3.近づく距離と戸惑いと①
──そうして、ラスが王宮に上がってから、あっという間に三日が経過した。
(なんで!?)
いくらなんでも「あっという間」がすぎる。
(いやほんと、なんで?)
ここに来てからというもの、ラスは無数に自問を
(この
あれよあれよといううちに口車に乗せられ、いまだに十分に
(おかしい、絶対おかしい……私、一体どういう
考えるたびに、垂直に折れるほど首を
確かにアレンを一度助けはしたけれど、断じてここまでされるほどではない。そして、
おまけに、さすがに
彼の話術は
(どう考えても、これって私がモイライの
思い当たる節があるとすればそれしかない。
というか、そうでなければこの
(目に見えて変化があるようには感じられなかったけど、やっぱりあの晩、
その結論は、ストンと
同時に感じるのは、ひたすらにアレンへの申し訳なさだ。
(きっと不本意なはずだわ。……本来の意志と関係なく、
その昔、血筋ごと呪われてしまったがために、縁やゆかりはおろか興味すらない魔女などに親切にせざるをえないなら、彼にとっては不幸な事故に他ならない。
(魔術
今、アレンは何かと理由をつけてラスの顔を見に日参している状態だ。──それは非常によろしくないのではないだろうか?
(あなたには呪いがかかっているので私には会わない方がいいです! って本人にお伝えするのが一番手っ取り早いけど、どうしよう)
しかし、さすがに勇気が出ない。
彼自身の意志でないにせよ「あなたは魔法のせいで、私を溺愛してらっしゃるんですよね? おかしいでしょう?」と直接問いかけるなんて。
(四苦八苦して理由を他に見つくろっても言いくるめられるし、時間が合わないふりをしても予定を合わせてくださるし。……むしろ余計なご負担を増やしているような)
この三日間の状況を
お茶や食事の
なにせ、片や無自覚に人を
真正面からお断りし続けるのは難しい気がした。というか、現にできていない。
(そして、結局お誘いを断り切れずにお会いするたびに、どんどん呪いは悪化していく、と……まずいわ。とってもまずい。どうしよう)
改めてラスは青ざめた。
主人の顔色が悪くなったのを的確に察したらしく、さっきまで窓の外をひらひら
(こうなったら最終手段しかない)
正面から
「あの、ミシェーラさん……じゃなくて、えっと、ミシェー……ラ。一つお願いがあるんです」
三日
「はい、なんでしょうラケシスお嬢様?」
鼻歌混じりで「ツヤツヤの長い
鏡
「えっと……よければ、私がここに来た時に着ていた
「え?」
「今日は、お庭の散歩を少しだけ長くしたくて、……そのためには軽くて動きやすい、慣れた服装がいいなと……」
「? それでしたら、特別動きやすいドレスを選ばせていただきますよ?」
「えーっと! 地面にかがんで薬草を見たりもするので……!
必死になって
「けど、お散歩が終わったらお召し
「…………はい……」
「約束ですよ!」
しかし、最後にしっかり
*****
王宮で与えられた美しいドレスではなく、久しぶりに身につけた自前の私服は、やっぱりすんなりと身に
一点物であろう
「ええ!? お一人で、ですか!? 絶対お
ミシェーラは
「しょうがないですね。朝食までには
『
うんうん
どちらをも目立つようにテーブルの中央に置き、ラスはそっと部屋を出た。
(これでよし)
──王宮を出る。
それも、アレンには何も言わずにそっと。
色々考えた結果、「一番丸く収まるのでは」とラスが下した判断がそれだった。
(最初に
強行
話したのは初対面時の一度きりだが、「不敬だぞ」「
(……それはそうよね)
ガイウスが、アレンのことをたいそう敬愛していそうだ、──とは、なんとなくその言動から予想できることで。
モイライの魔女が王宮内にいるだけでもさぞかし気苦労だろうに。なんとも申し訳ないなと思ったのだ。
(だから、これで正解のはず)
元々、着の身着のまま招かれたので、自分の私物といえば衣装以外にないのが幸いした。みすぼらしい服とはいえ、捨てられていなくて本当によかった……。
(こっそり
手順をあれこれ思案して整えつつ、ラスは足元に従う
「行こっか、ロロ」
このところ上等な魚の
*****
果たして、王宮の
問題は、そこから城門までの道筋だ。
「どっちに行くのが正解なのかな……?」
なにせレヴェナントの王宮は非常に広い。全体では、ちょっとした町ほどの大きさがあるはず。ここに来る時、主殿の正面まで馬車で乗り付けたのは
