3.近づく距離と戸惑いと②
*****
──というわけで。
ラスは晴れて、王立魔術研究所の研究職として採用されることとあいなった。
(夢!? これは夢なの!?)
ちなみに、自宅からの通いではなく、今まで通り王宮暮らしはそのままで、だ。
(あれ?)
なんでそんなことになったんだっけ。
気づけば、あれよあれよといううちに、
「こっちが総務部。業務上何か事務的な疑問点があったらここで
「あ、は、はいぃ!」
なぜかアレン王子直々に研究所内の案内を受けながら、ラスは目を白黒させたものだ。
(ん? 適当な人たちだから適当でいい……って言った? 今)
ここにいるのは王国でも名うての魔女や魔導士たちなのだが。立て板に水な説明の中に、いささかの雑さを感じて首を傾げつつ、ラスは彼の後について
とはいえ、無理をして小走りになどならずに、ごく自然な調子で歩けているのが、よく考えれば不思議ではある。長身のアレンとは
(私の速さに合わせて下さっている、ってことよね)
──そんな気遣いを、ごくごく自然にやってのける。アレンというのは、そういう人なのだ。
「みんな注目!」
やがて、
彼自らの声掛けに、忙しく研究に
「今日付けで研究職に採用になったラケシス嬢だよ。みんな、よろしくね」
「……よ、よ、よ、……よろしくお願いします……!」
興味深そうなもの、品定めするようなもの。
こもごもの色を
(あ、あ、挨拶って、こんなので合ってた? だ、大丈夫かな、大丈夫かな……そもそも私なんかが来て本当によかったの!?)
黒い髪に
「ラケシス嬢は、独自の無害化魔法を使うんだ。先日それで俺も命を助けてもらった……のは、みんなも多分覚えてくれていることと思う。それから、彼女は薬糸魔術も
どうやら研究所は、アレンにとってかなり気を抜いて過ごせる場所のようで、彼の
そして、アレンからの紹介が終わった後。待ちかねたようにわらわらと自分のもとに人が集まってきて、ラスは慌てた。
「無害化魔法の話は、所長……アレン殿下から聞いているわ。しかも、凶暴化した
「あ、ありがとうございます」
「薬糸魔術も得意だってことだけど。それって確か、薬効のあるアロマランプを
「は、はいっ」
「その可愛い
「えっと、はい! ロロって言います……」
研究者たちは、おおかたがラスよりも一回り以上も年上ばかりだが、みんな目がきらきらしていて、とても若々しい。何より、
「
「ほんと。所長は人使い
赤毛を後ろで引っ
あたたかな空気に、ラスの緊張もじわじわと解けていく。
──なんだか、やっていけそうな気がする。
「頑張ります! ……改めて、よろしくお願いします!」
*****
朝は王宮主殿で起きて朝食をいただき、午前中の定刻に研究所に行って研究にいそしみ、夕方にまた主殿の自室に戻る。
かくして、ラスのそんな新しい生活が始まった。
王立研究所の高水準な仕事についていけるだろうか、と
そして、研究所に出入りするようになってから、アレンの人となりについても、今まで以上に少しずつ知ることができるようになってきた。
──アレンは不思議な人だ。その印象自体は変わらない。
けれど、彼が所内の魔女や魔導士たちのために、いかに過ごしやすく、心置きなく研究に集中できる
「魔女への
「みんな魔術の
レヴェナント王国
たとえば、
「それじゃ大おばあさまは、当時の王室の気遣いを台無しにしてしまったんですね……」
先祖のやらかした大ポカの罪の重さを改めて思い知って青ざめるラスに、「馬鹿ね、そんなこと、今となっちゃ言っても仕方のない話じゃないの。それにあんた自身が何かやったわけでもないんだからさ」と笑い飛ばしつつ、ルピナは肩をすくめた。
「っていうか、一進半退だって言ったでしょ。メーディアの一件だけじゃないの。魔女が王国に関わろうとするたび、どういうわけか、何かが起こって不思議と
そういうわけで、魔女が
「偏見を主導してきた最たるものが、設立百年以上の歴史を持つ、国家魔導学院の存在よ」
「……魔導学院、ですか?」
王都といえど端っこの下町で細々暮らしていたラスには、あまり聞き覚えのない
(でも、どこかで聞いたことがあるような。……あっ)
──君のことだ。魔導学院の
ふと思い出したのは、あの日、凶暴化した薔薇の花を無害化する前のやりとりだ。
「そういえば、ガイウス閣下にアレンさまがかけた言葉で、そんな名前がありました」
ぽんと手を打つラスに、ルピナは目を
「えっと……なるほど、なんですか?」
「そりゃまあ。ガイウス・グリム閣下でしょ。アレン所長の側近で
「?」
首を傾げるラスの反応をどうとらえたものか、ルピナは得意げに指を振った。
「国家魔導学院ってのは、魔女に門戸を閉ざした、魔導士だけが入れる国立機関よ。今は王立魔術研究所のほうが断然有名だから、ラスにはぴんとこないかもだけどね。王宮内での魔術研究は、そこがずーっと
魔力の扱いは、生来それになじんだ魔女のほうが魔導士よりずっと
「だから、先王陛下の
「そ、そうなんですか?」
「だって魔導学院のほうは、もう歴史が古いだけで大した成果も出せてないんだもの。魔女
一連の経過を
「それは……
おっかなびっくり感想を述べると、「そりゃねえ」とルピナはあっさり顎を引いた。
「なんだけど、そこんとこ今のアレン所長は
「じ、じんましん、ですか」
「腹の
「そうなんですね……」
魔術研究所の所長職に
「ま、ここんとこは例の凶暴化病のせいで、ちょっと風向きも
ふと
「いいえ、ちっとも……。どうしてですか」
(この国で一番、国政の中枢にいる人が、私達のために心を
そのことを改めて実感して、むしろラスはポカポカと心が温かくなった。
(だったら私も、アレンさまのお役に立てるように全力で応えないと!)
