4.王太子殿下の黒歴史①
たとえば──
軽い気持ちでこれらの話題を持ち出そうものなら、従兄はいまだに真っ青な顔をして胸のあたりを押さえ、果ては「
……大いに話がそれた。
何が言いたいかといえば。果たして、──「完全無欠の貴公子」「レヴェナントの誇る
(なんというか……ほんっと。我ながらかわいげのない悪ガキだったんだよな、……昔は)
王宮
不意に
(とっとと終わらせて、研究所の方に行きたいのに)
これでも次期国王に
だというのに、ついつい研究所にばかり入り
そしてこのところ、通う
お目当ての人物がいるからだった。
(それにしてもラケシス嬢の
つい先日、昼食を
糸を使った
もっとも──病みつきになりそうなものは、もっと別にあるのだが。
(ラケシス嬢の
ラケシス・モイライ──いにしえの魔女の血筋に連なる少女は、
それどころか、基本的には口数少なく
レヴェナント王宮に、半ば
(もう彼女自身は覚えてはいないだろうけど。……会うのが、あの下町で助けてくれた時が初めてじゃないって言ったら、きっと
改めて、彼女の
*****
七年前のアレンは、──
レヴェナント国王の第一子にして、
──彼は幸か不幸か、物心ついたころから、何事にも非常に関心の
人当たりはいい。常時誰にでも
しかしそれは、
人間に興味がない。
国にも、血筋による責任感はあるが、愛着はない。
そもそも、自分自身に対してこそ、全くこだわりがない。
将来、国を
──〝お前は王族として全く
現国王にして父であるゼラム・アスカロス・レヴェナントは、アレンと顔を合わせるたびにそう言ってきた。都度、「事実、王族なので、王族として優秀であれば構いませんでしょう。陛下」と、けろりとアレンは返してきた。
別に父親に対して
ついでに、こちらは幸いにして、と言っていいのだろうが、──その父王ゼラムは、国民と同じ目線で、魔術や魔女を
父の
そして少なくとも、グリム侯爵家に追従するおべっか使いの貴族たちや、
そういうわけで、幼い
外に出たら、多少興が乗るものが見つかるかもしれない。勉学や
親しく付き合うのは、決まってアレンの将来にとって特に利益にならない下級貴族の子息や、アレンの出自を知らない平民の子どもたち。時には、商学を実地で学ぶ際に顔見知りになった大人たちを
そんなことを繰り返していたら、ガラや
とりあえず、五年前にやっと『王族として知見を広めるのは悪くはないが、素行はいい加減にしろ』と、行状を見かねた父の命令で王立魔術研究所に所長として放り込まれるまで、アレンはそんな感じだったのだ。
さて──
──近々、モイライの魔女が参加する、秘密の夜会があるらしい。
当時付き合いのあった下級貴族の次男
(モイライか。話には聞くけど、見たことはないな。そういえば)
二百年前、レヴェナントの王族に
糸魔法を
魔女という種族は
そして現在、レヴェナント国内に
姉たちは
『その、全然出てこない秘密の三人目が、
悪友たちは、そんなふうに口を
なんでもその夜会とやらは、月に一度、とある
(……はあ)
冷めた目を向けるアレンの前で、同い年の悪友たちは、大いに想像をたくましくして盛り上がっていた。
『へーっ! それって確かな情報なのかよ? モイライの魔女は、
『姉ちゃんの方なら、長女か次女かどっちか知らないけど、オレ見たことあるぜ!
『三女は半魔だし、そんな年増じゃないんだろ。モイライって言えば例外なく
品のないやりとりは、思わぬところで飛び火してきた。
(ええ……?)
まだ見ぬモイライの
『正直、興味ないんだけど……』
断ろうとしたが、彼らはすっかりアレンが参加する前提で話を進めているらしく。付き合いきれないと放置していたら、そのうちに一人がそこそこ値の張る招待状まで手に入れてきたので、行かないとは言い出せない
(しょうがない。ちょっと顔を出すだけだ)
そういうわけで。
立場上、あまり表立ってこういうところに出入りしているのも外聞が悪い自覚があるアレンは、平気で
会場である、王都のとある貴族の
酒と、料理と、男女それぞれの
(目的のモイライをどれか一人でも見て、それですぐに帰ろう)
やれあの女が美人だの、あっちの暗がりでいちゃつく男女がいただの、下世話な話題で盛り上がる悪友たちの話を右から左に聞き流す。──正直、王宮にいる連中よりマシなだけで、彼らと
『お、いたいた。あれだよモイライの魔女。オレが前見たやつ』
──と。
悪友の一人がアレンの
(へえ……)
触れ込み通り、
顔を隠す気はやはりないらしく、片手に持った棒先に付けられた仮面は、すっかり定位置から離れていた。
ついでに肌も隠れておらず、スイカのような大きさの白い乳が
(なんというか。確かに美人だけど、……ものすごくアクの強そうな……?)
