十七章4

 *



 他人の一生ぶんの経験をしたワレスでも、小人にされたのは初めてだ。最初はかなり落ちこんだが、もとに戻る手立てがあるという。俄然、やる気が出てきた。まず部屋に呼んだのは、ミモザとアイリスだ。


「我々に話があるらしいですね。ワレス小隊長」


 かたい顔をして、ミモザが戸口近くの椅子にすわる。そのとなりにアイリスが。距離を離して話せるよう、こちらでその位置に用意しておいたのだ。


 ワレスがどこにいるかと言えば、エルマの肩の上だ。エルマはワレスのベッドに半身を起こしている。ワレスの服を着せ、これみよがしに包帯を巻き、ケガ人のていで身代わりを演じさせている。これなら、もともとそっくりな二人の違いを見わけることができる者など、そうはいない。


「ハッキリ言おう。ミモザ。おまえ、レックスヒルの悪魔だな?」


 ワレスが耳元でささやく言葉をオウム返しにくりかえすだけだが、エルマはなかなかうまくやってくれる。声をつぶしているので、少しハスキーではあるものの、それもケガのせいとミモザは思ってくれたようだ。レックスヒルの悪魔と聞いたとたんに、ワレスの思っていたとおりの反応を示してくれた。蒼白でワレス(じっさいにはエルマ)を見つめ、声も出ない。


 叫んだのは、アイリスのほうだ。

「違います! ミモザは……違うんです!」


 ワレスはエルマに笑えと演技指導した上で、プロンプターに徹する。


「わかっている。本物ではない」

「え? ワレスさん……」

「本物の暴行魔は、リヒテルたちが幼児のときから活動していた。十数年も前の話だ。おまえの年ではありえない。でも、世間はそう見てくれなかった。レックスヒルの悪魔は当時、レシアン州で、すごい有名人だったようだな。庭師というだけで役人から目をつけられた。おまえはその美貌で目立つ。おまけに女を愛せないたちなんだろう? あいつが暴行魔だとうしろ指さされれば、州のなかには、どこも居場所がなかった。そうだな? ミモザ。それで、砦に逃げてきた」


 ミモザはすっかり観念した。


「……そうです。悪いことに、本物の暴行魔も二枚めだったらしいんです。被害にあった少年たちの話でね。私はこの顔だから、しょっちゅう女にも言いよられた。でも、興味がなかったから、ふり続けていたら、恨みを買ってしまった。あいつが暴行魔だと陰口をたたかれて、ある日、家に帰ると役人が待っていたんです。逃げるしかなかった。捕まれば、犯人にされてしまうことがわかっていたから」

「それで、アイリスとの関係を指摘されて、つい感情が昂ったんだな」

「そうです」

「おまえたちには、見られては困る二人だけの秘密もあるものな。もし、あれが知られたら、レックスヒルの悪魔だと、またさわがれる」

「はい……」


 ミモザはアイリスと見つめあって、ため息をついた。


「アイリス。おまえ、今のうちに謝っておかなければならないことがあるだろう?」


 ワレスの指示でエルマが言うと、気の弱い少年は、それだけで耐えられなかった。いきなり声をあげて泣きだす。


「ごめんなさい! ユーグさんに罪をかぶせたのは……僕です」

「そうだと思っていたよ。ユーグにふられたからか?」

「それもあるけど……もし、僕たちのしてることが人に知られたら、ミモザが捕まると思って。裏庭の変死が、変な趣味の男が恋人のふりしてやってるんだって、クロードから聞いたとき、そうするしかないと思いました。ミモザは調べられたら、暴行魔の過去が明るみに出るだろうし。それも、ほんとは彼がしたことじゃないのに……だから……」


「冤罪にかけられると考えたのか?」

「そうです……」


「ロープはふだん、おまえたちが使っていたものだよな? 農具についていた血は?」

「あれは罠にかかっていた害獣の血です」

「そんなことだと思ったよ。おまえが蛇を怖がらなかったときに」


 アイリスがキョトンとして、ワレスを見る。ワレスはまたエルマに笑えと指導する。


「リヒテルは勘違いしてる。おまえは蛇が怖いんだと思っているんだ。でも、おまえが怖いのはロープのほうだ。仕事で使うロープを見るだけで青くなると、リヒテルは言っていた」


 アイリスは色白のおもてを、カッと真紅に染める。


「僕が……僕が悪いんです。ミモザは悪くない。僕が頼んだんです。それがイヤで、親方から逃げてきたのに……いつのまにか、あれなしじゃ物足らなくなっていた。僕を軽蔑してください」

「別に個人の趣味なんて、とやかく言わない。興味ないね」

「ワレスさん……」


 感謝の目で二人がワレス(エルマ)を見る。


「ああ、もう一つ。アイリスの本名はアリスだな。女名ということは、おまえの前身は……」

「男娼です。声変わりしたので、親方に身請けされました」


 おかしな趣味のある男に身請けされたのが不運だったのだ。


「この件を他言するつもりはない。まあ、おまえたちはお似合いだよ」

「ありがとうございます!」


 二人が去ったあと、エルマが首をかしげる。


「どういうこと? わたしならロープなんかより、蛇が怖いわ」


 室内にはハシェドとクルウもいる。二人は意味を解して、エルマから目をそらす。ほこさきが自分にむくと困るからだ。


『いや、それは、お姫さまに話すようなことじゃない』

「ええ? 気になる! ヒドイ。イジワルね」


 変態の親方に仕込まれて、縛られて愛を交わすのが好きになったとは、どうしてもエルマには言えなかった。


『次はマグノリアだ。彼とショーンが来る前に、誰か、文書室から司書を一人つれてきてくれないか。同調できるほうがいい。ジュールなら申しぶんないが』


 急いで話をそらした。

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