冷たい王②
一人きりになったマルティナは、部屋を見回した。
華やかな建築様式の王宮は、外観からエントランス、階段の手すりひとつまで細かなモチーフで
しかしマルティナに与えられた職業王妃の部屋は全然
大きな窓と
王妃の部屋というよりは、まるで宰相の執務室のような部屋だった。
職業王妃は決して王に
職業王妃の黒ドレスは、初代シルヴィアを
すべて覚悟の上で養成院に入る道を選んだ。メリーと違って自分の意志だった。
勉強が大好きだった。女というだけで勉強を禁じられることが悲しかった。もっともっと世界のことが知りたかった。そして……姉達のように金持ちというだけの親ほど年の
両親は金持ちに嫁いだ方が手っ取り早く
だが「そんなに勉強してもお前が王妃になどなれるはずがないだろう」とバカにされ、ほとんど
(でも……これだけはお許し下さい)
マルティナは執務机の引き出しの奥にこっそりしまっている寄木細工の小箱を取り出した。色目の違う木々を組み合わせたからくり箱になっている。
手の中で何度か細工を動かすと、
「
そこには豆形に固めた色とりどりのゼリービーンズが入っていた。
養成院のおやつに時々出されるゼリービーンズを食べずに
食べたいのではなく、華やかな色を
「このピンクは新色ね。なんて可愛い色なのかしら」
マルティナは、本当はファンシーな色が大好きだった。許されるなら部屋中をピンクやオレンジやイエローで
を眺めて
「ずいぶん嬉しそうだな」
「!?」
マルティナは部屋の中に
「そんなに職業王妃になれたことが嬉しいか?」
「クラウス様……」
いつの間にいたのか、部屋の戸口にクラウス王が立っていた。
マルティナは
「おいでになっていることに気付かず失礼を致しました。本日より陛下の職業王妃として誠心誠意お仕え致します。どうぞよろしくお願い致します」
「ずいぶん仰々しい挨拶だな。王妃というより臣下に接しているようだ」
「臣下でございます。陛下の手となり足となり、ギリスア国のために
精一杯の誠意で答えたつもりのマルティナだったが、クラウスはますます不機嫌な様子で
「臣下だと? 私はそなたを臣下にしたつもりはない」
「!! お、おこがましいことを申しました。申し訳ございません、陛下」
勝手に臣下を名乗ったことが無礼であったのだと、マルティナは慌てて謝った。
しかしクラウスの
「そういうのが気に入らないと言っているのだ!」
「陛下……」
「答えるがいい。本当に生涯私と愛を
「もちろんでございます。職務を乱すような愛に
マルティナが自信満々に言い終わるより早く、クラウスのもう一方の腕がマルティナの
反り返るような体勢のマルティナは、クラウスが手を離せば後ろにひっくり返るだろう。
「へ、陛下……」
急に目の前の王が
がっしりとマルティナの腰を
目の前にいるのは、
男子禁制の職業王妃養成院で育ち、これほど至近
気付けば、マルティナの手はガタガタと
「……」
クラウスは震えるマルティナに気付いたのか、急にばつの悪い顔になった。
「私は歴代の職業王妃と同じようにそなたを扱うつもりはない。それを覚えておくことだ」
捨てゼリフのように言うと、マルティナの反り返った体をやけに
マルティナはただ
*****
「マルティナ様! 何をなさっているのですか?」
侍女のメリーは、軽食を持って部屋に入るなり
メリーの目の前には、黒のドレス姿で熱心に
「見て分からない? 腕の力を
慣れない筋肉運動で、マルティナは息を切らしながら答えた。
「な、なにゆえ突然腕の力を?」
マルティナは腕立て伏せを終え、ぴしっと伸ばした右手で髪を撫でつけて立ち上がった。
「クラウス様と共に並び立つ王妃になる者として、引けをとらない腕力が必要かもしれないと思ったの」
「……。あまり王妃様に腕力は求められないと思いますが……」
完璧な常識人のはずのマルティナだったが、真面目過ぎるゆえか時々ずれている。
そういう所が可愛いと思ってしまうメリーだが、今日はまた変な方向にずれたものだと首を
「メリー、何かこう……腕を鍛える鉄アレイのようなものが手に入らないかしら?」
「て、鉄アレイでございますか? そんな物で鍛えて、いったい何者になるつもりでいらっしゃるのですか?」
「そうね。例えば急に腕を摑まれたら、その腕をこう摑んで投げ飛ばすような……ああ、違うわね。投げ飛ばしてはいけないわ。
マルティナは一人でぶつぶつ言いながら考え込んでいる。
「……。いったい何者と戦うおつもりなのか分かりませんが、ともかく軽食を召し上がって一休みしてくださいませ。お茶を
「ありがとう、メリー」
マルティナは見事な姿勢で
「やはり陛下は私のことがお気に召さないようなの、メリー」
「えっ? どういうことでございますか?」
「さっきお部屋に来られて、私の言い方が気に入らないとか、今までの職業王妃と同じように扱うつもりはないとか……おっしゃったの」
「ええっ!? 王様がそこまでひどいことを!?」
メリーは青ざめた。
「自分でも分かっているのよ。私は、勉強は出来たかもしれないけれど、物言いが堅苦しくて、笑ったことのない変人だって噂されていることも知っているわ」
「そ、それは……」
確かにマルティナは養成院始まって以来の
シルヴィアの生まれ変わりだと、良い意味だけでなく噂されているのはメリーも知っている。だが笑ったことがないというのはデマだ。メリーはマルティナの
「少し話してみて、やっぱり嫌いだと思われたのかもしれないわ。私の解任を考えていらっしゃるのかもしれないわね」
「で、でも……。結婚式だって終わったのに……」
マルティナは立ち上がり、大きな窓から
この庭園を所有し、ギリスア国を治める強大な王がマルティナの夫なのだ。
「やはり……私に王妃など……出過ぎた夢だったのかしら……」
メリーにだけは本音がこぼれてしまう。
「そ、そんな……。いいえ! マルティナ様ほど王妃に
強く言い切るメリーに、マルティナは微笑んだ。
「ええ、そうね。たとえ陛下が私をお嫌いであっても私は王妃です。せめて公務に関しては陛下を失望させないように尽力しなければね。ありがとう、メリー」
「マルティナ様……」
これほどまでに王に忠誠を
「ただ、万が一私が解任されたとしても、あなたの
「マルティナ様……。私は生涯マルティナ様にお仕え致します。側に置いて下さい」
メリーは涙を浮かべながら懇願した。
「バカね、メリー。私は職業王妃でなければ、ただの
勘当同然に家をでたマルティナだったが、職業王妃に選ばれたことで両親は手の平を返したように大喜びしてくれた。おそらく仕送りする給金も、充分な額になるだろうと思う。
少しは親孝行ができたと思っていたが、これがもし就任早々解任などということになれば、どれほど
マルティナに帰る場所などなかった。
養成院に残って働くしかないのだが、交代させられた職業王妃にそんな道が残されているのかも分からない。
メリーには強気で言ってみたものの、先のことを考えると
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