第9話 まるみちゃんが怒ったら…④

保健室では、畑中が目を覚ましたところだった。畑中は、ぼんやりと天井を見つめながら考えていた。


(少し頭が痛い気がするけど…俺、どうやってここに来たんだっけ?)


「具合はどう~?」


畑中が体を動かした気配に気づいたのか、ベッドを囲むカーテンの向こうから、保健の林先生がのんびりした声で聞いた。


「あ、はい。まぁ、大丈夫です。」


「そう。よかった。じゃあ、授業に戻れそうになったら声かけてね。」


「はい…。あの、先生!」


「なぁに?」


「俺…なんで、ここにいるんでしょう?」


林先生はカーテンを少しだけ開けると、その隙間すきまから言った。


「私が外から戻ってきたら君はもう寝てて、がおいてあったけど。」


林先生は薄黄色の四角いポストイットをぺらりと人差し指と中指ではさんで見せた。

そこにはこう書かれてあった。


[ 畑中君は少しお腹が痛いようなので、ベッドで休ませて下さい。

担任の先生には言っておきます。 2-C 山村&鳥越 ]


「おなかがいたい…?」


「違うの?もう痛くないなら教室にもどりな…」


「いやー!お腹がすげぇ痛いです!先生、少し寝ます!」


畑中は慌てて言うと、布団を頭の上からかぶった。落ち着いて頭の中を整理したかった。

(え?どうなってんだ?確か教会まで鳥越に連れていかれて、鳥越が眼鏡を外して、それで、何がどうなったんだっけ?え、え?どうなってんだ???)


______________________________________



帰りの学活が終わり、春香は足早に教室を出ようとしていた。王子がまだ家にいるのか気になっていたのだ。すると、いつものようにまるみが春香に駆け寄ってきた。


「春香さん、一緒に帰りましょう。」


「うん!でも、ちょっと早歩きで帰ってもいい?」


「別にかまいませんが…何かあったんですか?」


まるみは不思議そうな表情で春香を見ている。


「うん…歩きながら説明する。じゃ、行こうか!」


春香は、リュックの肩ひもを両手でぎゅっとつかむと教室を出ようとした。すると、そこに畑中が走りこんできた。


「俺も!俺も一緒に帰る。」


「遠慮させてください。春香さんと私、急いでいるので。」


まるみは即答して春香の腕をひっぱると、教室を出ようとした。


「ちょっと待てって。」


畑中はあわてて、両手を広げて二人の前に立ちふさがる。

いつになく真剣な表情だったので、春香は立ち止まった。畑中は言った。


「よくわかんないんだけど、俺さ、」


「うん。」


一生懸命聞いている春香とは対照的に、まるみはイライラした様子を隠さなかったが、畑中は続けた。


「…記憶喪失みたいなんだ。」


「え?」


春香はきょとんとした顔で畑中を見返した。


(“記憶喪失”って、今日このワード聞くの2度目のような気が…)


畑中はごくりとつばを飲み込むと、重ねて言った。


「というのも、俺、気が付いたら保健室に横になっててさ。ていうか、鳥越!なんか知らないか?お前と一緒にいたのは覚えてるんだけど…。」


「はーたなーか君♪」


そこに、いつもの仲間二人が肩を組みながら乱入してきた。


「なに?けんか?豊の本命はどっちかなぁ~」


「どっちかに決めろよ~」


畑中は血相けっそうを変えて二人をひっつかむ。


「ややこしくなるから、今出てくんな!」


「何だよ~、いつも協力してあげてるのに。」


二人のおふざけは止まらない。


「いいから、ちょっと待ってろ!」


畑中は大きな声を出し、もう一度、春香とまるみの方に向き直ったが…。

時すでに遅し。

二人の姿は、もうどこにも見えなかった。








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