2.これって呪いのせいですか?②


*****


 お礼のいっかんとして食事をご馳走になるのも、いちおう間違いではないらしく。

 少しだけ部屋できゅうけいはさんだあと、連れ出されたのは王族用の食堂だった。もちろん、月見草のドレスもそのままである。

 光属性のせきで明るく輝くシャンデリアのるされた室内は、昼間のように明るい。が、森で馬車に乗せられたのは朝だったはずなのに、いつの間にか窓の外には三日月がかかり、暮れなずむあかむらさきいろの空からこうこうと白い姿をさらしている。

 現在ラスは、純白のクロスがかけられた四角いテーブルを挟んで、アレンと二人きりで向き合っている。

 驚くほど広いテーブルの上には白磁の食器が用意され、どうやリンゴの入った果物かごや、ほのおの揺らめくしょくだいが並ぶ。正面に座る人の美しさも相まって、まるでおとぎばなしの光景だ。


(まさか……この国で一番と言っていいくらい高貴な身分の方と、食事をごいっしょする日が来るなんて……)


 一昨日までの自分なら考えつきもしなかっただろう。緊張のあまり、きっと何を食べても味なんてわからなくなりそうだ。


(今だけ、今だけやり過ごしたら……! うっ、きそう。まだ何も食べてないのに)


 なんだか、正面に座る方の顔を見るのもそんな気がして。青くなって俯くラスに、しょうまじりにアレンが声をかけてくれる。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だから」

「……は、はい。王太子殿下」

(いえ、けどやっぱり緊張はします!)


 ぐるぐると目を回しそうになっていると、アレンは少し思案した後、「そういえば」と口を開いた。


「貴女のこと、なんて呼べばいいかな? このままラケシス嬢、と呼んでもつかえない?」

「あ、はい、な、なんとでもお呼びください!」

「じゃ、私のこともアレンと。王太子殿下、だとにんぎょうで少しさびしいから」

「え……は、はい。アレン殿下」

「殿下、はいらないよ?」

「…………あ、アレン……さま……」


 単なる呼び方一つとっても、みょうきょめられている気がして落ち着かない。

 押しが強いのは、この王宮にいる人の共通点なのだろうか。むしろミシェーラはよう主に似たのかも。「それでいいや、きょうしよう」とクスッと笑うアレンに、ラスは目を白黒させた。


「それじゃ、ラケシス嬢。貴女の方からも、私に何か聞いておきたいことはある?」


 こういう時の作法もわからずひたすら混乱してばかりだったラスだが、食前にと冷たい飲み物が運ばれてくる段になって、いよいよ腹をくくった。


「あの、殿下」

「アレンで」

「……アレンさま。勝手ながらおんにご質問を許されますでしょうか……」

「もちろん、なんでも話して。かたくるしいあいさつも気にしなくていいよ」

「……はい」


 ごく、とつばを飲み、ラスは広いテーブルの向こうにチラリと視線をやる。


「王宮にご招待いただき、こうして色々ともったいないおこころづかいをいただけること、光栄でとてもありがたいです。が、ちょっと私には身に余ると、いうか……」


 いったん言葉を切り、ラスは膝の上で小さくこぶしにぎる。


「……このお食事が終わりましたら、私は樹海の自宅にもどらせていただくということでよろしいでしょうか?」

「どうして?」

「え、どうしてって」


 逆に問い返されて、ラスは面食らった。


(どうしても何も、私が王宮にいるのはおかしいからですけど……!)


 反論しようにも言葉の選び方がわからず、せわしなく視線をうろつかせるラスに苦笑し、アレンは細工ガラスのゴブレットをくるりと手中で回した。


「もう月が出ている時間だよ。貴女の家まで結構な距離がある。貴女のほうがとても強いのは知っているし、実際に私も助けられたけど。恩人をみすみす危ない目にわせる訳にはいかないな」

「えっと……それじゃあ、明日とか……」


 控えめに直近の帰宅予定を詰めようとすると、アレンは青い目をこちらにえて首をかしげた。


「ひょっとして、昨晩ガイウスがよくない態度をとったから、君はそれを気にしている?」

「はい?」


 少し心配そうにたずねられた言葉があまりに予想外だったので、ラスは思わず目をぱちくりさせた。


(ガイウス、さんって……あ、昨日のメガネのお付きの方!)


 ──けがれた邪悪な妖婦がなぜ王都にいる!

 そのくりいろの髪と、へびを想起させるれいな顔立ちを思い出すと同時に、忘れていたはずの吐きかけられた言葉まで思い出してしまい、ラスはついかたに力が入る。


「え、いえ」


 確かに、あまり気分のいいことではない。いささか顔色が悪くなったラスに表情を改めると、「申し訳なかった」とアレンは謝罪した。


「彼──ガイウス・グリムは、俺……ではなくて、私の母方の従兄いとこで、側近の一人なんだ。ゆうしゅうではあるんだけど、ちょっと考え方が古くて、……。特に、昔から魔女についてかなり強めのへんけんを持っている。おりにつけ改めるようたしなめても、どうにも平行線で。部下をぎょし切れていなかったのは私の落ち度だ。不快な思いをさせてしまったね」

「い、いいえ! そこまででは……!」


 ──確かに怖かったし、その言い草に傷つかなかったといえばうそになるけれど。


(王太子殿下にわざわざ頭を下げさせるほどじゃないです!)


 今日一日が目まぐるしすぎて、すっかり忘れていたほどだとなおにラスが白状すると、アレンは「そう?」と口元をゆるめた。


「そう言ってくれて気持ちが軽くなったよ。それで、もし君さえよかったら、……しばらく王宮にたいざいしてもらえないかと思っているんだ。もちろんガイウスには近寄らせないよう、細心の注意をはらうから」

「え、えっと」

「希望があったら侍女になんでも申し付けて。大体のことはかなえられるように手配しよう」


 流れるようにたたけられて、ラスは「あれ?」とあわてた。


(いつの間にか、お城に滞在する流れに自然にゆうどうされているような……?)

「王都のはずれにうでのいいやくじゅつ使いの魔女がいるっていう話は、前から聞いていて、一度会ってみたかったんだ。あのかいぶつは想定外だったけど、自分で視察に行った理由の一つはそれだったんだよ」

「ええ!?」


 どうしてあんな下町に王子様が来ていたのだろうと、疑問に思っていたが。まさか、自分が原因のいったんだったとは思いもよらなかった。


「昨日は空手で帰ったから、ここで断られると、私もおそわれ損になってしまう」

「……!」


 ニコニコしながらそんなことを続けられてしまえば、もうラスに言えることは何もなくなってしまう。

 やがて、美しく盛り付けられた前菜の皿が目の前に運ばれてくる。冷めないうちにとアレンにうながされて食事に手をつける間、ラスは「え? あれ? こんなはずでは……」をひたすら脳内で繰り返していた。


 ことここに至って、半泣きになりながらラスは思う。

 アレンは立ち居振るいにすきもなく、とても理性的に見える。きちんと話も通じるだけに、まだ確証は持てないけれど。


(このかた……やっぱり、呪いにかかっちゃってませんか……!?)


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