彼女の周囲だけ、空気が違う。
言うなれば──紫の瞳には魔が宿っている、と。
それも、
あたう限り近寄りたくない類であるのは間違いない。油断すると本当に頭から食われそうだな、と思っていたら、やはりというか、そばで顔を赤らめて彼女に熱い
名も知らぬ美しいモイライは、
(──うわ)
思わずアレンは苦々しく
口々に、モイライの色気や
(なんか、
遠巻きに見た印象だが、まだ十歳にもなっていないのではないか。
アレンも十二歳なので別に大して変わらぬ年齢なのだが、それにしたって肉付きの薄い細い肩といい針金のような手足といい、悪目立ちするあどけなさだ。肩まで伸ばした黒髪に赤いリボンを結び、
言っては悪いが、さっきモイライの魔女を見たせいか、地味を
(……あれ?)
不意に。
『え』
顔を上げた少女の瞳が淡い紫色をしていることに気づき、アレンは声を上げていた。
(
黒髪と紫の目は、モイライの魔女の
──ということは、あの少女は、なんとモイライ一族に連なるものらしい。年齢から察するに、今日だけ特別参加という例の三女だろう。
思わず
見れば見るほど……少女は、「地味」以外の感想が出ない
(いやでも、顔の造作とかの話じゃなく……あまりに無害すぎるというか……
おそらくは、男を連れてどこかに消えてしまった姉を
少女は使い魔らしき小さな黒猫を胸に押し付けるようにして、不安そうな表情で辺りをきょときょとと見回している。
先ほどの姉の瞳よりも
あの様子だと、姉はしばらく帰らないだろう。少女の顔がくしゃっと
(……声、かけてみるべきか?)
そんなふうに思ったのは、単純に、
姉に誘われて訳もわからぬままついてきたのだろうが。その
そういうわけで、アレンが何気なく彼女に向けて一歩を
その瞬間。
『ロロ』
彼女は使い魔の名前らしきものを呼ぶと、
(──あ)
その淡い紫の
(魔、が)
ぞく、と背筋が
──先ほど、姉の瞳にもおぼえた、魔性の気配。
(すごいな。なんていうのか……あの子もいっぱしにモイライなのか)
とはいえその時、心におぼえたのは単なる感心の延長で。伝承通り、見るだけでたちまち
『なになにー、どうしたアレン? ……お、あの子もモイライじゃね!?』
『うわほんとだ。あれが例の三女ってやつか。なんかさぁ、地味だな』
悪友たちがアレンの様子に気づき、たちまち集まってきた。
『え、なんだよアレンああいうのが好みなの? 全然まだガキンチョじゃん』
『ほらそこはあれだろ。例の
『ご
どん、と悪友の一人に背を押され、『うわ!』とアレンはよろめいた。
そうして、
──気づけば、すぐ目の前に、くだんの少女が立っていたというわけだ。
覚えてろお前ら、と背後を
それだけなら自分一人が流せばしまいだが、悪ノリが過ぎる彼らは、挙げ句にアレンと少女の周りをぐるっと取り囲んだ。
『なぁなぁモイライのお嬢さん、そいつ、あんたのこと好きなんだってさ!』
『これから
『よく見たら結構可愛いじゃんか。先物買いってやつ? この会場抜けてさぁ、オレらとちょっと遊んでかない?』
(おいおい……)
友人たちのおふざけに、アレンはさすがに
絵に
あまり他人に興味のわかない自分でも、この
(どうする? ここでこの子を
かといって少女を見捨てるという
その時、共に夜会に来ていた友人たちとは、もう誰一人として
(はあ。……しょうがない)
──決して許されることではないのだが。それでも、選んだやり方について言い訳をさせてもらうなら。当時のアレンは冷静ぶっていても十二歳で、まだまだ判断の甘い
『……そのへんでやめとけよ』
『ん? だってお前、この子モイライだし、ってか一番興味があんのお前じゃね?』
案の定、相手が不満そうに口を
『興味? あるわけがない。その子のことを、地味なガキだって言ったのはお前らだろ? どうせ
──悪いけど、俺は先に抜けさせてもらう。あとは好きにすればいい。
そう言い残して手を
『……んだとぉ! 別にオレも興味ねーよ、こんなガキ!』
後ろで友人たちが
彼らの後ろで、少女はひどく青ざめた顔色をしていた。どう見ても「助かった」という感じではなく。
(あ)
そしてその時点で、アレンは自分の言葉選びが『行き過ぎた』ことを
──興味? あるわけがない。……地味なガキだって言ったのはお前らだろ?
(しくった)
あの言い草では、悪友たちの台詞を
友人たちの興味を
(そうだ、戻って謝れば)
しかし、アレンが
終わったことだ。わざわざ引き留めて
(やっぱり最低すぎる……)
その後、王宮に帰ってから、少女の
(からかわれようと
その程度、自分にはなんの
どうにか謝りたかったが、モイライの
そう。七年前のアレンは、言い訳のしようがないほど、
──そのことに関しては、やがて王族としての後継者教育が本格的になり、ついでに王立魔術研究所の仕事にのめり込むようになってから、アレンは意図的に黒歴史として
最近になって、研究所の人員
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