第3話 はじまりの日③ 

「はい。電話できました。ありがとうございます。」


春香は緊張してしまい、早口で答えた。


「そうか、よかった。」


男の声がうす暗い図書室の中で柔らかく響く。春香は、あわてて電気をつけた。明るい中でよく見ると、図書室にたたずむ男は、どこからどうみてもだった。腰には、剣らしきものまでぶら下げている…。

とりあえず、正体を知らなければならない。春香はおそるおそる聞いた。


「あの、あなたは、どこから来たんですか?」


王子はそれには答えず、おもむろに言った。


「やま、さん。」


「はい。」


「なんだか、めまいがするのだが。」


そう言うと、王子はその場に急に座り込んだ。


「え?大丈夫ですか?」


春香は、あわてて王子に駆け寄った。王子は言った。


「これは多分…。」


「何ですか?なんでも言ってください。」


「お腹がすいたようだ…。」


「え?」


「何か食べる物はないか?」


「えっと、どうしよう。何も持ってない…。」


春香がおろおろしていると、勢いよく図書室のドアを叩く音がした。


ドン ドン ドンッ


「はるか!そこにいるのか?」


「あっちゃん?ここにいるよ!」


春香が大きな声で答えると、せっかちにドアの鍵をガチャガチャいわせる音がして、敦が飛び込んできた。


「お前は、いつも心配ばかりかけて!」


敦はそう言いながら大股で春香の方に駆け寄ると、春香の頬っぺたを両手でぷにっとつまんだ。敦は中学に入って、背が高くなり手の平も大きくなったが、やる事はいつもと変わらない。春香はつままれながら言った。


「ひょく(※よく)鍵借りれたね?ひゃこうせい(※他校生)なのに。」


「あぁ。同小おなしょう(同じ小学校)の後藤に連絡して、事情話して職員室で借りてもらった。」


そう言うと敦はやっと頬っぺたから手を放した。敦の黒目がちの大きな目が、心配そうに春香を見ている。


「そっか!後藤君は生徒会だから先生の信頼度が違うもんね。本当にありがとう。

それでね、あっちゃん。突然なんだけど、何か食べ物持ってない?」


「は?お腹空いたのか?」


「えっと…」


すると、春香の説明を待たずに、何かが倒れる音がした。

見ると、王子が床に倒れていた。

春香と敦は、急いで王子の元に飛んで行った。王子は目を閉じたまま言った。


「何か、食べる物を…。」


状況を理解した敦は、自分の鞄の中をごそごそ探ると、何かを王子に差し出した。


「これでよければ、どうぞ。」


敦の手には、エネルギー補給できるゼリー状の飲料が握られていた。


「ありがとう。…これは、どうやって食べればいいのだ?」


敦はキャップをカチリと開けると、王子の手に握らせ、


「ここに口つけて、吸ってください。」


と説明した。王子はそっと口をつけると、ゼリーを吸い込んでいった。無事に飲み始めたのを見て、春香も敦もほっと息をついた。すると、敦がけわしい顔で春香の腕をつかみ、図書室の隅にぐいぐいと連れて行き、小声で聞いた。


「春香!あの人は誰なんだよ?」


「それが、よくわかんないんだけど…。」


「とりあえず、いいから言ってみろ。」


春香は、ありのままを話してみる事にした。


「私、突然、図書室の書庫に閉じ込められて。それで途方に暮れてたら、そこに大きな光の玉が現れて…。」


「うん…?」


「びっくりしてたら、その光の玉が消えて男の人が倒れてて。よく見たら王子様で。

それから、王子様が書庫のドアを開けてくれて!」


「…ん?」


「それであっちゃんの電話にも出れて、あっちゃんと話せて。

私は無事脱出!!だから、私の命の恩人ってことかな?」


「命の恩人って、おおげさだな。だいぶファンタジーな説明だったけど、ざっくりまとめると…あの人に助けてもらったんだな?」


「そうそう!だから。」


「だから?」


「とりあえず、うちに来てもらうことにする。」


「は?」


「家に連れて帰る。」


「何言って…犬や猫じゃないんだぞ?」


「わかってるけど…お腹空いてるみたいだし、助けてもらったし、とりあえず夕飯だけでも御馳走ごちそうしたい。ゼリーだけじゃ足りないと思うし。ここに置いていくわけにはいかないし。」


「そんな、小さな子供じゃないんだから、勝手に家に帰るだろ!」


敦が興奮して大きな声を出すと、春香が強い調子でかぶせるように言った。


「とにかく、一度家に連れて行く。」


春香は王子の方にくるりと向きを変えた。敦は春香の後ろでため息をついた。春香が一度言い出したらゆずらない事を知っているのだ…。

ゼリーを飲み終わった王子は、まだ残っていないかと吸っているところだった。

敦は、王子に言った。


「とりあえず、ここを出ましょう。」


王子は少し体に力が入るようになったようで、よろよろと立ちあがった。

まだ足元のおぼつかない王子を敦が支え、三人は図書室を後にした。

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