十六章

十六章1



「ワレス小隊長が行方不明?」


 東の内塔の自室。

 ハシェドがその知らせを受けたのは、ワレスが消えてから二刻以上もたってからだ。エルマとユージイが報告に帰ってきた。


「すまない。おれがもっとしっかりしてりゃ……でも、なんか、わけわかんねぇうちに気絶しちまって、気づいたら、もう……」


 ユージイはかなり混乱している。


「どういうことなんだ? ちゃんと説明してくれ」

「隊長と二人で、ユーグの小屋を調べて、そこはなんにもなかったんだ。次へ行こうとドアをあけたとたんだよ。急に背筋が寒くなって、ふうっとさ。意識がこう吸いこまれるみたいになって……それで、気がついたら、隊長はいなくなってた」

「エラードが正規隊の見張りに言って、探させてるわ!」


 エルマが叫ぶと、ユージイがビックリ顔で彼女を見る。


「させてるわって……あんた、女か」

「だからっ? こんなときに、つべこべ言わないで!」

「くうっ。いかすぅ。おれ、前からワレス隊長のゆいいつの欠点は男だってとこだと思ってたんだ。断然、あんたに夢中だよ」


 真っ赤になるユージイを見て、ハシェドは苦笑した。自分も人のことは言えない。しかし、今はそんな場合ではなかった。


「ワレス隊長のことは正規隊が探しているんだな?」

「でも、人数が削減されたばかりで、はかどらないぜ。むこうの分隊長が、マニウス小隊長に報告に戻ってたから、そろそろ応援が行ってるかもしれないが」

「よし。第一分隊と第二分隊を起こして、裏庭に行かせる。ユージイ、おまえは中隊長に報告を」

「了解」


「エル——いや、エンハート、君は室内待機」

「ええッ、なんでよ。エンハートがいたのよ。この目で見たの。消えてしまったけど……こんな状態で一人さびしく部屋で待つなんてできないわ」

「まだ三日めでしょう? おとなしくしていてください」

「夜が明けたら四日よ。たしかに、そろそろ、あて布は変えたいけど」

「エルマ。余裕がないんだ。君の身まで守れない」


 言うと、エルマはおとなしくなった。


「ごめんなさい。部屋には鍵をかけておきます」


 きつく言いすぎたかもしれないが、時間にも心にもゆとりがなかった。


 信じられない。ワレスが行方不明。それは、ワレスが殺人犯の手にかかったということなのか?


 ワレスはこれまで何度も、魔物に襲われた。だが、そのたびに彼自身の機転と剣で危機を切りぬけてきた。だから、ワレスだけはあたりまえの兵士のように、かんたんに殺されることなどないと、心のどこかで思っていた。ただの人間の人殺しなんかに殺される彼ではないと……。


 ハシェドの脳裏に、その瞬間、グチャグチャのタオの死体がよぎった。

 まさか、ワレスも、すでに……。


(違う! そんなこと)


 煮湯を飲まされたような胃の痛みを、ハシェドはふりはらう。


(しっかりしろ。今は一刻も早く、隊長を救うことだけ考えるんだ)


 大急ぎで、第一、第二分隊を集める。第二分隊のガース隊長に小隊長代理として告げる。


「ワレス隊長が裏庭で消息不明だ。係の正規兵だけでは捜索が困難らしい。早急に裏庭にむかい、彼らに手を貸してくれ。裏庭ではマニウス小隊長か、その下の分隊長にしたがってくれ。おれは、この件をコーマ伯爵に知らせに行く。報告しだい、裏庭にむかうから、それまで頼む」


 ガースもあごひげをボリボリかきつつ、急速に顔色をなくした。


「小隊長でもそんなことになるのか。裏庭って、あれだろ? 夏になると人が消えるって」


 ガースはまだ裏庭の事件が人の手による連続殺人だとは知らない。そのぶん、自分より気が楽だと、ハシェドは思った。


 祈るような思いでガースたちを送りだし、ハシェドは本丸へ急いだ。ほんとは今すぐ、裏庭へ行きたい。でも、裏庭の事件はガロー男爵の命令で、ワレスが調べていたことだ。報告を入れたほうがいいと判断したからだ。


 だが、本丸五階の階段入口まで来ると、分隊長の青いマントをつけていても、外貌がブラゴール人のハシェドでは、近衛隊の衛兵が通してくれなかった。


「頼む。急いでるんだ。ワレス隊長の命にかかわる」


 ワレスの名を出すと、仲間同士でヒソヒソ耳打ちしだす。それでも、ハシェドのことを信用する気にはなれないらしかった。


(こんなとき隊長なら、すぐに通してもらえるのに)


 ワレスのとなりにならぶとき、自分の肌の色を思うと、いつも、じゃっかんのためらいを感じる。でもそんなことなんの意味もないのだとわかった。誰もハシェドのことなど見ていないのだ。終始、ワレスのあとについて歩いていても、ワレスがいなければ、誰もハシェドをおぼえていない。みんなが見ているのは、ワレス。彼の美貌だけだ。


 ハシェドが歯がみしていると、近くの扉がひらき、アトラー隊長が顔を出した。

 こんなときに困った相手が出てきたなと、内心、ハシェドは思った。以前、言い争ったアトラーが、ワレスの危機に手を貸してくれるとは思えない。


「何をさわいでいる」


 言いつつ、アトラーはハシェドを見て、むっと声をもらす。意外にもハシェドをおぼえていたのだ。

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