十六章4
*
夜が明けても、ハシェドたちはワレスを探していた。
時間がたつにつれ、焦燥もつのるが希望も増してくる。死体が発見されない。それはつまり、ワレスが生きているという証だ。裏庭で起こる事件のもう一つのパターン。襲われても数日以上、生かされている失踪のほう。どうも、ワレスはこちらのようである。
「第一分隊、第二分隊は帰って休憩。かわりに第三、第四分隊をこっちによこしてくれ。第五分隊はいつでも動けるように準備を整えておけと伝令——」
ハシェドが寝不足の頭をけんめいに働かせて指揮をとっていたときだ。とつぜん、灰色の物体が突進してきた。ハシェドは悲鳴をあげる。
「ハシェドさぁーん」
「ロロロ、ロ、ロンド……」
「あーん。ほんと言うとね。ハシェドさんが一番、わたくしのオスカーに似てるの。ですから、今までは遠慮していたんですけどぉ。苦悩の表情がたまりませんわぁ」
「ちょ——離れ……わっ、吸盤!」
「吸盤なんてございませんよ。失礼な」
「さむ、さむ、寒気……」
ひきはなすのに四苦八苦していると、もう一つ声がした。
「ロンド。そんなことをしている場合ではありません」
キリッとした声は、少女のような姿のダグラムだ。その声で、コロリとロンドは離れる。
「あっ、司書長。だって、つい、美味しそうだったんですもの」
「いくら体質とはいえ、そんなことばかりしていると、あなたも魔術師の道をふみはずしますよ」
「ひいっ。それはイヤ!」
ともかく、ハシェドは助かった。
「司書長。どうかしたんですか? ああ、そうか。裏庭での司書の仕事なんですね」
だが、そうではなかった。
司書長の表情にとぼしいおもてが、ほのかに悲しみの色を帯びる。
「ワレス小隊長がいなくなったそうですね」
「今、探しているんですが……力を貸してくださるのですか?」
「どうやら、それを起こしたのが、スノウンらしいのです」
「えっ? スノウンって、事件解決のために、隊長に協力してた?」
「そのスノウンです。彼は昨夜、わたくしに嘘をつきました。ワレス小隊長に頼まれて裏庭に行く、と。しかし、ロンドによれば、そんな話はなかったそうですね」
ハシェドは昨夜のワレスたちの打ちあわせを聞いていた。ロンドが正しいと知っている。
「昨夜は魔法使いとは協力していません。前にスノウンにやられた魔法が、隊長は不快だったみたいなので」
何よりも、ロンドを入れるとウルサイからだろう。それを言うと、またあの吸盤を食らうかもしれないので、ハシェドは黙っておく。
「そうですか。あの魔法の波動は、てっきり調査のためだろうと、わたしは思っていました。しかし、そうではなかった」
「魔術?」
「昨夜、この場所で魔法が使われたのです。時刻からいっても、ちょうど、ワレス小隊長が襲われたころ。それに、あの感じは……スノウンの得意な冷気の魔法です」
少女めいたダグラムのおもてが、一瞬、泣きそうに見えたので、ハシェドはビックリした。これまで、司書長はつねに冷静沈着だった。
「司書長?」
問うと、かすかに笑う。
「これも定めです。スノウンは自分自身に負けました。彼は魔法を悪用し、ワレス小隊長をいずこへかつれさった」
「でも、ワレス隊長の考えでは、今回の事件は人間が起こしていると。怪しいのは庭師のはずなんです。魔法なんて、隊長はひとことも」
「ワレスさんは気づいていましたよ。彼が残した思念を読みながら、ここまで来ました。魔法が関係していなければいいと、彼は案じていたようです」
「それじゃ、これまでの事件の犯人は、スノウンなんですか?」
「裏庭でスノウンの魔法の波動を感じたのは、昨日の一度だけです。だからこそ、ワレスさんもスノウンには油断したのでしょう」
「そんな……スノウンじゃないなら、なんで隊長を襲ったんです? わけがわからない」
ハシェドは途方にくれた。
ワレスのやりかたは情報収集と分析。でも、やりかたはわかっても、同じことは誰にもマネできない。ワレスでなければ。
「隊長。どうしたら、あなたを見つけることができるんですか?」
ハシェドが困りはて、近くの木によりかかろうとしたときだ。どこかで、声がした。
『ハシェド。おれは、ここだよ』
「え?」
あれ? 今、隊長の声が聞こえたような?
見渡すが、姿は見えない。
ロンドや司書長が歩みよってくる。
「どうしました? ハシェドさん」
と、どこからともなく、ガラス片の割れるような甲高い音が聞こえた。
『来るな! ふみ殺される!』
間違いない。やはり、ワレスの声だ。
「……おれ、心配のあまり、幻聴が聞こえるようになったかな? 隊長の声がする」
司書長が断言した。
「幻聴ではありません。わたしにも聞こえました」
「わたくしもですね」と、ロンドも言う。
ハシェドはけんめいに周囲を見まわした。すると、なんとなくなさけないような、ワレスの声。
『ここだよ。ハシェド。おまえの足元だ』
「……?」
足元を見たハシェドは、今度こそ自分の正気を疑った。
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