十八章
十八章1
『やっぱり間違いないな。殺人犯は彼だ』
しかし、まだ動機がわからない。大詰めの前に、あと一人、聞かなければならない。
ワレスのそばにハシェドがよってきた。
「さっきから隊長は、ヘンルーダの本性を疑っていますよね?」
『ヘンルーダは見栄っぱりの上に、横暴でイジワルな、イヤな男だよ。そう思わせないための、あの姿なんだ。素朴で親しみやすい花好き——そういう態度を念入りに演じている。だが、何年も素の自分を隠しとおすのはムリだ。役者だって舞台をおりれば、自分に戻るのに、彼は十年も舞台にあがり続けている。多少のボロは出るさ』
ハシェドが肩をすくめる。
「おれには、さっぱりでしたがね」
『いっしょに暮らしてる庭師たちが気づかないんだから、おまえがだまされるのもムリはない。おれがそう感じたのは、区画割りに疑問を持ったからだ。ユーグはあの目立つ火傷をして、人目をさけている。顔の傷を気にしてるんだと、あれほど全身で訴えてるヤツを、よりによってミモザと組ませるか? ふつう、気をつかうだろ。リチェルあたりなら、おたがい苦にならないんじゃないか? あれはわざと、ユーグを苦しませて楽しんでいたとしか思えない。そう考えると、ほかにもけっこうあるんだ』
「え? 何がですか?」
『ユーグが来る前、ミモザはショーンと組んでいた。砦に骨をうずめる気持ちのミモザと、一日でも早く国に帰りたいショーン。相性が悪いのはわかりきってる。二人がケンカするのを見たかったからだ。ショーンには自分の店を持つ夢があるから、よけい目ざわりだったんだろうな。薬草を盗んでいたのは、利益もだが、それ以上に、ショーンに対する嫌がらせだよ』
「じゃあ、横領はヘンルーダの仕業なんですか?」
『倉庫の鍵を持ってるのは、ショーンとヘンルーダしかいない。ショーンもたぶん、ヘンルーダじゃないかと疑ってはいる。が、証拠がないので黙ってるだけだ。捕まれば打ち首だからな。きまじめなショーンの性格では、いいかげんな証言はできない』
「ヘンルーダだって、命がけでイジワルはしないでしょう?」
『誰かに知られたら、ほかのヤツのせいにするつもりだろう。マグノリアあたりに押しつければ、ショーンが悲しむ。マグノリアには病気があるし、自己弁護もできないからな』
ハシェドは憤然とした。
「陰湿ですね!」
『でも、彼には一つ才能がある』
「なんですか?」
『人の才能を見ぬく才能さ』
ワレスは戸口に立つジュールをふりかえる。
『ユリシスはもう起きあがれるのか?』
「ただの貧血だ。もう自室に帰してもいいくらいだが、また襲われてもいけないからな。それで治療室に置いてるだけだ」
『じゃあ、今ここに、ユリシスをつれてきていいか?』
ジュールは嘆息した。
「かまわないが、あんた、おれに呼びに行かせるつもりだな?」
『治療室には司書が出入りしたほうが目立たない』
「いつのまにか、おれもあんたの使いっ走りだな。おれはあんたを嫌ってるんだぞ?」
『ふところの広さを見せたほうが、ロンドもあんたを見なおすんじゃないか?』
「……」
ジュールが出ていき、ユリシスをつれて帰ってくる。
ユリシスの顔色は少し悪い。が、足どりはしっかりしている。包帯で全身を飾ったワレスを見て、かえって心配そうな表情になった。ベッドへ近づいてくる。
「あ、隊長はこのとおりだから、人を近づけるわけには——」
ハシェドがひきとめようとする。ワレスはそれをさえぎった。
『ユリシスとは、おれがじかに話したい』
「え? でも……」
『いいんだ。ちょっとおどろくかもしれないが、ここに来てくれ。ユリシス』
ユリシスは小さくなったワレスを見て、もちろん、度肝をぬかした。ベッドのわきで腰をぬかす。魔法に縁のない人間の反応としては当然だ。
『悪いな。こんなカッコ悪い姿を見せて。おれをおまえの手に乗せて、そこのテーブルまでつれていってくれないか? 二人で話をしよう』
ワレスの言葉を聞いて、ハシェドが青くなる。
「いけません。隊長」
ハシェドが止めるわけはわかる。今のワレスなら、相手の手に乗るなんて、命をあずける行為にほかならない。全面的な信用がなければできない。
『おれはユリシスを信じてる。大丈夫だ』
ハシェドは(クルウやエルマも)まだ心配げではあったが、ワレスはユリシスの手のひらに乗った。ちょっと離れた円卓まで移動する。
「ワレスさん。この姿は……」
『長くなるから説明は省く。まあ、ドジをふんだんだ。しかし、すぐにもとに戻る』
「それならいいんですが……」
『なあ、ユリシス。おまえも水くさいじゃないか。おれはこうして自分をさらしてるんだから、おまえもほんとのことを言ってくれ。この前、おまえがヘンルーダに叱られているとき、おまえは言ってくれなかったよな?』
ユリシスは口を閉ざした。といって、拒否の表情ではない。しばらく思案して、ゆっくりと話しだす。
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