第12話 突然の同居生活!② 

まるみが立ち去った後も、


「やっぱり、俺もここで一緒に暮らす!!」


とごねる敦を必至でなだめ、

[ 敦も毎日夕ご飯は一緒に食べる ]

という条件で、夜には自宅に帰ってもらう事になった。


まるみは宣言通り『すぐに』戻り、春香の部屋の隅に控えめな大きさの荷物を置いた。そして素早く赤いジャージ姿に身を包むと、ピンクと黄色のチェック柄の

エプロンをかけて台所に立った。春香が台所についていくと、まるみが言った。


「春香さん。今日の夕飯の支度は私が担当してもいいですか?ちなみに…

春香さんは、きよえさんが旅行などで不在の時は、食事はどうしているんですか?」


「…いつもは、何かしら買ってきて適当に食べるんだけど。」


春香は、口の中でごにょごにょと答えた。まるみは言った。


「冷蔵庫を開けてもいいですか?」


春香は、こくこくと首を縦に振った。まるみは冷蔵庫を開けて中身を確認すると、

呟くように言った。


「4人分となると、買い出しに行った方がよさそうですね…。」


すると、敦が手を挙げた。


「俺、行って来るよ。何買ってくればいい?」


それを見て、春香も手を挙げた。


「私も一緒に行く!」


まるみは少し微笑み、メモに材料を書きつけると春香に渡して言った。


「では、お二人でお願いします。私はその間にご飯を炊いておきますね。」


まるみは、早くも寮母さんのようなオーラを放っていた…。


春香は、2階の自分の部屋で制服からTシャツとハーフパンツに着替えて、急いで玄関に降りて来た。


「お、来たな。じゃあ、行きますか!」


玄関で待っていた敦は、春香を見るとくしゃっと笑った。


二人が外に出ると、太陽は少し傾き始め、世界はオレンジ色に染まり始めていた。

春香は、敦の隣に並び、一緒に歩き始めた。すると、淳が言った。


「何だかこういうの、いいな。…突然、知らないヤツと一緒に暮らすなんて、俺はまだ納得はしてないけどさ。一緒に買い出しに行ったり、みんなで飯食ったりするのは楽しいよな。」


淡い夕方の空気の中、敦の横顔が嬉しそうだった。春香にも、そんな気持ちが伝染して、心が浮き立った。


「…そうだね。何かの合宿とか、修学旅行みたいだね。」


住宅街の中、二つの影は仲良く後ろに伸びていた…。


______________________________________


一方、二人がでかけた後の家の中は、一瞬にして空気が凍り付いていた。

王子は、台所にいるまるみの後ろ姿に話しかけた。


「マーシャ。」


「はい。ロメリア王子。」


まるみは、素早くエプロンをはずすし王子の方に向き直ると、その場に立膝になってこうべを垂れた。


「久しぶりだな。と言っても、先ほど学園で会ったばかりだったな。…全てをきちんと説明してくれるか。」


「…。」


「お前は、なぜにいる?」


「…。」


「春香は、春香はフェミーナ…だな?」


まるみは、石のように黙ったまま何も答えない。


「マーシャ。フェミーナは、なぜ私のことを覚えていないんだ?

…私だけではなく、私たちの世界の事も覚えていないのか?」


「春香さんは、春香さんです。

フェミーナ様は、アトミラート王国にいらっしゃるはず。ロメリア王子は、なぜ人間界にいらっしゃったのですか?婚約者であるフェミーナ様が目覚められた時、ロメリア王子がお側にいないと…」


王子は、しゃがみこんでいるまるみの肩をつかみ、揺さぶった。


「マーシャ!お前はフェミーナの大切な友人であり、私の友人でもある。お前を傷つけたくはない。しかし、これは国家への反逆罪と取られてもおかしくない。

お前は勝手に一人で人間界に来ることはできないはず…。何者かが協力して、この世界にやってきたはずだ。

なぜだ?誰がこんな事を計画した?何のために?

そもそも、春香がフェミーナでないというならば、フェミーナの友人であるお前こそ、なぜこんな所に来ているのだ?

