十七章6



「継母だ。二人がいなくなれば、自分の子どもが全財産を継げるから」

「マグノリアの夜の病気を利用して、自分で妹をつきとばし、それを彼のせいにした。まんまと兄妹を始末して、今は己れの栄華を満喫しているわけか」


 ショーンは痛ましげな顔で、マグノリアを見た。


「しかし、なぜ、そんなことがわかるのですか?」

「ジュールはマグノリアのなかに眠る記憶を魔法で見たんだ。夢遊歩行中でも、まわりを見ていないわけじゃない。ただ明瞭な意識がないから、覚醒したときにハッキリと記憶に残らないだけだ。マグノリアは夜、歩きながら見聞きしたことを記憶の引き出しにしまっていた。妹が継母につきおとされる瞬間を見たのかもしれないな」


 ジュールはこれにも首肯で答える。


(だから、あんなことを言ったんだな。ミモザが一番じゃないなんて)


 ワレスは泣き叫ぶマグノリアを見て、エルマに耳打ちした。


『彼の頭をなでてやってくれないか』


 エルマが言われたとおり、マグノリアの日に焼けた金髪をなでる。


「マグノリア。おまえは今の記憶をもとに家に戻り、継母を妹殺しで訴えられる。おれなら迷わずそうするが、しかし、ジュールに頼めば、イヤな記憶を今までどおり封印もできる。おまえはどうしたい? 戦うか? 忘れるか?」


 マグノリアはしゃくりあげながら断言した。


「こんな気持ち……いらない。忘れていれば、キレイなものだけ見ていられる」

「おまえなら、そう言うだろうと思った。そのほうが、おまえは幸せなんだな」


 ワレスはジュールにうなずきかけ、マグノリアの悲しい記憶を封じてもらった。


「ショーン。あんたが自分の店を持つとき、マグノリアを雇ってやってくれ。おれも餞別を出すし、それに、おれはやられたまま泣き寝入りするのは好きじゃないんだ。伯爵に頼んで文を書いてもらおう。こいつの親父に継母の罪を知らせる。継母を訴えるかどうかは親父の采配さいはいしだいだが、前妻の息子だって、まったく可愛くないわけじゃないだろう。きっと、あんたが店を持つくらいの金は出してくれる」

「小隊長……」

「そのかわり、マグノリアを大切にしなければ、ゆるさないからな。こいつは、おれの友達だ。なあ、マグ?」


 再度、ジュールの手が離れると、マグノリアはもう泣きやんでいた。いつもの少しぼんやりした笑顔になる。髪一筋のけがれもない純粋さは、彼の悲しみの結晶なのだ。マグノリアの笑みがどことなく切なく見えるのは、そのせいかもしれない。


「では、小隊長。例のアレは、やはり変死事件とは関係ありませんか?」


 ショーンが言うのは、薬草横領案件だろう。ワレスは反問した。


「砦に一番長い庭師はヘンルーダだ。次はおまえだな?」

「はい」

「あんたから見て、ヘンルーダはどんな男だ?」


 ショーンは困ったようすで口をつぐむ。ワレスは念を押した。


「庭師長だからって、おべっかはやめてくれよ」

「そんなつもりはありません。あの人と私は同じタイプの庭師でしょうね。勤勉で、自分の目標のためなら努力を惜しみません。ですが、花に対する愛情で言えば、ここの庭師のなかでは低いほうです。私だって花は好きですが、マグノリアたちのように人間と同等に見ているわけではありませんから。まあ、あくまで商売道具ですね。そのへんが差に出るんでしょう。悲しいかな、品評会で入賞するほどの感性は持ちあわせてない。ヘンルーダも私と同じだろうと思うのですが、彼はなぜか必要以上に自分を花好きに見せている気がしますね」


 ワレスは微笑する。といっても、ショーンの目に、ワレスの姿は見えていないが。


「あの服装を見れば、誰でも森の聖者だと思うよな。そのくせ、きれいにヒゲはあたってる。ヘンルーダの年なら、ああなるまで髪を放置すれば、ヒゲだってボウボウだ。若く見られたいんだな」

「見栄っぱりなんでしょうね。体裁を気にするところは、たしかにあります」


「それに、ちょっとイジワルだよな?」

「そうですか?」


「庭師たちの区画担当を決めるのは、庭師長のヘンルーダだろう?」

「我々も希望は言いますが、最終的にはヘンルーダが決めます。私は早く資金を稼ぎたかったので、金になる薬草がいいと、自分で申しでました。でも、あとは年季や技量を考慮して、ヘンルーダが決めました。おかしくはないと思いますよ」


「おかしくはない。ユリシスは若いが才能があるし、一人で果樹園を任されても変じゃないよな?」

「問題ありません。果物は余分を売買するのに、ご城主の許可がいるのですよ。傷物なら我々で処分してもいいので、じっさいには庭師のあいだで食べてしまうのですが。薬草ほど日持ちもしませんし、伯爵閣下にお出しすれば、いくらも残りません。大きな利益にはならない。それで、私は辞退しました」


 嘘ではないと、ワレスは確信した。ショーンは商売の才能を持っているが、横領してまで利潤を追求するタイプではない。

 なぜなら、余剰のフルーツを兵士に売れば、莫大な収入を得ることができる。すべてが配給制の砦の食事に、果物やスイーツなんてつくはずもない。新鮮な果実はちょっと贅沢してでも味わいたい甘露だ。高い金を払ってでも食べたい者は多いだろうに。


 ワレスがその事実を示唆すると、ショーンは苦笑いした。


「小隊長。私はリスクを犯したくありません。そんなことが伯爵閣下のお耳に入れば、打ち首ですよ。私は自分の店を持ちたいが、それは老後をラクに暮らすためです。命をかけてまで悪事に手を染めたくありません」

「どうやら、マグノリアを任せても心配なさそうだな。じつを言うと、おまえが裏表のない男だということは、ある事実からわかっていたんだ」


「というと?」

「マグノリアに蟻の巣をつぶさせていただろう? あのとき、迎えにきたおまえは『いつまでも遊んでないで、仕事をするぞ』と言った。つまり、害虫退治というより、あれはマグノリアの趣味なんだ」

「あの種類の蟻は、植物の害になるアブラムシを育てますからね。退治は有益です」

「だが、急務でもない」

「まあ、そうです」


「あんたが金儲けの亡者なら、マグノリアをいつまでも遊ばせてはおかないはずだ。あれは、彼の好きな遊びなので、マグノリアに楽しむ時間をあたえていたわけだろう?」


 ショーンは感心したように頭をさげた。


「ご明察。私の父は一生、人に使われるだけの庭師でした。私はああはならないと、きばっていたが、なかなか思うように行かず、イラつくこともありましたよ。ミモザとケンカしたのは、そのせいでしょうね。だが、そう言われてみれば、マグノリアと組むようになってからは、それがなくなった。何しろ、彼の犬っころみたいな目を見ると、怒るのがバカらしくて。マグノリアに救われていたのは、私のほうかもしれません」


 ショーンは急に忘れかけていた少年の心をとりもどしたかのごとく、サッパリした顔つきになった。


「ありがとうございます。小隊長」


 ワレスはショーンに最後の質問をなげる。


「去年の夏の終わりごろ、庭師のなかで体調をくずしたヤツがいないか?」

「おりましたね。ネズミに足をかまれて、二、三日、寝込みましたよ。悪い病気をうつされたのでしょう」


 その人物の名を聞いて、ワレスは満足した。

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