十七章3
ワレスは自分をふるいたたせるようにして言う。
『おれが小さくなってしまったのは、なぜだ?』
「あなたは壁があるのに外が見える場所から出てきた。封印された空間は本来、術をかけた当人にしか出入りできません。ですが、今回、封印の器として利用されたのが樹木でした。樹木は成長するので、封印空間にほころびが生じてくるのです。あなたが見たのは、そのほころびの一つでしょう。あなたのミラーアイズだからこそ見えたのです」
『ほころびから強引に出たから、こうなったのか?』
「まあ、そういうことですね。あなたは体だけはこちらがわに出てきましたが、構成する物質の法則は封印世界にのっとっている。あなたにかけられた封印の魔法は、まだ解かれていないと言えば、もっと平易でしょうか?」
『体のサイズが、封印された空間のなかのままということか?』
「はい」
ハシェドには難しい魔術用語はわからない。が、小さな箱に魔法で入れられたワレスが、箱からは出たものの、体は小さいままだと理解した。
「隊長をなおすことはできないんですか?」
「方法はあります。大元の封印魔法を解けばいいのです。そうすれば、小隊長を束縛する空間的、時間的法則が消えますから、物質構成ももとに戻ります」
「ああ……」
よくわからないが、なんとなく首をたてにふっておく。
クスリと、ワレスが笑った。
『魔術師は難しく言いたがるからな。おれに魔法をかけたヤツに解いてもらえと、司書長は言ってるんだ』
「そういうことですか」
『しかし、言うほどかんたんなことじゃない。自分の目的のために大勢を殺してきたヤツだ。頼んだからって、魔法を解いてくれるわけがない。力ずくで魔法をやぶらなければならない……そういうことだな? 司書長』
ダグラムは沈痛な表情でうなずく。
「魔法を維持し続けるには、エネルギーが必要です。魔術師本人が死ねば、いずれ、その魔法は解けます。術者の死後も魔法を保持する力をあたえないうちに討てば、封印魔法は瓦解します」
『魔法の余力を残せば?』
「効力が切れるまでに数年、あるいはそれ以上かかるかもしれませんね」
これには、さすがのワレスも悲観したようだ。
『それまで、おれはこの体のままか……』
うう、ううう、と肩をふるわせている。笑っているのかと思ったが、ワレスは自分の身の上がなさけなくて泣いているのだった。手の甲で乱暴に目のあたりをぬぐったのでわかった。涙の粒は小さすぎて見えない。
男らしいアトラーと、情緒欠陥症のダグラムをのぞく全員が、そのとき可愛いと思ったであろうことは、
ワレスは本気なのだろうが、とにかく、このサイズたと、何をやっても微笑ましい。
『……なんだ? おまえたち。なぜ笑う?』
「いや、あの、なんでも。たしかに、このままじゃ困ります。豆隊長のままでは、部下のおれたちが、いつ、ふみつぶしてしまうかわからないし」
『うう……』
ハシェドの次は司書長だ。
「心配しなくても、小隊長。あなたの封印されていた空間は、時間が静止した世界のようです。そのままの姿でも日常生活にさわりはありません。現在のあなたが感じる時間は、主観にすぎませんから、あなたが満腹と思えば、空腹を感じることもありません」
『そんなこと、なぐさめにならない!』
「じゃあ、ほら、ワレスさん。わたくしの使い魔にしてあげます」と、ロンド。
『いらん!』
各人さまざまな言葉で励ますが、役には立たなかった。
ハシェドたちは顔を見あわせる。
「どうしたらいいんですか? 司書長」
「ほかに方法は……魔術師じたいは封印世界を拠点にしているのですから、必ずその場所に帰ってきます。そこで封印内に急襲すれば、対決に持ちこめるとは思いますが」
ワレスは泣きやんだ。くすんと、ささやかに鼻をならし、司書長を見あげる。
『魔法のエネルギーというのだから、封印内部の空間を保持するために使われているんだよな? ということは、空間じたいが崩壊したら、エネルギーも失われるんじゃないか?』
司書長は感心している。と言っても、彼女の場合、二、三度、大きめにまばたきしただけだが。
「その方法なら、間違いなく、その場で魔法は解けます。あなたの話を聞くと、その封印内部は、魔術師が自分の精神イメージで造りあげた空間のようです。ならば、その世界にいるときに当人を討てば、魔術師の創造した空間は共鳴により瓦解します」
『封印内部で魔術師を討つ。これがゆいいつの手立てか』
ワレスは考えこんだ。
『逃がせば二度とチャンスはないな。ヤツを警戒させる。となると、ヤツの本体が外部に残っているのはマズイ。ヤツは囮を使うかもしれない』
ハシェドはたずねた。
「囮ですか?」
『ヤツの手駒があるんだよ。おれが内部へむかう。外からもヤツを追いつめて、逃げ場をなくしてくれないか? 司書長、どうしてもヤツが封印内に行かなければならないように仕向けよう』
「協力いたしましょう」
『そのためには、裏庭の殺人犯を断定しなければな。予想はついているんだ。あとはいくつかの事実確認だけだ』
ハシェドはおどろいて、ワレスを——小さいけれど、刻みこんだように美しいそのおもてをのぞきこんだ。
「ほんとに隊長は、かけがえのない人ですね」
そっと、その肩に指をのせる。ワレスは両手で包みこむようにして、ハシェドの指をなでた。羽毛のような感触が何度もなでていくのは、くすぐったくも切ない。
(今ここに誰もいなければ、言うのに。あなたを愛していますと)
どんな姿をしていても、あなただけが特別な人だと。
でも、現実はそうはいかない。ロンドが指をくわえてギャアギャア言いだす。
「ハシェドさんばっかりズルイです。わたくしにもナデナデしてくださーい。ていうか、召喚獣にしたい! もう一生、そのままでいてェー!」
しかたなく、ハシェドはワレスの肩にかけた指を離した。
獲物を狙う鷹の目で、ロンドがワレスに両手をかざそうとするので、その手が赤くなるほど、司書長がたたく。かるがると見えたが、音はスゴイ。
「ロンド。何度言えばわかるのです。魔術師の道をふみはずしますよ」
「す……すみません」
「ワレスさん。あなたを一人で封印内部に行かせるのは危険すぎます。ふみこむ前に、再度、話しましょう。わたくしたちはそのための魔法の特訓をいたします」
何かを悟ったらしく、ロンドが急に青くなる。
「え? 誰の?」
「あなた以外の誰がいるのですか。行きますよ。ロンド」
「あーれー」
ロンドは司書長にひきずられていった。
『ロンドの助けなんていらないんだが。静かになってくれたのは嬉しい』
それを契機に、アトラーも告げる。
「私もガロー男爵に報告へ帰ろう。捕物には私も手を貸す。必ず声をかけてくれ。閣下はこのお姿では、すぐにお帰りいただくのはムリがある。今、あちらには偽者もいるしな。あれがどうにかなるまで、こちらで閣下をお守りしてもらいたい」
『それは任せてくれ。偽者に見つかれば、片手でにぎりつぶされて終わりだ』
アトラーが出ていったので、室内には小さい二人と、ワレスの部下だけになった。待っていたように、ワレスが言いだす。
『おれの頼みを聞いてほしい』
「なんでも命じてください」
ワレスが手招きする。ハシェドたち三人は頭を卓上によせた。
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