第21話 あっちゃんの気持ち

敦はまるみから鞄を受け取ると、王子の方は見ずに足早に春香の家を後にした。

まだ、心臓が大きく脈打っている。


(春香が、王子の婚約者?アトミ…なんたら王国?そんな国聞いた事ないし。)


敦は自分の家に入ると、乱暴に鞄を床に置いてソファに身を投げ出し、テレビをつけた。テレビでは最近よく見かけるお笑い芸人がコントをしていたが、何も頭に入ってこなかったので、すぐに消した。


(大体、婚約ってなんだよ?春香は、まだ中2だぞ!結婚なんて…早すぎるだろ!)


敦はスマホを取り出すと、春香の連絡先を画面に出し、電話をかけようとした。


(ちょっと待てよ。電話かけてどうするんだ?『王子と婚約してるのか?』って聞くのか?それで、もし『うん。』って言われたら?)


敦は、とりあえずスマホをそのままローテーブルに置き、立ち上がると、冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注いだ。


(落ち着け、俺。機会を見て、それとなく春香に聞いてみればいい。電話だと、聞き間違いがおきる可能性もあるしな。)


敦はキッチンで立ったまま、牛乳を一気にのどに流し込んだ。


ゴクッ ゴクッ ゴクッ


敦の喉ぼとけが激しく上下する。その時、突然スマホ画面が明るくなり、テーブルをガタガタと鳴らした。急いでスマホを覗き込むと、『はるか』と表示されていた。

敦は、スマホをわしづかみにすると、素早く電話に出た。


「もしもし、あっちゃん?」


春香の声がスマホ越しに聞こえる。何だかその声を聞くだけで、敦の心臓は、また暴れ始めていた。


(俺の心臓は、どうしちゃったんだよ!)


「…はるか?どうした?」


「うん。なんでもないんだけど、ちょっと落ち着かなくて…。」


春香の頼りない声を聞いて、敦は心臓をぎゅっと絞られるような気がした。


(今すぐ、そばに行ってやりたい。)


そう、思っていた。しかし、敦の口から出た言葉はそっけなかった。


「そんな事で電話してきたのか?お腹空いてるんじゃないの?ハンバーグ、ちゃんと食べただろ。」


敦は、わしわしゃと自分の頭を左手でかき回した。


「お腹空いてないよ!ただ、なんだろ。きよえさんがいないし、寂しいのかな?

ホームシック?じゃ、ちょっと違うか。」


「違うな。…いつもと違う生活に、少し疲れてるんじゃないか?」


敦は、スマホから顔をそむけて、一つ大きく深呼吸した。


(変な事口走らないように落ち着かねぇと!)


春香は、そのまま続けた。


「うん…そうかも。ねぇ、あっちゃん。一つ聞いてもいい?」


「ああ。何だ?」


「あっちゃんは、誰かの事ばっかり考えて、嬉しくなったり苦しくなったりした事ってある?」


「え…。」


(これって、俺の事か?それとも、春香自身の事か?なんて答えるのが正解なんだ…?)


敦は、頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言えば分からなかった。


「あっちゃん?聞いてる?」


「あぁ、聞いてるよ!…はるか、それって、お前が今ってこと?」


電話からは何も聞こえない。沈黙の向こうから、春香が迷っているような空気が流れていた。敦は自分の心臓がうるさくて、スマホを持つ手が小さく震えるのを感じた。


「やっぱ答えなくていいや!」


敦は長いが耐えられず、この話を打ち切った。


「はるか、もう遅いし、何か食べて早く寝な!」


敦が投げ出すように言うと、春香が大きな声で言った。


「だから、お腹空いてないから!」


春香は、少し笑っていた。そして、続けて言った。


「あっちゃんの声聞いたら、ちょっと元気出た。そろそろ寝るね。ありがと。

おやすみ、あっちゃん。」


「おやすみ、はるか。」


(『大好きだよ。』)


思わず、そう付け足すところだった。敦は、やっとはっきりと自覚していた。


(俺は…春香の事が好きなんだ。)


敦は、電話の切れたスマホの画面をいつまでも見つめていた…。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る