第26話 体育祭と王子と幼なじみと 

「春香さん?何してるんですか?」


時刻は朝6時。春香が部屋にいないのに気が付いたまるみが、下に降りてきたのだ。台所では、春香が一人料理をしていた。


「うん…。体育祭のお弁当作ってて。ほら、今日、王子様もあっちゃんも来てくれるっていうから。」


台所には、おびただしい数のいびつなおにぎりと卵焼き、タコの形(らしき)ウインナー、ミートボールにゆでたブロッコリー、ミニトマトなどがひしめき合っていた。


「これ、全部春香さんが用意されたんですか?」


「失敗作も多いんだけどね…。おにぎりは、具を入れ忘れたのもあるし、卵焼きは、ちょっと砂糖入れ過ぎで焦げ気味だし。」


春香は、最後の卵焼きを焼いているところらしく、まるみに緊張感の漂う背中を向けたまま答えた。まるみは言った。


「春香さん、手はもう大丈夫なのですか?」


「うん!だいじょうぶ。あっちゃんが大げさに包帯巻いたからびっくりしちゃったよね?ほら、見て!」


春香はそう言うと、大き目の四角い絆創膏を貼った左手をひらひらして見せた。


「それなら、よかったです。無理はしないで下さいね。私もお手伝いします!」


まるみはそう言うと、エプロンをしめて春香の隣に立った。


(春香さんは、誰にこのお弁当を食べて欲しいのでしょう…。)


______________________________________


清音学園の校庭は、お屋敷跡だけあってとても広く、全校生徒と保護者が入っても

十分な余裕があった。天気は快晴!生徒達は入場門に整列し、保護者がカメラやスマホなどを手に校庭を囲んで、体育祭が始まるのを待ちかまえていた。その中にまぎれて、王子と敦が最前列に並んで立っていた。


「体育祭日和びよりですね。王子…様。」


敦は、遠慮がちに王子に話しかけた。昨日の夜から、王子と敦はほとんど口を聞いていない。一緒に夕飯を作った時、必要最低限の会話を交わしたきりだった。


「あぁ…。」


王子は、敦の顔を見ずに答えた。王子の頭の中には、まだ、昨夜の敦と春香の姿がこびりついて離れなかった…。


「春香!」


王子は入場門に春香の姿を見つけると、大きく手を振った。春香は、白い半そでTシャツに水色の半パン、髪は高くポニーテールに結い上げ、赤のハチマキを額に巻いていた。春香は王子に気づくと、胸のあたりで小さく手を振り、まわりの女子に冷やかされているようだった。


「王子様、春香が困ってますよ。」


敦は、王子の手をとって下げさせた。王子は黙ってそれに従った。そして、春香のまわりに目を走らせた。


(これだけ人が多ければ、凶暴な生き物を放つような事はしないと思うが…。逆にこの人ごみに紛れてフェミーナを狙う事も考えられる。)


王子が鋭い目で春香のまわりを見ている横で、敦も春香を不安げに見つめていた。


(昨日…思わず春香を抱きしめてしまってから、なんとなく気まずい。でも、そんな事言っていられない。また、何者かに襲われるかもしれないんだ。)


二人の男は、体育祭で沸き立つ空気の中、難しい顔をして春香を見守っていた。

二人の思いは、同じだった。


(春香を絶対に守る!)

(フェミーナを絶対に守る!)


・・・§§§・・・


体育祭は順調に始まり、あちこちから歓声があがって…学園内は学生たちの汗と熱気に包まれていた。次の種目は、クラス対抗全員リレー。今バトンを持って走っているのは、まるみだった。全速力で走っているというよりは、トラックをジョギングしているようにもみえた。


「まるみさん、運動苦手なんですかね?なんでも出来そうなのに…。」


敦は思わず王子に話しかけた。


「…。」


(マーシャは本来、足が速いはず。あえて力をおさえているのだな…。)


王子は、まるみから春香に目を移した。春香は、王子と敦の目の前で屈伸運動をしている。


(今のところ、あやしい気配は感じられないな…。)


まるみのバトンは、この後、半周先にいる畑中に渡り、その次が春香の番だ。


「よし、俺に任せろ!」


大声を出してバトンを受け取った畑中が、腕を大きく振り走り出した。春香はトラックに出て、畑中からのバトンを待っている。春香は少し緊張した面持ちで、両手を組み合わせている。


「…春香は、走るの結構速かった気がします。」


敦は、また王子に話しかけた。さっきは無反応だった王子だが、今度は敦の顔を正面から見て答えた。


「知っている。」


いつもと違う挑むような表情に、敦も押されまいと王子を見返した。

すると、目の前で大きな歓声があがった。畑中が一人抜いてトップを走り、すごいスピードで春香に向かって走ってきているのだ!


「俺の気持ちを受け取れー!」


畑中が、春香へバトンを手渡した。春香は唇をきゅっと結ぶんでバトンを受け取ると、少し体を前にたおして、風のような速さで走り出した。王子は、その姿をじっと見つめていた…。





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