第16話 突然の同居生活!⑥

「あ、王子!本当に一人で食器洗えますか?」


春香は、学校に行く準備をしながら王子に声をかける。


「ああ!任せておけ!作る方はいまいちだったが…。」


王子はそう言って、黒焦げの野菜と卵の残骸ざんがいをチラリと横目で見やった。王子が作った、卵と野菜の炒め物(焦げた所をとって、何とかまるみと

一緒に食べた。)の残りが三角コーナーに捨てられているのだ…。


「何かを洗うのは、得意な事はわかったからな!」


昨夜のお風呂掃除に続き、王子は、朝食後の食器洗いを担当する事になったのだ。


「はい!では、よろしくお願いします。」


少ししょげた王子が可愛らしくて、春香は思わず笑顔になるのをとめられなかった。


「春香、あまり笑うな。」


王子がぷいっと背中を向けた。すると、支度を早々はやばやと終えたまるみが

言った。


「春香さん。夕飯作りは春香さんにお願いしてもいいですか?」


「まるみちゃん…いいけど、また焦げをとりながら食べる事になるよ。」


「学校から戻ったら、一緒にスーパーに行きましょう。私も手伝いますから。」


「ご指導、お願い致します。」


春香は深々とまるみにお辞儀した。


「春香、まるみ、まだ行かなくて間に合うのか?」


王子が二人に声をかける。


「あ、もう出ないと。です。」


「王子様、お昼ご飯は机の上にあるお弁当を召し上がって下さいね。」


まるみは朝の慌ただしい時間の中で、王子の昼食も用意していたのだ。


「わかった。私もこつさえつかめば自分で作れるようになると思うのだが…。」


王子は、不服そうに台所に戻って行った。


「「行ってきまーす!!」」


春香とまるみはその様子を見て、必死に笑いをこらえながら家を出た。

二人が玄関を出ると、すぐに敦の姿があった。


「おはよう!」


敦は挨拶すると、当たり前のように春香の横を歩き始めた。敦は少し遠い中学校に通っているので、普段は登校時に一緒になる事はないのだが…。春香は、少し小首をかしげながら言った。


「…おはよ。今日は学校、ゆっくりでいいんだね?」


「まぁ、そんな日もあるさ。でさ…昨日は、何も問題なかったか?」


敦は、春香の横顔をチラチラ見ながら聞いた。


「何も?ないよ?あ、でも…」


「何だ?」


「王子様が…」


「王子が、なんだ?」


敦があまりにも前のめりに聞いてくるので、春香は思わず立ち止まった。


「あっちゃん、なんか怖いよ。」


「怖いのは俺の方だよ。」


敦がとんちんかんな事を言うので、春香はちょっとむっとした表情になった。

そこにまるみが口をはさんだ。


「何もあるわけないじゃないですか、敦さん。ただ、王子様がお風呂掃除を春香さんと1時間もかけてしていたというだけの事です。」


「1時間も?二人きりで?まさか…」


敦は、つばを飲み込んで春香の方を見た。春香は言った。


「…何?」


「裸でか?」


「そんなわけないでしょ!」


春香は敦の胸をどつくと、小走りで先に行ってしまった。その様子を見て、まるみが笑いをこらえながら言った。


「敦さんって、案外…おばかさんなんですね。」


「な!ばかを丁寧に言ったって、悪口にかわりないからな!」


まるみは、笑いながら春香を追って学校に向かった。

春香と王子の様子を探るために、適当な理由をつけて遅刻届を出した敦は、結局一人取り残された…。


「何やってんだ、俺は。」


敦は、右手でわしゃわしゃと自分の頭をかき回した。


______________________________________



今日の夕食は、春香の提案で洋食が並んだ。


「なんとなく、王子様には洋食の方が似合う気がするんだよね!」


メニューは、まるみが考えた。春香でも失敗しないで作れそうな洋食という事で、クリームシチューという線で落ち着いた。


「シチューなら、野菜とお肉を切って煮込んで、市販のルウと牛乳を入れれば出来ますから、失敗のしようがありません!」


まるみは、スーパーで買い物かごを乗せたカートを押しながら、力強く言いきった。その結果、野菜は不揃いで硬め、とろーりというよりはびしゃびしゃではあるが、

食べられるシチューが完成した。


「結構、うまいぞ!」


当たり前のように春香の家に帰宅した敦が、うれしそうにシチューを食べている。

王子も、


「おいしいぞ春香。特にこのサラダは絶品だな。」


と上品にトマトを口に入れた。


「…サラダはまるみちゃんが作りました。」


春香は小さい声で言いながら、シチューを口元に運んだ。すると、敦が王子の方を向いて言った。


「そういえば、王子はしばらくここに住むんですよね?それとも、…そろそろ記憶

戻りました?」


王子は一瞬だけまるみの方に目をやったように見えた。春香は、その目線に何だか

ドキっとした。王子は言った。


「いや、まだ何も思い出せないんだ。」


「そうですか…。いや、まぁいいんですけど。王子、俺のジャージをずっと着ているじゃないですか。そろそろ体育の授業もあるんで回収したいなと思ってるんです。

でも、王子のコスチュームじゃあ、さすがに目立ちすぎるし。まだハロウイーンには早すぎますしね…。」


敦は、シチューの最後の一さじを綺麗に飲み干しながら言った。


「春香、お代わりある?」


「もちろん!」


春香は、うれしそうに敦のシチュー皿を受け取り、台所に向かった。

すると、まるみが言った。


「買い物に行きましょうか?明日は土曜日で学校が休みですし。春香さんは何か予定がありますか?」


「ないよ!ないない!買い物行きたい!」


春香は山盛りにしたシチュー皿を持ったまま、興奮して振り返った。


「あちっ!」


熱いシチューが春香の手にかかった。それを見て、敦がすぐに立ち上がった。


「何やってんだよ!」


敦は台所に行くと、春香から皿を取り上げてテーブルに置いた

そして春香の腕をつかむと、流しの蛇口をひねって、やけどした所を水で冷やし始めた。


「あっちゃん、大げさだよ…。」


「すぐ冷やせば“大げさ”な事にならずにすむの!とにかく冷やしておけ。」


王子も敦と同時に立ち上がっていたが、そんな二人の様子を見ると静かに座り

なおした。まるみは黙ってその様子を見ていたが、再び口を開いた。


「では、明日。春香さんと私と王子様の3人で、王子様の洋服など身の回りの物を買いにいきましょう?春香さん、それでいいですか?」


「うん!」


春香は台所から大きな声で返事をした。


「おう!」


そして、もう一つ敦からも大きな声で返事が…。


「敦も行くのか?」


王子が聞いた。


「男の意見もあった方がいいんじゃないですか?俺も明日、たまたま暇だから

行きますよ。」


ジャージャージャージャー


水の流れる音を聞きながら、まるみは言った。


「敦さん、本当に春香さんが大切みたいですね。」


「……。」


王子は静かに、夕食の続きを口に運んだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る