十七章

十七章1



「う……嘘ですよね? なんで、こんな……」


 ハシェドはめまいを感じた。いったん、まぶたをきつく閉ざす。目をあけてみたら、そこにはいつもどおりのワレスが立っている——そう信じて。

 しかし、もう一度、見ても、そこにあったのは、やはり同じもの。


 ロンドがウルサくさわいでいる。


「うわぁっ。きゃああっ。可愛い! 可愛いっ!」

『わめくな。鼓膜がやぶれる……』という口調は、ワレスそのものだが……。


「ああっ、もう、可愛いです! わたくしの一番可愛い召喚獣の小天使ちゃんより可愛いです。お人形みたいー! ほらほら、じっとして。じゃないと、つぶれてしまいますよぉ?」


 ロンドが親指と人差し指二本で、かるがると


「ほーら。こんなに


 嘘だと思いたい。

 なんと、ワレスは小指にも満たない小人になってしまっていた。


「……わぁっ! 隊長? う、嘘だ。こんなの悪夢だ! きっとそうだ」

『だから、わめかないでくれ。耳が痛い』


 蚊のなくような声で言い、小さな小さなワレスは両手で耳をふさぐ。おかげでハシェドは、これが夢ではなく、そっくりに作ったワレスの人形でもないことを知った。ちゃんと、生きて動いている。


「なんでですか? なんで……こんなことに?」


 ハシェドは涙が出そうになった。その涙一粒で、今のワレスなら溺れてしまうだろう。


『おれだって、なぜ、こんなことになったのか知りたい。やっとの思いであの場所をぬけだしたと思ったら、外にいたのは、とてつもない巨人……それも、よく見たら、みんな、おれの部下だ。気が狂いそうだよ』


 苦悩しているようすは、恐ろしく精巧なカラクリ人形みたいで、申しわけないが、たしかに可愛い。ハシェドは安堵と愛しさと混乱と、説明のつかない感情がめまぐるしく湧いてはまざりあう、複雑な気分を味わった。


「生きていてくれたのは、すごく嬉しいですけど……どうしたらいいんですか? ねえ、司書長。隊長はすぐもとに戻るんですよね?」


 司書長は何やら思案中だ。ハシェドの問いにも慎重に答える。


「とにかく、まずはくわしい話を聞かなければなりませんね。ここではまわりが、にぎやかすぎます。場所を移しましょう」


 司書長が足をふみだそうとすると、ロンドの手のひらに乗せられたワレスが悲鳴をあげる。


『やめろ! 伯爵をふみ殺す気か!』


 司書長は笑った。

「小さすぎて、どなたかわからなかったのですが、伯爵でしたか。それは丁重にあつかわなければなりませんね」


 そう言って、草むらから、ワレスと似た小粒サイズの人間をひろいあげる。ハシェドはわからなかったが、司書長には見えていたらしい。


「伯爵? でも、伯爵はすでに見つかっているじゃないですか。どうして、ここに?」


 数刻前の不愉快な謁見えっけんを思いだして、ハシェドは顔をしかめた。


『おれがここまで運んできたんだよ』


 いよいよ、わけがわからない。詰問しようとするハシェドを、司書長がとどめる。


「小隊長はお疲れです。ひとまず場所を移し、話はそれからにしましょう」

『そうさせてくれ。おれはちょっと寝るからな』


 ロンドの手のひらで、ころんとよこになる。

 いろいろと聞きたいが、捜索を打ちきり、ハシェドは東の内塔へ帰ることにした。ワレスの身を案じるホルズたちを言いくるめるのは生半ではなかった。が、まさか隊長は小人になって帰ってきたとも言えない。ほかの隊が見つけたもののケガをしていると言ってごまかした。


「司書長。アトラー隊長には事実を告げてもかまいませんか? 彼は隊長を探すために尽力してくださったので」


 それに、豆伯爵のことがある。いきなり、ガロー男爵に見せるよりは、アトラーに相談したほうがいいと思った。


 というわけで、東の内塔自室に一行は移動した。

 ハシェド、ロンド、ダグラム、アトラー。それに、勘のいいクルウは異変を察してついてきたので、小さい二人をよせて七人。部屋にはエルマが寝ていたが、彼女も起きだしてきて、総勢八人だ。

 小さな二人を卓上に置いて、巨人たちでグルリと円卓をかこむ。ただし、ミニサイズの伯爵は眠っているのか、ずっと身動きもしない。


「伯爵閣下は大事ないのか? いや、第一に、なぜ小さいのだ。お部屋にいらっしゃる閣下はどうなるのだ?」


 小人になってしまった主君を前に、アトラーはパニックを起こしそうだ。司書長の冷静なひとことが抑える。


「それを解き明かすために、ワレス小隊長の話を聞くのです。小隊長、話していただけますか?」


 ワレスはすでに起きている。裏庭で寝ると言ってから、部屋に帰るまで、ほんの十数分しか経過していないが、一晩ぐっすり眠ったような顔をして、ワレスは元気をとりもどしていた。


『伯爵について言えば、眠っているだけのようだ。おれが見つけたときには、すでにこうだった。魔法でもかけられているのかもしれない』


 ハシェドは司書長の顔をうかがう。


「やっぱり、魔法なんですね?」

『違っていてくれたらいいと思っていたんだがな』


 そう前置きして、ワレスは昨夜の出来事を詳細に話す。二人で調査中ユージイが倒れ、人影を追っていったこと。スノウンの魔法の罠に落ちたこと。暗闇で気がつき、スノウンに助けられたこと。


『スノウンは司書長によろしくと言っていたな。謝っていたと伝えてくれと』

「そうですか……」


 司書長は一瞬おもてを暗くした。が、じきに気をとりなおす。


「どうぞ、続けてください」

『ああ。それで、おれは闇のなかを歩きだした。天然の洞窟みたいな場所だった。手ざわりが岩にしては妙に優しい気はしたが。少なくとも人工物ではなかった。地下水のような湿りけもあったしな。さまよううちに、いくつかのくぼみが部屋になったところがあった。誰かが倒れていたので近よってみると、それは伯爵だった。起こそうとしたが起きなかった。魔法で眠らされているんだろう? 司書長、こっちが本物の伯爵だよな?』


 ハシェドはワレスの言葉にハッとした。

 愚鈍この上ないもう一人の伯爵。あの愚かしさは軽蔑どころか、万死に値する。しかし、あれがほんとの伯爵でないとしたら……。


「そうか! それで閣下のお人柄が、あんなに変わってしまったのか!」


 叫ぶアトラーを、ワレスは両耳をふさいで迷惑げに見あげる。だが、細部まで緻密に仕上がった人形のようなおもてには、微笑がふくまれていた。

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