1.はじまりは突然に②
*****
「はあ、はあ……」
やがて、慣れ親しんだ町はずれの城門まで
(もっと普段から運動しておくんだった)
途端に門限を知らせる
くさりが巻き上がっていくのを
見守りつつ、「間に合ってよかった」とラスは胸に
そして。
(やっちゃった―― ……!!)
地べたにしゃがみ込み、頭を抱える。
なんであんなところにいるんだ。そりゃあ悪質な伝説のモイライの魔女が、ごく普通に市街地をうろついているのも問題なのかもしれないけれど。でもまさか、あんな下町にいらっしゃると思わないじゃないか。
(噓でしょ!? 本物のアレン殿下とか……!)
アレン王子の、あの輝きに目も
(メーディア大おばあさまの『溺愛の呪い』! レヴェナント王室の男性にだけは、私は絶対絶対会っちゃいけなかったのに……!)
しかも、運の悪いことに相手は王太子殿下ときた。時の権力者として輝かしい未来が約束されている、雲上人の天上人のそのまた上の尊きお方である。
(発動条件の『一目見たら』って、ど、どこまでが平気なの!? 顔、一目どころかめっちゃくちゃ至近距離で向かい合って話しちゃったけど、呪い発動した!? しちゃった!? けど……アレン殿下、私の顔を見ても、特に変わったご様子があるようには見えなかったような……? でもなんか、あのガイウスっていう怖いお付きの男の人から、すごく
「ロロ……ありがと。そうよね、過ぎてしまったものは仕方ない、かな」
おかげで、情けない表情で
ここは、王都への正門ではない。市街地をぐるりと取り囲む
大陸には、東西どちらとも内海はあるが外海がなく、代わりに周囲を
だが古来、植生も生態系も
樹海は、奥――
供つきとはいえ、王子様ともあろうかたが、どうして下町なんかにいたのかはわからない。が、さすがに樹海まで分け入って
(会ってしまった時間を巻き戻せたらいいのに……。こうなったらメーディア大おばあさまの魔法、時間が
内容や術者の力量によるが、魔法にも効果に期限というものはある。二百年前にかけられたという溺愛の呪いが、いかほど力が持続するものかわからないけれど。きっとそうだ。
そういうことにしておこう。
(そうと決まれば帰って寝よう!)
幸いにして、ぼっち生活が長いラスだ。薬草採りをしたり、魔術書を読んで研究をしていれば、彼のほとぼりが冷めるまで待つなんてあっという間だろう。
いささか楽観的な気分を取り戻しつつ、
(なんだか今日はほんとに
お湯には香草油を奮発しよう。それで、寝るときにはとっておきの、初
落ち着いてくると、今度はだんだん
――お礼を言うべきはこちらだ。さっき助けてくれたのは君だね。
不意に、アレン王子の声が、耳奥に
そうだ、王都で今問題になっている原因不明の動植物の凶暴化。形はどうあれ、場を収められたのはラスの力が大きいはず。
(……私の魔法で、人の役に立てた。それは
誰かを助けられた。誰かの役に立てた。それはなんだかとても、
言葉の
そのうち、今晩のドッキリなんて「
そして明日からは、当たり前の、穏やかで
とりあえず、この時のラスはそう信じてやまなかった、――のだが。
*****
「んん……いい朝!」
樹海では
しかし、
「おはよロロ」
(あらら)
(今日は何をしようかな)
ここは、樹海にあるラスの家だ。
このあたりには海中
ベッドやテーブルなどの調度品は、基本的には周りに生えていた木からコツコツとラスが手作りしたものだが、「もっと
カーテンやテーブルクロスは安物でも、ちゃんと
薬を作るという商売
平家建ての小家の前には、ステンドグラス製のアロマランプや色とりどりの蝋燭が飾られてあるのが目ににぎやかで、
(うーん。しばらく町に行くのは避けないとだから。今日は何をしようかな。本当なら王都の図書院で新しい魔術書を借り足してきたかったけど、あそこは中心地に近いから都合が悪いし……)
顔を洗って、木製の
そんなふうにさっと
(薬糸魔術で使うまじない糸とアロマオイルを作り足してもいいし、庭の畑でタイムを
口元に手を当てて楽しいひきこもり計画を練っていると、急に周囲の樹海生物たちがギャオギャオと騒ぐ声が大きくなった。
(何だろう? 近くに大きな樹海魚でも出たのかな)
しかし、そこにガヤガヤと大勢の声や足音、馬のいななきや
「人が……たくさん……?」
しかもだんだん近づいてきている。
さらにいうならラスには、その原因に、それはそれは心当たりがあった。
(まさか。ここ、樹海なのに!?)
大変に
「えええ……!?」
目の前に広がっていた光景に、ラスは思わず口をあんぐり開けるしかなかった。
(何この行列……!)
そこにいたのは、王立騎士団の制服に身を包んだ二十名ほどの兵士たちだ。
いずれも近衛の徽章をつけた彼らは整然と隊列を組み、少しひらけた場所にあるラスの家を囲むようにずらりと並び立っているのだった。もちろん
ここは樹海。繰り返しになるが、自分のようなもの好きか、安全度外視の冒険者くらいしか立ち入る人間がいないはずだ。間違っても、きちんと正装した騎士団が、こんな大所帯で来るところではない。
(いきなりドア開けるんじゃなくて、窓のカーテンの
今さら
我ながら、昨日から血の気が顔から引き通しだ……などと思いつつ、サーッと青ざめるラスの前には、一台、優美な馬車が
中から現れたのは、やはりというべきか、
(あ、アレン殿下……!?)
彼はにっこり微笑むと、
「あ、……」
逃げないと、と思った時にはもう一歩先の距離だ。
彼は背が高く、
アレンは、それこそ魔法にでもかけられたように動けないラスの手をひょいと持ち上げ、そこに唇を落とすふりをする
「昨日はありがとう。モイライのラケシス
いや待って。
彼の
「む、迎えに……?」
「そう。命を救われた礼がしたいから、王宮までご同行いただけないかと」
「オウキュウに……ドウコウ……」
なんだそれ。
どうなってるの。
情報量が脳の許容量を
「ヒッ」
背中に触れる手のひらの温度に、赤面するより血の気が引く。「ごご無礼を!」と
おそるおそる、改めてその顔を
(……昨日お話しした時も、私みたいな初対面で平民の魔女相手にも、丁寧な方だったもの。本当にお礼を言いに来られただけかも……と、思いたい……けど……)
でも、いくら命を救われたからって、いきなり叫んで逃げ出すという無礼と
――よもやメーディア大おばあさまの呪い、ゴリッゴリに効いてるんじゃあるまいか。
二百年
という可能性について、ラスは否が応でも考えざるを得ない。
このタイミングで「そういえば兵隊さんたちに
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