ついでに一人称の件から察しはついていたが、アレンは立場上、他の政務にも気が抜けず忙しいが
ラスにとって今までのアレンといえば、まさに
どんな時も笑顔を絶やさず、衣装も常にピシッとして、部下への指示も的確。歩く姿にさえ気品と
けれど、研究所でのアレンは、時折ルピナたち研究職に「この決裁急いでって言ったじゃないですか!」と荒めにどやされたり、所長机で仕事をしていると見せかけてこっそり
そういう場面に出くわすのは決して
(お疲れなんだわ、アレンさま。……でも、ここでなら安らげるのかしら)
相変わらず、ネオンブルーアパタイトの瞳は神秘的で。いまいち何を考えているのか読みづらいのも同じだ。
けれど、「このかたは、どういうつもりなんだろう……」と不安になることは以前より減っていた。
さらにラスに関しては、王宮主殿に
もちろん、最初は「ご一緒するなんて
とはいえ口下手で、
「ルピナさんの開発した十一型魔術に、ターレンさんの五型魔術、それと私の無害化魔法と薬糸魔術を掛け合わせた形で、凶暴化した植物を元の形に戻すことができそうで……。空気拡散型の魔術なので、
「すごいね、それはかなり画期的だよ。
「……はいっ!」
勤め始めて三週間が経つ頃。
その日もラスは、研究の成果を
アレン自身はもちろん魔女どころか魔導士でもないが、所長である以上、ある程度魔術には精通しているのだ。お世辞にも説明が上手とはいえないラスの話す研究内容を、彼はいつも興味深そうに聞いては、質問したり、意見をくれたりする。彼と過ごす休憩や往路帰路の時間が、ラスは好きだった。
ちなみに、今二人で話している所は、王立魔術研究所内の薬草園だ。ベンチに並んで腰掛け、研究所の食堂から支給された、白パンに
「それにしても……」
ふと言葉を止め、ラスは
その造作が
「あの、もし余計なおせっかいなら申し訳ないのですが……。えっと……アレンさま、かなりお疲れではありませんか? 夜、きちんとおやすみになってます……?」
不安のままに
「あ、わかる?」
「
ちょいちょいと
「バレたか。実は昨日と今日、
「あの、差し出がましいことを申しますが……
「心配かけてごめんね」
眉尻を下げた後、アレンは少し言いづらそうにこんなことを切り出した。
「このところ、例の動植物の凶暴化の
「……そうだったんですか」
──風向きが嫌なほうに変わりつつある。そう、ルピナが話していた件だ。
凶暴化病が起きるようになってからこちら、ガイウスは、己の一族が率いる魔導学院所属の魔導士たちを次々と現場に
もちろん、魔術研究所とて何もしていないわけではない。けれど、凶暴化病の
(ガイウス閣下のことは、アレンさまの前であまり話さない方がいいって
「ああ、ごめん。
「! いえ」
申し訳なさそうに謝るアレンに、ラスは慌てて首を振る。
(そうだ)
ラスはキュッと
(
ぐるぐると悩んでいたラスだが、意を決して顔を上げた。
このところ、
「あの、アレンさま……!」
「何?」
「よろしければ、なんですが! ……私の薬糸魔術、少しアレンさまに使ってもかまいませんか?」
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