十八章4


 ワレスは目をふせた。


『リチェルだよ。彼は快楽のために人を殺していたんじゃない。ちゃんと目的があったんだ。肥料さ。さっき、ユリシスが言ったろう? 四年前、初めて虹色スワンが咲いたんだって。あの花の開花期は夏だ』


 そこにいる全員が、ゾッと肩をふるわせた。


「そんな、まさか……花を咲かせる肥料にするために、人間を殺していたっていうんですか?」

『彼の心は病んでいる。植物を愛するあまり、人間より花のほうが大事になってしまったんだ。ユリシスが襲われたのは、わざと鉢植えを枯らしたからだ』


 そこがワレスに、事件の前半をほうふつとさせた。最初の三年に起こっていたのは、これと同様なのではないか。そう思わせる類似性があった。


「でも、それじゃ、ヘンルーダは?」

『ヘンルーダは砦に来る前、何かしらの不始末をしでかしている。本名を明かさないのはそのせいだ。リヒテルが話していた、毒草混入事件のような何かを起こしたんだろう。しかし、以前の地位に未練があるので、才能ある部下を使って、新たに地位を得ようとした。リチェルが人間を肥やしにしていると知っていたかどうかはわからない。リチェルにとっては、いい隠れみのだったんだ』

「そうなんですか……」


『今はエンハートが暗示をかけられて、自分はリチェルだと思いこまされているはずだ。司書長、あなたはクルウ、エルマとともに、リチェルのもとへ行ってくれ。おれは黒幕のほうへ行く。ハシェド、おまえはアトラーの助けを借りて、裏庭の配備を強化。マニウス小隊長も協力してくれるだろう』


 ハシェドは憤然とした。

「隊長一人でどうするっていうんですか! 危険すぎます。相手は何十人も殺した悪い魔法使いなんですよ。おれは反対です!」


 心配のあまり憤っているらしい。


『しかし、封印のほころびをくぐれるのは、このサイズの人間だけだ』


 ワレスだって不安がないわけではない。以前だって、ロンドと二人で、やっとだった。スノウンの罠にはめられたことをかんがみても、ワレスの剣は魔法に対して必ずしも有効ではない。


 すると、司書長がひきとめた。


「お待ちなさい。ワレス小隊長。一人では行かせませんと申しましたでしょう」

『……ロンドをつけてくれるんだったな。まあ、いちおう、こいつの歌は役に立つ。しかし、どうやるんだ?』

「時間がもったいないので、歩きながら話しましょう」


 ワレスはうなずいた。

『さあ、ハシェド。急げ。おれのことはなんとかなりそうだ』

「……ですが、隊長、くれぐれも用心してくださいね」


 ハシェドが走っていく。


『クルウ。おまえも隊から何人かつれていけ。もしも魔法のせいであばれられたときのために——ああ、おれの体の状態は説明しておけよ。さわがれるとウルサイ』


 クルウが急いで、ユージイやホルズたちをつれてくる。

 ワレスたちは裏庭へむかう。が、あわただしく出ていこうとする一同の背中に、小さいけれど必死な叫び声が届く。


『待ってくれ! 私もつれていってはくれぬか』


 同じサイズのワレスには、その声がよく聞こえた。ふがいないことに、またもや大喜びのロンドの肩に乗せられていたワレスは、声のぬしをふりかえった。書机の上に文箱をからにして、やわらかい布をしきつめた即席の専用ベッドから、伯爵が起きあがっていた。


『閣下。お目ざめでしたか』

『目はさっきからさめていた。あまりのことに呆然としていたのだ。ようすを見ながら話を聞いていたが、魔法使い退治らしいな』


 おそらくだが、彼の偽者を作る魔法が、伯爵の眠りと連動していたのだろう。偽者が壊されたので、伯爵の魔法も解けたのだ。


『人手が足りぬのだろう? 私もつれていってくれ。これでも人なみに剣は使えるぞ。一兵卒のつもりで。なぁ、頼む』


 ワレスはじっとりと伯爵をにらんだ。


『何をかるがるしく、おっしゃるのですか。もとはと言えば、私の忠告を聞かず、お一人にて裏庭へお出ましになられたからですよね? ガロー男爵やアトラー隊長が、どれほど閣下の身を案じていたとお思いです。このわたくしだとて』

『う、む。ワレス小隊長。端々、言葉が耳に痛い。しかし、時が惜しいのだろう? 言い争う時間もあるまい?』

『うっ……』

『つれていってくれねば、一生、恨むからな。頼む。これは私にとって一世一代の大冒険なのだ。これっきり二度とワガママは言わぬ。だから、私をつれていってくれ』


 もしも伯爵をつれていき、万一のことがあれば、アトラーあたりにワレスは殺されるだろう。

 だが、書類の山に埋もれて髪をかきむしるガロー男爵を思いだす。あれは日ごろの伯爵の姿でもある。たしかに、伯爵が自由に冒険へとびこむことができるのは、これが最初で最後に違いない。単調で退屈で、そのくせ激務の毎日に、このまま帰すのは哀れに思える。


『わかりました。そのかわり、危険と見れば、閣下は私をすててでも、必ずお逃げください。そのほうが足手まといにならない』

『むう。キツイな。わかった。約束するとも』


 それでようやく、出発のよしとなった。クルウとエルマはじれているので、さきに行かせる。彼らはアトラーとも相談しなければならない。

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