第18話 はじめてのデート② 

タピオカミルクティーを飲み終えた春香と王子は、店の外に出た。春香は言った。


「王子様、少しは休まりましたか?」


(…フェミーナは、記憶を失っているだけではなかったのか。私とフェミーナの思い出は全部、敦と春香の思い出に塗り替えられているというのか?)


王子は、春香から少し目をそらして答えた。


「…大丈夫だ。甘いものを飲んだから、元気が出たようだ。」


「そうですか?よかったです。」


(なんだろう?あまり、元気になったようには見えないけど。気のせいかな?)


王子の横顔は、少し青ざめていた。王子は言った。


「…春香は、きよえさんと二人暮らしのようだが、ご両親はいないのか?」


「両親は、私が小さい頃に事故で亡くなったそうです。あ、でも気にしないで下さいね。私、全然両親の事、覚えてないんです。だから悲しいかって聞かれると、正直

わからないんです。きよえさんとあっちゃんが、いつもそばにいてくれるので…。」


「…亡くなった?」


王子は難しい顔をして、自分の顎のあたりを軽く抑えた。


「はい。ただ…なんとなく、生きているような気がするといいますか。あ、亡くなってるそうなんですけど、あまり実感がないんです。写真も見た事ないですし…。

私、変ですよね?」


「いや…。どこかで、生きているのかもしれないな。」


「はい。そんな風に言ってくれたの、王子様が初めてです。

ありがとうございます!」


「…。」


(両親はアトミラート王国で生きている。フェミーナに嘘をついてまで、この世界に彼女を隠しているのか…。)


「王子様、私、ちょっとトイ…お、お化粧室に行ってきます。」


春香が言った。


「わかった。では、このあたりで待っているぞ。」


そこにはくまのオブジェと、それと寄り添うように、王子よりも背の高いレトロな風合いの時計が置かれていた。いつもは待ち合わせなどに使われているようだが、午後4時10分と中途半端な時間のせいか、他に人はいなかった。その時だった。


「ロメリア王子。やっとお会いできました。」


王子の背後から声が聞こえた。振り返ると、そこにいたのは、アトミラート王国の

王子付き側近であるセバスだった。王子は言った。


「セバス!?なぜ、お前がここに…。」


黒くて長い髪を背中にたらした、背の高いすらっとした20歳くらいの男は、

上から下まで真っ黒な衣服に身を包み、可愛らしいくまの近くにいるには似つかわしくない空気を放っていた。


「それは私がお聞きしたいです、ロメリア王子。

まさかとは思いましたが、人間界にいらっしゃたのですね。

王室の者たちが国中を捜索しておりましたが見つからず、私が極秘でこちらまで探しに参りました。一体、こちらで何をしておいでですか?王様も王妃様も大変心配しております。まだ王子失踪の情報は王室内に留めておりますが、おおやけになるのも時間の問題です。そうなる前に、早くお戻り下さい!!」


セバスは、王子が幼い頃から指南役として側に仕えていた。王子に勉強や剣術を教え、何か悩みがあると、いつも相談に乗ってくれていた。王子にとっては、少し年の離れた兄のような存在だ。


「セバス。心配をかけてすまなかった。本当はこちらに来る前に、お前に相談しようか迷っていたんだが、実は…」


久しぶりに会えた兄同然のセバスに、王子はすべてを打ち明け、これからの事を相談したいと思った。しかしその時、セバスのうしろに伸びだ影の中に、何かうごめく奇妙な物の存在を感じた。


(あれは何だ?あの影の中に見えるものは一体…。)


「実は、どうしたのですか?ロメリア王子。理由をお聞かせ下さい。」


セバスはそう言うと、一歩王子の方に歩みを進めた。王子はどう答えるか迷い始めた。


(いつものセバスじゃない…。セバスの影に誰かひそんでいるのか?セバスの表情も、何だかおかしい。私を心配してきたというだけではない、もっと切迫したものを感じる。)


「実は……以前から、こちらの世界に興味があってな。社会勉強だ!」


王子は、簡単に答えた。セバスは、少し考えるような表情をしながら言った。


「誰にもいわず、たった一人で社会勉強ですか…?王子様は、どうやってこちらの世界に渡ってきたのですか?もしや今、アトミラート王国に代々だいだい伝わるサファイアをお持ちではないですか?王妃様より、そのサファイアが紛失ふんしつしていると、内々にお聞きしたのです。」


セバスは一息に続けた。


「あのサファイアには色々な力が宿っていると聞き及んでいます。その力の一つに、世界を渡る事が出来るという言い伝えがございます。本来、世界を渡るにはガーディアンの術が必要なはず。しかし、王子に手を貸したというガーディアンは現在見つかっておりません。

であれば、考えられる可能性はあと一つ。あのサファイアを使って王子が、ご自分の意思で渡られたという事になる。ただし言い伝えによると、それもまた“ガーディアンのいる場所”にしか渡ることができない、と。つまりロメリア王子は、こちらの世界にいるガーディアンの存在があって、渡ってきた…。そのガーディアンは誰ですか?王室の許可なく、ロメリア王子をこちらに手引きした罪を問わなければなりません。」


(ガーディアンの存在が必要?それは、知らなかった。だから、ガーディアンの娘であるフェミーナ…春香の所に渡る事ができたのか!)


「…ガーディアン?私には何の事かわからないな。サファイアを持って、こちらの

世界に来たいと強く願ったら、もうこの世界に来ていたんだ。」


「そうですか。言い伝えはあくまで言い伝えという事でしょうか…。こちらの世界に来た時に、本当に誰にも会いませんでしたか?」


「会っていない。」


「…わかりました。もしかしたら、そのせいかもしれませんね。」


セバスは深い溜息をついた。


「何がだ?」


王子はセバスの影を警戒しながら聞いた。


「私達の世界とこちらの世界に、小さいですがが出来てしまったのです。そのため、磁場が不安定な状態になっているようです。ロメリア王子が強引な

やり方でこちらに渡ったせいで起きた事かもしれないですね…。」


「何が問題なんだ?」


「今はまだ、わかりません。ですが、ひずみに気付いた者が、こちらの世界に勝手に侵入したり、またその逆も起こりかねません。一刻も早くこの状況を正さねば!そのためには、王子がアトミラート王国に戻らねばなりません。そうすれば、このひずみも元に戻るでしょう。私と一緒に国に戻りましょう。

社会勉強はここまでにして下さい。フェミーナ様もあちらでお待ちです。」


セバスの表情は固く、冷たい目で王子を見据えていた。


(何かがおかしい。セバスはもともと厳しいが、それだけではない。こんな風に私が無茶をした時には、必ず理由があるはずと、まずは私の話を聞いてくれるのだが…。)

















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