第15話 突然の同居生活!⑤ 

王子はテーブルにつっぷして眠っている春香の前に座り、その寝顔を見つめていた。


(近くで見ると、間違いようもなく、フェミーナだ。

だが、この“フェミーナ”は私を知らない…。)


王子は、春香の目じりから涙が伝うのを見て、思わず右手の人差し指でそれをぬぐった。春香の涙のぬくもりを感じて、王子の目にも温かいものがにじんだ。


(フェミーナは、確かにここにいる。)


そして、王子は小さな声で呼びかけた。たった一人の大切な人の名前を。


「フェミーナ…。」


すると、春香の目がゆっくり開いた。王子は、息をのんで春香を見つめた。春香は、急に現れた王子のアップに驚いて、姿勢を正した。


「すみません!私、寝ちゃったみたいで…。」


「いや…。」


王子は春香に気づかれないように、そっと自分の目元をぬぐった。春香は、自分の顔を両手でがばっと覆い横を向いた。


(変な顔してなかったかな?はずかしい…。)


春香は、ばくばくと鳴る心臓を押えながら言った。


「あの、みんなはどこに行ったんですか?あっちゃんとまるみちゃんは…。」


王子は、玄関の方をちらっと見ながら言った。


「もう9時になったから帰るようにと、まるみが敦を玄関に引っ張っていった。」


「そうでしたか…。あっちゃん、もう帰っちゃったんだ。」


春香はなかなか鳴りやまない心臓に、ゆっくりと深呼吸した。


(私の心臓、落ち着いて!)


すると、王子が言った。


「…敦がいないと寂しいか?」


「少し寂しいです。でも、家に帰ってもらわなきゃ困ります。…王子様?何か怒ってますか?」


「別に怒ってるわけじゃない。」


王子は、なぜか少し不満そうな顔をしていた…。


玄関のドアが開く音がした。まるみが帰って来たのだ。

まるみは台所でコップに水を汲み、春香の前に差し出しながら言った。


「春香さん、目が覚めましたね。お水飲んで下さい。」


「ありがとう。あっちゃんは、大丈夫だった?」


「大分しぶってましたが、ご自宅がお隣であれば帰って頂くのが普通かと…。最後は、黙ってお帰りになりました。」


(まるみちゃんに言い負かされるあっちゃんが、目に浮かぶ。)


春香は少し笑うと、まるみに言った。


「…私が寝てるのに気が付いたなら、起こしてくれればいいのに。一緒にトランプ

したかったな。」


「そうしようと思ったんですが…」


そこで言葉を切って、まるみがちらっと王子の方を見た。


「王子様と敦さんが口をそろえて、『疲れてるみたいだから、このまま寝かせておこう』と言うものですから。」


「そうだったんだ…。」


(何だか、私一人だけ子供扱いされてるみたいだな。)


春香は、少し片頬を膨らませた。その様子を見て、まるみが少しからかうように言った。


「春香さんは、お姫様みたいですね。二人も気遣ってくれる王子様がいて。私も入れれば、三人ですが…。」


「もう!まるみちゃんまで。お姫様扱いじゃなくて、みんな子供扱いしてるんでしょ!」


王子とまるみは、顔を見合わせて笑った。二人の空気が和やかに見えて、春香はほっとした。すると、まるみがすっくと立ちあがって言った。


「それでは、私がお風呂の用意してきますね!明日も学校がありますから、早く休みましょう。」


春香は、あわててまるみに言った。


「まるみちゃん!ここは私んちだよ。さすがに、それは私が!」


「でも、私はここに泊めて頂くわけですから…。」


「まるみちゃんは、私の友達でしょ!友達の家に泊まりに来て働くなんて聞いた事ないよ。」


今度は春香が立ち上がり、まるみを椅子に座らせた。次に口を開いたのは王子だった。


「わかった。では、私がやろう。」


びっくりしたまるみが、王子を見つめて言った。


「王子様、お風呂掃除…というか掃除をされた事はあるんですか?」


王子は少し間をおいて、きっぱりと言った。


「経験は、ない。だが、やるぞ。春香、やり方を教えて。」


王子はスタスタと腕まくりをしながら、一人でお風呂場に向かった。


「ちょっと待って下さい、王子様!」


春香はあわてて王子の後を追いかけていった。










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