第34話「さよなら」の日 

はぁ はぁ はぁ はぁ


激しい息づかいと、白いスニーカーでアスファルトを蹴り上げる音が、まだうす暗い住宅街の中に響いていた。春香は全速力で清音学園に向かって走っていた。


はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁっっ


(行かないで!ロメリア王子!!私を置いていかないで!)


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昨夜、王子は春香を抱きしめた後、そっと体を離して言った。


「明日の朝、私は出発する。だが…約束して欲しい事がある。」


「何ですか?」


「明日、決して見送らないで欲しい。」


「えっ?」


「明日、春香とまるみには声をかけずにここを発つ。絶対に、起きてこないで欲しい。」


「でも…」


何か言おうとすると、王子は首を横に振った。


「どうしても、一人で行かねばならない。」


(セバスに、春香を見られるわけにはいかない…絶対に。)


王子は立ち上がって言った。


「ここでの生活は本当に楽しかった。もし、また会えたなら…。」


「会えたなら?」


「いや…。また、会えたらいいのだが。」


「はい!会いたいです。」


春香は急いで言った。


(たとえ、王子様の心はフェミーナさんのものだとしても…。)


王子はにっこりと笑い、言った。


「私もだ。また春香に会いたい。それまで、元気でいてくれ。」


「王子様も。どうか、お元気で。」


王子はまた少し笑うと、春香の部屋から出て行った。


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ギィィィッ


普段は固く閉じられている清音学園の教会の扉が、鈍い音を立てて開いた。

王子は重い足取りで、教会の中に入った。教会の中には、セバスともう一人、黒いマントのようなものを頭からすっぽりと被った小柄な人物が、王子を待ち構えていた。

二人は、中央の祭壇の下で十字架を背に立っていたが、王子の姿を認めるとその場に素早くひざまずいた。セバスは床を見つめたまま言った。


「ロメリア王子、お待ちしておりました。約束を守って頂いた事、感謝します。」


王子は、入口に立ったまま静かに言った。


「私は、約束は必ず守る。」


王子は、そのまま祭壇に向かって歩き出そうとした。


その時だった。背後で、教会の扉が荒々しく開けられた。


「ロメリア王子、待って下さい!」


王子が振り向くと、そこには、乱れた長い髪を肩にたらし、ピンクの水玉柄のパジャマ姿にカーディガンをはおった春香が、素足にスニーカーを履いて立っていた。

その額には汗がにじみ、激しく走ったせいで肩が上下していた。

その後を追うように、まるみが教会に飛び込んできた。まるみは、眼鏡を外して放り投げると、祭壇に走り寄って両手を前に突き出した。その手からは赤い光が放たれ、ひざまずいたままの二人を取り囲むようにドームのようなものを作り出した。


「ロメリア王子!短い時間ではありますが、二人の動きを止めておきます。」


王子は、春香に駆け寄り言った。


「春香!来てはいけないと言ったではないか。なんで、こんな事を…」


王子が春香を見ると、その目からは涙がぽろぽろと次から次に落ちていた。そして、どこか…その目にはいつもと違う光が宿っていた。春香は言った。


「ロメリア…。婚約者の私をおいて、一人でどこに行くつもり?」

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