女性には冷たい方なのではと」

「ですが昨日の王妃様への対応を見て、陛下はどんないやな女性に対しても礼をくして接して下さるお優しい方なのだと知りました」

「私達は陛下を何も分かっていなかったのだと反省しましたの」


 クラウスは次々に勝手な方向に話を進める令嬢達に口をはさむこともできなかった。


「職業王妃様ですら、あれほど大胆な行動をなさるのですから、私達ももっと積極的に行動せねばとみんなで話し合いましたの」

「本当はこのように陛下と話すことも緊張で心ふるえる思いでいますのよ」

 とても緊張で心震えている者の言葉とも思えなかったが令嬢達は続ける。

「ですが行動せねば何も始まりませんものね」

「昨日の王妃様のおそれを知らぬ大胆な行動を見て、かくを決めましたの」

「これからはどんどん陛下のお側に行かせて頂きますわ」


 クラウスは令嬢達の勢いにまれるように言葉をなくしていた。

 いろいろていせいしたい部分はあるが、訂正しょが多過ぎて、いやほとんど訂正だらけで、何をどう言っていいのか分からなくなっていた。

 そんなクラウスを見て、アランが可笑おかしそうに笑っている。


「はは、良かったな、クラウス。ご令嬢方が積極的に近付いて下さるそうだ。うらやましい」


 アランが言うと、周りの男性貴族達も続いた。


「そうだぞ、羨ましい。さすが王様だな。よりどりみどりじゃないか」

「こんな美しいご令嬢方にここまで言ってもらえるなんてないぞ」

「俺たちは昔から、こいおくなクラウスを心配してたんだぜ」

「ご令嬢方、クラウスは自分から行けないタイプみたいだから、どんどんアプローチしてやってくれ」


 若い男性貴族達はすでに酒もまわって理性のたがが外れてきている。


「我らの王様は、すべてにおいてゆうしゅうだけど、世継ぎがいないことが一番の問題だ」

「このままじゃ職業王妃様とな愛をつらぬくことになってしまう」

「美貌の王様が、かたくるしい職業王妃様一人とげるなんて悲劇だもんな」

「ははは。それはあんまりだ。あんな黒ドレスのいんな女は俺でもごめんだ」


 どっと令嬢達が笑った。無礼講が度を越してきている。

 しかしクラウスのげんが最悪になっていることにだれも気付いていない。


「どれほどそうめいな女性なのか知らないが、なんかかんぺき過ぎる女ってこわいよな」

「そうそう。いつも無表情で感情が見えないしさ」

「少しぐらいドジな方があいきょうがあるよな」

「それでここにいるご令嬢方のように華やかで美しければ最高だよ」


 令嬢達はもっともな事を言われて満足げにほほんでいる。


「もうシルヴィア様が王妃だった頃とは時代が違うんだ」

「あの陰気な王妃がギリスア国にまだ必要なのか。議論の余地はあるよな」

「職業王妃はいの法案を出すなら賛成するぜ、クラウス」

「今回の若い職業王妃ならすごすごと田舎いなかに泣き帰るんじゃないか?」

「はは。あの無表情の王妃が泣くところはちょっと見てみたいけどな」

「!!」


 すでにクラウスのいかりは頂点に達していた。

 せっかくのパーティーで事をあらてまいとまんしていたクラウスだったが、思わずカッとして手が出た。言った男のむなぐらつかんだつもりだったが……。


「?」


 その腕をひょいとアランに摑まれて、気付けばくるりと向きを変えられていた。


「そうだ、忘れてたよ、クラウス。いいワインが手に入ったんだ。君に飲ませようと思ってさ。みんな、悪いけどちょっとクラウスを借りるよ」


 アランは言いながら、クラウスの肩に腕をまわしてぐいぐいとサロンの外に連れて行く。


「アラン様、あまり陛下に強いお酒を飲ませないでくださいましよ」


 エリザベートは世話にょうぼうのように言って、何も気付かずおだてる男性貴族達と楽しげにかんだんしながら見送った。


「放せ、アラン!! あいつをなぐってくる!!」

「落ち着けって、クラウス。あいつらは、意に染まない結婚をいられたお前を気の毒に思って王妃を非難するようなことを言ってるんだよ。悪気はないんだ」

「意に染まないなんて誰が言ったんだ!」

「違うのか?」


 アランは聞き返した。他のみんなのように職業王妃を否定するつもりはないが、この結婚をクラウスは不満に感じているのだとアランも思っていた。


「別に……彼女を不満に思っているわけではない。むしろ彼女のことは……」


 言いかけたクラウスは、言葉を吞み込んだ。

 実はクラウスは結婚が決まる前からマルティナのことを知っていた。知っているといってもぐうぜん見かけただけで、マルティナの方は気付いてなかっただろうが……。

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