フェミーナが、アトミラート王国で横たわっているがフェミーナならば、目覚めた時にお前がいなければ悲しむのではないか?」


「ロメリア王子は、なぜこちらの世界…人間界にいらしたのですか?」


王子は、荒くなった息を整え、テーブルに置いてあった麦茶を一気に飲み干し、言った。


「…一年前のあの日。

突然、フェミーナが眠りから覚めなくなったあの日から、私は毎日フェミーナの家に行き、彼女の様子を見守っていた。」


「はい…。」


「しかし、いつも。サーマンド(フェミーナの父)かクラサ(フェミーナの母)がついていて、フェミーナに触れる事ができなかった。」


「はい。」


「ある夜。これは、…許される事ではないとわかっているのだが、どうしてもフェミーナに近づきたいと思った私は、フェミーナの部屋に忍び込んだ。」


「え…!」


まるみは、思わず王子の顔を見上げた。


「夜であれば、両親はいないだろうと考えたのだ。昔…私もフェミーナも幼かった頃は、昼間の遊びの続きがしたくて、夜遅くによくフェミーナの部屋に忍び込んでいたんだ。フェミーナは、私がいつ来ても入れるように、窓の鍵をはずしておいてくれたものだ。」


「…知りませんでした。」


「もちろん、最近はしていない。もう二人とも、子どもじゃない。」


「忍び込むなんて…“子どもじゃない”人のする事ではないと思いますが。」


「そうだな…。でも、忍び込んだ。私も昔とは違い、今では能力を使う事が出来る。

私は、物を触らずとも動かす事が出来る、この能力を使って、窓の鍵をあけ、久しぶりにフェミーナの部屋に忍び込んだ。」


「…。」


「フェミーナの部屋に入ると、やはり誰もいなかった。

フェミーナの寝顔は、優しくてかわいらしかった。私はその頬にそっと触れた。

触れたつもりだった。しかし、そこには何もなかったのだ!

そして、気が付いたのだ。実体が、そこにないと!!」


王子はそこで言葉を切ってもう一度コップを持ち上げ、何も入っていないのに気が付き、テーブルの上に静かに戻した。


「…フェミーナはアトミラート王国にはいない。

あれは、あそこに横たわっているのは、ただの幻に過ぎないのだ!

そうなると、サーマンドとクラサが嘘をついているという事になる。

私を、だましているという事になる。しかしあの二人は、私が生まれた時から側で守ってくれている、ガーディアンなのだ。両親の次に私を大切にしてくれた二人だ。はなから疑うわけにはいかない…。」


「…。」


「マーシャ。お前は、フェミーナが眠りについてからすぐに姿を消したな。

フェミーナと、こちらに身を隠していたという事なのか?何故だ?」


まるみは、思い切ったように、すっくと立ちあがり王子の目を見て言った。


「ロメリア王子。恐れながら申し上げます。私は、同じ事しか申し上げられません。春香さんは、春香さんです。しかし、これは、確かに反逆罪にあたいする行為。

“いかなる理由があろうとも、王室の許しなく、勝手に世界を渡る事は許されない。”

ですから、私を今ここで罰するというのであれば、どうぞ処罰をお与え下さい。

必要であれば、王子のサーベルをお持ちします。春香さんの部屋の隅においてありましたので…。」


まるみは、震える自分の体を必至に抱きしめながら、続けた。


「ただ、ロメリア王子。理由についてはお考えになられましたか?なぜ、フェミーナ様がこんな目にあっているのか…。

私にとって大切な人は、フェミーナ様ただ一人。王子がこのような状況で混乱されているのはわかります。でも、不用意に王子が動けば、周りの者が黙っているとお思いですか?

フェミーナ様は、フェミーナ様は危険にさらされているんです!!」


王子は、はっとしたようにまるみを見た。


「マーシャ。それは、どういう事なのだ?」


王子はまるみの腕をつかみ、さらに詰め寄った。


ガラガラッ


「ただいまぁ。」


その時、春香と敦が買い物から戻ってきた。


「もう薄暗いのに、電気もつけないで何やってたの?」


春香が笑いながら、電気をつけた。明るくなった台所では、王子がまるみの腕をつかんでいた。


「何だか、大きな声が外まで聞こえてきてたぞ?二人、ケンカでもしてたの?」


敦が、エコバッグをぶらぶらさせながら聞いた。王子は、すっとまるみの腕をはなして言った。


「いや……。ちょっとお腹が空いてしまって。何か食べるものはないか、彼女に

聞いていたところだ。」


春香は言った。


「そう…ですか。あ、彼女じゃなくて、まるみです!」


まるみは慌ててエプロンをつけなおし、言った。


「すみません。まだ、お米の支度が出来ていなくて…。買い物、ありがとうございました。」


まるみは敦からエコバッグを受け取ると、すぐに春香たちに背を向けて台所に向かった。

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