第31話 王子様の記憶

春香は、王子の姿を確認すると、叫ぶように言った。


「どこに行ってたんですか?みんな、心配して…すごく心配してたんですよ。」


最後の方は、涙と混じってうまく声にならなかった。春香は泣き顔を見られたくなくて、そのまま台所に小走りで駆け込んだ。


「まるみちゃん、手伝う…。」


春香の弱々しい声が、玄関から遠ざかっていった。残された敦は、王子につっかかるように言った。


「どこに行ってたんですか?一言くらい、誰かに何か言ってから姿を消して

下さいよ。春香が…、みんなで、すごく心配して探し回っていたんですよ。」


「すまない。突然の事で、伝える事ができなかったのだ。」


王子はそう言うと、静かに靴を脱いで家にあがった。そして、台所に声をかけた。


「春香、まるみ…すまなかった。」


「後で、事情はお聞きします。」


まるみの声だけが返って来た。春香は黙ったまま、まるみのそばでご飯を皿に盛り付けていた。


・・・§§§・・・


簡単に夕飯を済ませ、一同はこたつを囲んで座っていた。王子は、真剣な表情で、三人の顔を見回して言った。


「実は、私の記憶なんだが…すべて、思い出したのだ。」


「えっ!!本当ですか?よかった…。」


すぐに反応したのは、春香だった。


(本当によかった。でも、それは、ここを出て行くってこと…。)


「よかったですね。」


まるみも、春香に続いて言った。敦はこたつ机に手をかけ中腰になると、王子に言った。


「それで、王子様…じゃなかった、本当の名前は何なんですか?どこに住んでいて…何者なんですか?」


そのな様子に、春香はあわてて言った。


「あっちゃん!そんなにいっぺんに聞いたら、王子様も困るでしょ!思い出したばかりなんだから。」


心配した春香を、王子は手で制して言った。


「いいんだ。全部、思い出したんだ。私の話は、少し長くなるし、また話しても

理解してもらえるかわからないが、最後まで聞いてもらえるか?」


王子の深刻な様子に、春香も敦も姿勢を正した。まるみは、黙って王子を見ていた。


「私の名は、ロメリア・ベナータ。アトミラート王国の第一王子だ。」


重々しく告げるその名前に、春香と敦の目がまぁるく見開かれた。それを見て、王子は申し訳なさそうに笑って言った。


「すまない。色々と飲み込めない部分も多いと思うが、続けるぞ。」


春香と敦は、二人そろってうなずいた。その息の合った様子を見て、王子は少し目をそらして話始めた。


「アトミラート王国は、この世界の地図などで調べても、どこにも見つける事は出来ない。なぜなら、それは、この人間界には存在していない国なのだ。」


そこで、敦が小さく手をあげて言った。


「この世界にないって、つまり…いわゆる異世界って事ですか?」


「そうだな。そう言うのが正しいんだと思う。」


王子は言った。


「その異世界に存在する国で生きている私は、ある目的があって、こちらの世界に来た。その目的は、私の婚約者の捜索だ。」


春香は思わず王子の目を見た。王子は優しく春香の目を見返した。そして、敦はそんな二人の様子を見つめていた…。王子は続けた。


「婚約者の名は、フェミーナという。フェミーナは、幼い頃から一緒に成長してきた兄妹きょうだいのような存在だった。でも、いつしか私は、一人の女性として

愛するようになった。年はまだ13歳だが、私達の国では12歳になれば結婚する事ができる。私の方からプロポーズし、フェミーナも受け入れてくれた。

そして私達は、婚約した。」


春香は黙ったまま話を聞いていた。体が石のように固まったまま動かない。


(こめかみが、ズキズキする。王子様に、婚約者が!?しかも、私と同い年なんて…。)


王子は、話を続けた。


「しかし、一年前のある日、突然フェミーナが目を覚まさなくなった。何かの病気ではないかと、高名な医者に診てもらったが、原因不明のまま…。私はひたすらこの一年、彼女を見守り続けた。そんなある日、私は、彼女が幻である事に気が付いたのだ。そこに、実体がいないことに。」


敦は、そこで小さく手をあげて言った。


「ちょっと、よくわからないんですけど…実体がいないって事は、いるのに存在してないって事ですか?」


「あぁ。見えるのだが、さわれないと言ったらいいのかな…。」


「つまり、ホログラム、みたいな?」


「ほろぐらむ…?」


王子が、そこで首をかしげた。敦は、慌てて言った。


「あ、いいです。すみません、話の途中で。なんとなくわかりました。続けてください。」


王子は、話を続けた。


「アトミラート王国は、決して大きい国ではない。もしフェミーナのが他の場所にあるのだとしても、国内だとすれば、私に知られずにいるのは難しい。

また他国に渡るにしても、渡航記録が残るはず…。となれば、考えられる可能性は、異世界に渡っているという事。私は、その可能性にかけてこちらに来たのだ。」


そこで、春香が口を開いた。


「…それで、フェミーナさんは見つかったんですか?」


王子は、少しの沈黙の後、言った。


「…まだ、見つかってはいない。」


「そう、ですか。」


春香は小さな声で言った。王子は、さらに続けた。


「もう少しこちらに滞在したいのだが、先日迎えの者がやってきた。我が国で、トラブルが起きてしまったようだ。残念だが、一度国に戻らねばならない。…本当に残念だが。」


そこで、王子の話はいったん途切れた。ずっと黙っていたまるみが言った。


「いつ、お戻りになるのですか?」


「…明朝だ。」


そう言うと、王子は笑顔で三人の顔を見渡した。


「ところで、この話、すべて信じてもらえたのだろうか?どうだ、敦?」


敦は、王子を軽くにらむようにして言った。


「信じられませんけど…信じますよ。一緒にいた時間は短いですけど、…ロメリア

さんがこんな手の込んだ嘘をつく人には、思えませんから。」


「そうか。ありがとう。春香は、どうだ?」


「私、ですか?」


王子は、まっすぐに春香の事を見ている。

春香は、ゆっくりとかみしめるように答えた。


「私も、信じます。正直、異世界なんて、ゲームやアニメの中の話にしか思えないですけど…。でも、王子様との図書室での出会いを思い返しても…あれは、やっぱり、普通じゃなかったですし。」


「図書室での出会い、か。あの日、あの時、私はこちらの世界にやってきたんだ。

春香があそこにいてくれて、本当にうれしかった。何だかずいぶん前の事のように思えるな…。」


そう言って、王子は少し黙った。

王子との別れの時が、ひたひたと近づいていた。














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