十七章5



 マグノリアとショーンは、こっちへ来るようにと、ミモザに伝言を頼んでいる。ハシェドがジュールをつれてもどったころ、ちょうど二人もやってきた。


「ワレス小隊長。ケガをしたらしいですね。大丈夫ですか?」


 というショーンに、エルマが無難な答えを返しているあいだに、マグノリアは寝台近くまで近づく。エルマの肩に乗ったワレスを見つけてしまった。でも、おどろきもせず、嬉しそうに笑って、小さなワレスが傷つかないよう、そうっとなでる。マグノリアは子どもと同じなのだ。


(キレイなものはなんでも好き……か)


 もしかしたら、彼にはこのままでいさせたほうが幸せなのかもしれない。


「ショーン。おまえはマグノリアの出自を知っているか?」

「出自までは知りません。なんでも聞いた話では、マグノリアは馬車で砦に送られてきたようです。ウワサにすぎませんがね」

「それはウワサではないな。マグノリアは貴族か、少なくとも金持ちの息子だよ。おれが思うに、彼が話せないのは失語症だ。おまけに退行現象を起こしている。とても強いショックを受けて、その衝撃を忘れるために、こうなった」

「生まれつきではなさそうだとは、私も思っておりました。ですが、庭師の経験が以前からあったのは事実でしょう」

「趣味でおぼえたのか、それとも、何代も続いた旧家の庭師なのかは知らない。王侯貴族に召しかかえられれば、庭師のなかでも格式があるし、バカにならない富を有している」


 ユリシスの家がそうであるように。


「そうかもしれませんね。うらやましいかぎりだが」

「そうでもないぞ。富豪ほど金に汚いからな。財産のために殺しあう。そういう連中を、おれは何度も見てきた」


 ワレスは自分の頭にふれるマグノリアの手をかるくなで、彼にむかって言う。


『いい子だな。マグノリア。ちょっとのあいだ手を離して、目をとじてくれ』


 マグノリアは言われたとおりにした。

 ワレスはジュールを見る。ジュールはうなずいた。


「やるぞ。小隊長」

『優しくしてやってくれよ。おれがスノウンにされたみたいな気分にはさせたくない』


 ジュールはマグノリアのひたいに手をあてた。同調で彼の記憶をさぐるのだ。


「マグノリアは自分のなかに悪魔がいると言った。夜になると夢遊歩行する。それを悪魔だと。そして、悪魔が誰かを殺したと」


「しかし、ワレスさん。マグノリアは話せませんよ」というショーンに、筆談が可能なことを教えてやった。


「神聖語……あれは、ちゃんとした文字だったのですか。私は意味のない落書きだと思った」

「マグノリアは話せないし、幼児化しているが、知性に関する記憶は失われていない。神聖語を使うのは、学校での楽しかった思い出のせいかもな。彼はとても感受性の強い子どもで、多分に芸術家気質。でも困ったことに、睡眠中に歩行するクセがあった。頭は眠っているが、目をあけて歩きまわるから、薄気味悪く思われる。そのあいだの記憶は本人にはない。彼は夢遊歩行中に重大な事件を起こしてしまった。それで家族は体面を気にして、辺境の砦に島流しにしたんだよ。事件を境に退行して、奇行も出たしな」


 ショーンは不安そうになる。


「マグノリアは、人を殺したと言ったのですよね?」

「どうかな。ジュール?」


 ジュールはワレス(エルマ)とショーンが話しているあいだに同調を終えていた。マグノリアのひたいから手を離す。マグノリアの両眼から、すっと涙が流れた。


「ペネローパ……」


 つぶやいたのは女の名だ。

 ジュールが告げた。


「妹だよ。彼が睡眠歩行中に、階段からつきおとして死なせた」


 わッと声をあげて、マグノリアは泣きだす。それを見つつ、ジュールは続ける。


「——ということになっている」

「やはりな。そうじゃないかと思ったよ。ショックのあまり言葉を失い、退行現象を起こすほど、マグノリアは繊細だ。そんなヤツが、たとえ夢遊歩行中とはいえ、人を殺してしまうなんて考えられない。それも、大好きな妹だろう? 彼ら兄妹をうとましく思う人物が、すぐ近くにいたんだ。同じ家のなかに。そうだな? ジュール」


 ジュールはうなずいた。

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