主殿からはいくつもの副殿が続いており、さらには召し使いの生活する
ラスが入ったことがあるのはごく一部、それもここに来た時の
(たしか、王立魔術研究所も、王宮の
ふと頭の
丸や
なんの
「! ここって……」
白大理石の太い柱に支えられた
「王立魔術研究所……!」
(わあ、初めて見た。これが
まさか人生で、この場所を訪れることができるなんて。じーんと胸を打つ感動に、ラスは研究所の入り口を見上げたまま、しばし足を止めた。
視線を巡らせると、城門はすぐそばに
今のラスは王子に与えられたドレスではなく、自宅から着てきた
(本当なら、すぐにでも出ていかないといけないんだけど……)
ちらりと視線を戻した王立魔術研究所の
(私、ここに来て、アレンさまからお聞きして初めて知ったけど……実は王立魔術研究所って、そんなに長い歴史を
なんでも創立自体は先王の代だそうで、規模が大きくなって王宮内に場所が移されたのは現王ゼラム政権になってから。さらに研究内容が
だが、何千年も前からそこにあったかのように、門のそばに
(ああ。……本当に
海中
緑の
──と。
「ラケシス
完全に気を抜いていたところで、後ろから聞き覚えのある声で名を呼ばれ、ラスは思わず背筋をびくつかせた。
「はい!?」
「ああ、やっぱり。よかった、見つかって」
「ラケシス嬢が書き置きを残していなくなったと、血相を変えたミシェーラから報告を受けたから、
その言葉に、ラスはざあっと青ざめる。さっそく書き置きは見られていたらしい。
「も、申し訳ございません、アレンさまにとんだお手数を……」
「気にしないで。私もちょうどこちらに用事があったし……むしろ、ここでの生活に何か不満を感じさせてしまったんじゃないかと、そっちの方が気になってね。貴女は急にいなくなるような人には見えないから」
「うっ」
「理由、教えてもらっても?」
思わず視線を
「ふ、不満なんてあるわけがないです……! とてもよくしていただいて、お部屋もお食事もドレスも何もかもむしろ私なんかにはもったいない、申し訳ないくらいで」
「うん」
「だからその……申し訳ないゆえに、……と申しますか……」
意を決して、ラスはきっと顔を上げると、両
(ええい! 言わなきゃ!)
「私やっぱり、……何もしないで贅沢をさせていただくなんて無理です!」
なんの対価もなく、お
(実は、メーディア大おばあさまの溺愛の呪いを早く
ちらっと
「い、一着だけでも私にはもったいないドレスを、毎日取っ替え引っ替え着せていただいて、
つっかえつっかえどうにか述べて、チラリと
「何もしていないわけじゃないよ。貴女は私の命の恩人だし」
「その恩でしたら、もう十分すぎて逆に私の借りになるくらい返していただきましたので! 何より、あの時は勝手に体が動いただけで、別にアレンさまだから助けたわけでも、見返りが
言い切った。こんなに一気にしゃべったのは人生初ではないだろうか。
「そういうわけで、
勢いのまま食い気味に願い出ると、アレンはなぜか楽しそうに唇の
「君の気持ちは分かった。……じゃ、仕事があったら問題ないんじゃないかな?」
「え?」
「ラケシス嬢、ここで働かない?」
そう言ってアレンが指差したのは、たった今まで、ラスがもの欲しそうに指を
「中の様子に興味深そうにしていたから、ひょっとして、気になっていたんじゃないかと思って。俺はいちおうここの所長だから、君を
(そ、それは存じ上げておりますけど……!)
よくよく見れば、彼の後ろに
金の
(ここで……働く? 私が?)
「……い、……いいんですか!?」
この提案に、ラスはしばし
アレンは王立魔術研究所の最高責任者だ、それはもちろん知っている。彼が「働かせてくれる」といえば、真実そうなるのだろう。しかし。
(たしかにここで働けたらとは思っていたけど、でもそんな簡単に!?)
今までの
「実は、君の魔法を見せてもらった時に、ゆくゆくは研究所で働いてもらえないかな、とは考えていたんだ。……今、王都が最も悩まされ
ラスの無害化魔法の話をあらかじめ聞かされていたのか、背後にいた魔女や魔導士たちが「ああ、こちらのお嬢さんが例の」「なるほど」と
彼らのラスに向ける
「私、本当に……働かせていただいて、いいんですか?」
「君さえよければ」
ラスに向けられた、
「──ぜ、ぜひ!」
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