十八章3



 ワレスは部下たちをふりかえった。


『いらない枝葉はすべて切った。最後に残ったな。死体を養分に咲く花が』


 ワレスはそれを比喩で言ったわけではなかった。


『そうとしか考えられない。時期も、季節も、ちょうどあう。あの連続殺人が起こった、ほんとの理由……」


 今のユリシスの話のなかに、いくつか、とても気になる言葉があった。


「どういうことですか? 隊長」


 ハシェドやクルウ、エルマもベッドを起きだして、円卓に集まってくる。


「わたし、もう包帯とってもいい? 隊長さんのマネ、おもしろかったけど、さすがに疲れてきたわ」

『そうだな。あとはアトラーに頼んで、もう一度、事件の調書を見せてもらえばいいか』

「アトラー隊長にですか? それなら、おれが行ってきます。伯爵の偽者はどうなったんでしょうね?」と、ハシェド。


 話しているところに、司書長がロンドをつれてやってきた。


「偽者はわたくしが確認してきましょう。魔法で手をくわえられたものなら、正体をあばくのはかんたんです。ロンド、ジュール。経験ですから、あなたがたも来なさい」

『頼みます。ハシェド。司書長をエスコートしてくれ』


 ハシェドと魔法使い三人が出ていくと、待ちかねたクルウが言いだした。


「小隊長。昨夜のことですが——」

 ワレスと別れたあと、第三区画の宿舎監視中に起きたことを語り、

「エンハートはどこに消えたのですか? これも魔法によるものでしょうか?」


 いつになく必死の面持ちのクルウを見て、ワレスは笑った。心配しなくても、そう長いあいだ気まずい思いをするまでもない。クルウは砦を去ってくれそうだ。有能な部下を失うという点では少し惜しいものの、そこはユージイに経験を積ませれば、穴埋めがきく。


『もちろん、魔法だろうな。しかし、おれはエンハートが、あの封印された木のなかに囚われているとばかり考えていたのだが』


 そうではなかったということか。場所が第三区画宿舎なら、まさにがいる場所だ。


『エンハートはおれに会ったとき、何者かにあやつられているようだった。背後にいるのは魔術師だ。考えてみれば、ヤツが悪事に専念しているあいだ、代理をしてくれる人間が必要なんだよな』


 ワレスは急に胸がドキドキしてきた。これまで、まったく気がつかなかったが、ワレスは何度もエンハートに出会っていたのかもしれない。


『おれが封印の木に囚われていたとき、奥深くから漂ってきた、腐臭のような禍々しい気配。もしかしたら、魔術師本人は、ずっとにいるのか?』

「庭師のなかに、エンハートがいるのですか? 魔法で、姿を変えられて?」


 クルウとエルマが上から覆いかぶさるようにのぞきこんでくる。巨人に襲われそうで、少し怖い。


『たぶん……いや、きっとそうだ』

「それは誰ですか?」

『この事件の犯人だ。もとはと言えば、事件は彼が一人で起こしていた。魔法が関係してきたのは去年からだ。そのあと、エンハートが捕まって、魔術師に利用されていた。たぶん、強烈な暗示で、彼がいないあいだの代役をやらされていたんだ。男を釣るときだけ、もとの姿に戻されて』

「暗示ですか? 一年間も?」

『エンハートが自分を嫌っていたからじゃないのか? 心の弱いところに、その暗示が共鳴したんだろう』


 そこへ、ハシェドがかけ足で帰ってきた。


「隊長! 伯爵の偽者は死体で作った人形でした。今、司書長が魔法をといて……なんでも、禁じられた魔法だそうです。複数の死体をつなぎあわせて、魔術師があやつっていたと」


 そうとうグロテスクなものを見たらしい、かわいそうな顔をしている。


『災難だったな』

「……楽しいものではありませんでした。それで、司書長たちも、こっちにむかっています。おれはさきに、これを届けるために走ってきました」


 借りてきた文書を、ハシェドは卓上にひろげた。ワレスにとっては、何枚もの絨毯を敷きならべた上で、何往復もしながら、巨大な模様の意味を解読するような難解な作業だ。


『誰か、おれを乗せてくれ』


 ハシェドの手に乗ってながめると、いくらかマシになる。山頂から地上絵を分析していると、司書長たちがやってきた。


「例の黒魔術師ですね。今回の黒幕です」

『そう。庭師たちが害獣の話をしてくれた。今、裏をとってたところさ。うん。やっぱりそうだ。長いあいだ幽閉されたのちに死体が見つかるようになったのは、去年の秋からだ。ヤツがとつじょ凶暴化したころだな。夏にだけ変死が起こっていた三年間には、不自然な消息不明は起こっていない。数日おいて見つかった場合も、それなりの腐敗を示している。つまり、あの封印された空間は、ヤツの隠れ家であると同時に、死体の鮮度をたもつ貯蔵庫だ。魔法が事件にかかわったのがこの時期だと、これで断定できる』


 その二つの変化が起こる直前、ある人物がネズミにかまれて寝込んでいる。これが殺人と魔法の接点だったのだ。


『今からすぐに裏庭へ行こう。魔術師を退治し、エンハートを解放する』


 あわてて、ハシェドが口をはさむ。


「待ってください。それでけっきょく、殺人犯は誰なんですか?」


 ワレスはその名を告げた。

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