第20話 はじめてのデート④
春香は王子を見つけると、小走りに駆け寄った。
「王子様、お待たせしました!」
王子は春香を見るなり言った。
「春香!すぐに帰るぞ。」
「え?」
春香がきょとんとしていると、王子は手元にあった紙袋から黒いキャップを取り出し、春香の頭にかぶせた。
「えと、これは王子様のですよ?」
「いいから、今はかぶっていなさい。」
そう言うと、王子は春香の手を引いて速足で下りのエスカレーターの方へ向かった。
(もしまだセバスが近くで見張っていたら…。フェミーナを見られないうちに家に戻らなくては!)
王子は何も言わないまま、ただぐいぐいと春香の手をひいて帰り道を急いだ。
春香は思った。
(一体、どうしたんだろう。やけに回りを気にしているようにも見えるし…。
私と一緒にいるのが、恥ずかしくなったのかな。)
その考えに春香は心が冷たくなり、キャップを目深に被りなおした…。
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「二人で出かけるなんて、どういう事だよ!」
王子と春香が家に帰ると、敦が玄関で仁王立ちして待ちかまえていた。
「それが、まるみちゃんも用事が出来ちゃって…。」
春香が言い訳していると、王子が春香の頭からキャップの頭に少し乱暴にかぶせた。
「敦、春香がびっくりしている。二人で買い物をしていただけだ。」
「びっくりしたのは、俺の方だぞ。二人でショッピングなんて、デ、デートみたいじゃないか!」
王子は敦の声を背ににさっさと家の中に入り、敦は文句を言いながらそれについて行った。春香は何だか気が抜けて、ゆっくりとスニーカーを脱いだ。
(途中までは、すごく楽しかったのに…王子はなんであんなに急いで帰りたがったんだろう。やっぱり私と一緒のところ、他の人に見られたくなかったのかな。)
春香が少し遅れて家に入ると、おいしそうな匂いが台所から流れてきた。先に帰宅していたまるみが、夕飯を作っているのだ。春香は台所に直行して、まるみの
背後から料理を覗き込んだ。楕円形に丸められた4つのハンバーグが、フライパンの上でジュージューと音をたてている。
「まるみちゃん、今日の夕飯はハンバーグ?私、大好きなんだ!」
「それは、よかったです。今日は、一緒に行けなくてすみませんでした。無事に買い物は出来ましたか?」
「うん。王子様、どれ着てもよく似合ってたよ。ちゃんと買えたから安心して!」
春香は、まるみに向かって笑顔で答えた。
「そうですか。でも、何だか春香さん…」
まるみは、元気のない春香の様子が気になったが、無理やり笑っている春香を見て、口をつぐんだ。
「…春香さん、手を洗ったら盛り付けを手伝って頂けますか?」
「もちろんですとも!」
春香はからからと明るく言い、洗面所に向かった。
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ちゃぽんっっ
春香はたっぷりお湯のはった湯舟に体を
(何だか、目まぐるしい一日だったな。こうしてお風呂に入っていると、体が少しづつほどけていく気がする。)
春香は両手でお湯をすくうと、その中にゆっくりと自分の顔をひたした。お気に入りのカモミールの香りのバスソルトを入れたおかげで、優しい香りが疲れた心をじんわりと包み込んでいく。
(王子様と二人でいると、うれしくなったり、悲しくなったり。心が忙しくて、何だか大変だな…。)
春香は、手から顔をあげ大きく息をはいた。
(私、一体どうしちゃったんだろう。気が付くと、王子様の事ばかり考えてる…。)
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先に入浴を済ませた王子は、首元にタオルをかけ、髪の毛の毛先を少し濡らした
まま、小さな庭に出て夜空を見上げていた。
(セバスは、春香の…フェミーナの存在に気付いているのだろうか。セバスの目的は、本当に私だけなのだろうか。)
王子は、ふと背後に人の気配を感じた。
「…マーシャか。」
そこには、赤いジャージを着たまるみが立っていた。
「王子様、お時間少しよろしいでしょうか。」
王子は、まるみに背を向けたまま答えた。
「…春香は、今何をしている。」
「入浴中です。少しの間、お話できるかと。」
「そうか。」
まるみは、王子の背中に歩み寄ると口を開いた。
「今日急に同行出来なくなったのは、アトミラート王国の者と会っていたからなのです。」
「それは、誰だ?…と聞いても答えないのだろうな。」
「はい…それは答えられません。でも、その者たちから聞きました。王室では、王子の失踪が大問題になっていると。ショックで王妃様が倒れられたとの事です。」
王子は、まるみの方を振り返った。
「母上が?母上は無事なのか?」
「命に別状はないと聞いております。そして、もう一つお伝えしたいのが…」
王子はそこで手を挙げて、まるみの言葉を遮った。
「あちらとこちらの世界の間にひずみが出来ている。という話か?」
まるみは驚いたように、王子の顔を見た。
「はい。ご存じでしたか。」
「あぁ…。だから、早くあちらの世界に戻れと言うのだな。」
「はい、その通りです。大きな問題が起きないうちに。春香さんのためにも。」
王子は、まるみを見据えた。そして、はっきりとした口調で言った。
「春香は、私の婚約者だ。アトミラート王国、ロメリア王子の正式な婚約者なのだ。このまま何もわからぬまま、一人で戻る事はできない。」
「…。」
まるみは、王子の気迫に何も言い返す事ができなかった…。
ガタッ
物音がして、王子とまるみは同時に振り返った。
そこにいたのは、敦だった。
「敦さん、どうしました?」
まるみが、敦に話しかけた。
「いや、鞄を忘れちゃって。宿題が出来ないから、取りに入りたいんだけど鍵がかかっててさ。人の声がしたから庭にまわってみたんだ。」
「鞄、すぐに取ってきます。」
まるみはそう言うと、家の中に小走りで入っていった。
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