第4話 はじまりの日④ 

学校から春香の自宅までは徒歩15分。今日は学校が早く終わったため、学生もほとんど残っていなかったので、あまり一目につく事もなく住宅街を抜けて家にたどり着く事ができた。


春香は、祖母との二人暮らし。帰りが遅くなった春香が、きよえおばあちゃんにしこたま怒られたかというと…そうでもない。しょっちゅう一人で海外旅行に出てしまう、マイペースで英語が大好きなきよえさんの持論じろんは[中学生は立派な大人]。だから、春香のする事には基本的には口を出さない。きよえさんは、二つだけ言った。


「遅くなる時は、電話。テレフォン!」


「はい。」


時計を見ると、いつもなら4時前には家に戻るのに、もう6時を過ぎている…。


「男子2人も夕飯に連れてくるなら、電話。テレフォン。OK?」


「はい!」


春香が返事をしたのを見届けると、きよえさんはゆっくりと立ち上がり、言った。


「お腹空いたでしょ!もう少し何か作ってくるから、とりあえず今あるものを食べてなさい。」


食卓には、レンコンのきんぴらやホウレンソウのお浸し、鶏肉と大根の煮物なんかが盛り付けられた大皿がドーンと載っていてた。敦は、さっさと自分の茶碗に炊飯器からご飯を山盛りによそったたかと思うと、席について手を合わせた。


「いただきます!俺も腹減ってたんだよ。」


そんな敦の様子を横目に、どうしたらいいか困っている王子に春香は言った。


「どうぞどうぞ、座って食べて下さい。」


「わかった…。」


王子はぎこちなく椅子に腰かけた。春香は、一つの皿におかずを数種類盛り付けて、フォークと一緒に手渡した。(なんとなく、はしが使えないような気がしたからだ。)

敦は早々に好きなおかずを夢中でかっこんでいる。


敦は、春香の家の隣に両親と住んでいるのだが、二人とも働いていて遅くまで帰らない。帰宅して夕飯が家にない時は、代わりに千円札が置いてあり、

[何か買って食べてね 母]というメモ書きが添えられている。

聞き分けのいい敦は、いつもスーパーで弁当を買って一人で食べていた。

ある時、そんな敦を見かけた春香が、

『ご飯はみんなで食べた方がおいしいから!』

と言って強引に連れ帰り、春香の家で一緒に食べさせた。

その日を境に、メモがある日は、敦は夕食代の千円札を、春香の家の居間にある貯金箱に勝手にねじこんで、で食べる事が多いのだ。


王子は、フォークでおかずを刺しては、一つ一つ確かめるように口に運んでいる。

心配そうに見ている春香の視線に気づいたのか、王子は言った。


「初めて食べる物ばかりだが、なかなか、おいしいぞ。」


にっこり笑う王子に、春香もつられて笑っていた。よく見ると、王子の皿に盛りつけたおかずは、ほとんどなくなっている。春香は、いそいそと王子の皿におかずを追加し、台所に王子のご飯を用意しに行った。


(我が家の食卓でがごはん食べてるなんて…。)


その童話の世界のような光景に、春香はついつい王子の事ばかり見てしまうのだった…。


王子も敦も、そして春香も食べたいだけ食べて…たくさんあった料理もほぼ完食。春香と敦は使い終わった食器を台所にさげ、それをきよえさんが手際よく洗ったり片付けたりしてくれる。王子は静かに、居間のこたつ(きよえさんはこたつ好きで、『もう寒くならない』と実感できるまでは、こたつを絶対に片づけないのだ)に入ってテレビを観ている。


実は、最初は大変だった…。

テレビを見た王子は開口一番、


「この箱は、なんだ?」


と言って、リモコンで画面をつけたり消したり、前後左右から眺めまわして、大騒ぎしていたのだ。


もちろんコタツも同じで、


「熱い!体が燃やされる!やまさん、水を持ってきてくれ!」


と、大声をあげていた。


しかし、今はやけにおとなしい。


「あの、お茶でも飲みますか?」


春香が居間に様子を見に行くと、王子はこたつに体を突っ込んだまま横になっていた。


「え!ちょっと。」


春香が驚いて駆け寄ろうとすると、きよえさんが春香の腕をつかんで言った。


「これはもう、手遅れだね。」


後ろから敦もやって来て、言った。


「…寝てるな。」


「え?」


春香はそっと王子に近づいて顔をのぞき込んだ。そこには、かすかに口をあけて、長いまつ毛を閉じた天使みたいな寝顔があった…。












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