第17話 はじめてのデート
ここは、春香たちの住む町からバスで30分程で行く事の出来るファッションビル。
そう大きくはないけれど、ファストファッションのお店や可愛い雑貨店、おいしい
レストランにカフェなど、ここに来れば一通りの物をそろえる事が出来る。
そして今、そのビルのエントランスに王子と春香は二人きりで立ち尽くしていた。
(どうして、こんなことに…。)
緊張した春香の心臓は、さっきから“ドン・ドン・ドン”と打ち続けている。
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午後1時。春香・王子・まるみの3人で家を出た直後(敦は登校日のため、学校帰りに直接合流する事になった)、まるみのスマートフォンに電話がかかって来た。まるみは、スマホの画面を見ると、ちらっと春香の顔を見て言った。
「春香さん、すみません。電話に出てきてもいいですか?」
「もちろんだよ。ゆっくりかけてきて!」
「ありがとうございます。」
まるみは、玄関から少し離れた電信柱のあたりで小声で話している。
しばらくすると、深刻そうな表情で戻って来た。
「春香さん、すみません。突然なんですが、その…保護者の方たちがこちらに来ているようで、会いに行かなくてはならなくなりました。」
「そっか…。残念だけど、仕方ないよ。あっちゃんも合流する事になってるし、
大丈夫。せっかくだから行ってきて!」
「はい…。」
まるみは心残りのようだったが、とりあえず二人で向かう事になり、春香と王子は
バスに乗り込んだ。ファッションビルに到着し、中に入ろうとした時だった。今度は春香のスマホが鳴った。敦からだ。
「あっちゃん?どうしたの?」
『春香!ごめん。俺、すっかり忘れてて。今日、そっちに行けない。』
「え?あっちゃん来られないの?なんで?!」
『今日、普通の授業だけじゃなくて、午後、学力テストがあるの忘れてたんだ。』
「そうなんだ…。」
敦の学校はちょっとした進学校で、学力テストがたびたび行われる。
(学力テストじゃ、無理に来てもらうわけにはいかないな。)
春香が言葉に詰まっているのに気づき、敦が言葉を重ねた。
『春香、どうした?まるみさんも一緒なんだよな?困ってるんなら学力テストはさぼってそっちに行こうか?』
そんな春香を見て、王子が横からスマホをひょいと取り上げた。
「敦か?心配ない。また、夕飯の時に。」
それだけ言うと、王子は勝手に電話を切ってしまった。
「あ…。」
「春香がいれば問題ない。」
王子はそう言うとにっこり笑った。
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…という訳で、王子と春香、二人きりの“お買い物デート”となったのだ。
春香は、心臓の音が静まらないままだ。
(これじゃあ、まるでデートみたいじゃない!!)
「春香。」
(あっちゃんも、まるみちゃんも急に来られなくなるなんて、どういう事よ~。)
「春香!」
王子が、突然春香の肩を抱いて言った。
「春香!こんな所で立っていたら危ないぞ。今、そこの男にぶつかりそうだったぞ。」
王子は回りの様子を確認してから、そっと春香の肩から手を放した。春香は顔が熱くなってしまい、王子の顔が見れなくて、自分の足のつま先を見ながら言った。
「あがとうございます。ごめんなさい。私、少し緊張してしまって…。」
「そうか…。私は春香と二人でいると、すごく楽しいんだけどな。」
「私も!私も、楽しいんです。」
「そうか?じゃあ、よかった。で、どっちに行けばいい?」
「はい!こちらです。人が多いのでぶつからないように気を付けて…。」
春香はそう言いかけて、はっとして王子の顔を見た。
「人とぶつかりそうなのは、春香の方だ。」
王子は我慢できないといった顔でおかしそうに笑った。春香もつられて一緒に笑った。
「仕方ない、子供じみているが手をつないでやろう。」
王子はそう言うと、春香の手をさっと握った。春香は、つながれた手にも心臓があるみたいで、ドキドキが止まらなかった。
手持ちのお金はあまりないので(お金は敦が夕食代を突っ込んでいる貯金箱からもってきた)、ファストファッションのお店を巡り、シンプルなパンツやTシャツなどを買い揃えた。どれを着ても似合う王子に、春香はキャッキャとはしゃいだ。店員さんに、
「すてきな彼氏ですね。」
と言われて、何だか心がくすぐったかった。本当は違うってわかってはいたけれど。ジーンズにオリーブ色のTシャツ、白いスニーカーをはいた王子は、もうすっかり街に溶け込んでいた。
「ふぅ…。」
王子が、軽い溜息をついた。
「王子様、少し疲れましたか?」
春香は声をかけた。王子は大きな紙袋二つを一度床におくと、大きく伸びをした。
「そうだな…。こんなに人が集まっている所にいた事がないんだ。」
「そうでしたか。じゃあ、少し休みましょうか?」
「あぁ。」
二人は、ビル内にタピオカドリンク専門店を見つけ、中に入った。春香は、近くのテーブルを指さして言った。
「王子様、ここに座って待っていて下さいね。」
「わかった。」
可愛いらしい白の丸テーブルに、ピンクや水色のクッションが置かれた椅子が並んでいる。王子は水色のクッションにそっと腰かけた。
しばらくすると、春香がドリンクを二つ持って戻って来た。
「王子!お待たせしました。」
「…春香、これはなんだ?」
「これは、タピオカミルクティーです。…飲んだ事ないですか?」
「タピオカ…。」
「はい。この黒い丸いのがタピオカです。」
王子はコップを目線よりも上に持ち上げて、じっと黒い
「大丈夫です。これ、美味しいんです。飲み込まないで、噛んでくださいね。」
「なるほど…。」
春香は、真面目な顔でタピオカを見つめる王子の様子が可愛らしくて、ついつい見つめてしまった。そんな春香に気が付いて、王子は春香の顔を見て笑った。その笑顔を見ていると、また心臓が騒ぎ出しそうだったので、春香は急いでタピオカドリンクに口をつけた。王子もドリンクのストローに口をつけ、ぞぞっとタピオカを口に入れた。春香は聞いた。
「どうですか?」
「ん…美味しいな。うん、なかなか美味しい。」
王子はそういうと再度口をつけ、うれしそうに飲み始めた。
そして、二人ともあっという間にタピオカミルクティーを飲み終えていた。
「何だか、のど、乾いていましたよね…。」
春香は、一気飲みしてしまったのが恥ずかしくて、言い訳するみたいに言った。
「あぁ。それにしても、おいしかった。ミルクティーは知っていたが、タピオカは、初めて食べたな。」
王子はにこにこして言った。そして、思い出したように言った。
「ちょっと、聞いてみたかったんだが…。敦とは、いつからの知り合いなんだ?ずいぶん親しいようにみえるが。」
「あっちゃんと私ですか?ええと…小さい頃からです。物心ついた時から隣に住んでいて、いつも一緒に遊んでいたんです。今も、時間のある時はあっちゃんがうちに遊びに来てくれます。」
「そんなに昔からの付き合いなのか…。」
「はい!子供の頃は、遊びの続きがしたくて…あっちゃんが夜、こっそり私の部屋に来てくれて、夜通し遊んだ事もあるんですよ。」
「夜、春香の部屋に…。」
「そうなんです。」
(それは、私とフェミーナの思い出…。私たちの思い出が、塗り替えられているというのか?)
べこっ
気が付くと、王子はドリンクの入っていた透明のプラスチックカップを強く握りしめていた…。
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