十三章
十三章1
翌日。
ワレスたちの部屋。
「あいつはバカだ。ウィーバリー大隊長に負けず劣らず大バカだぞ。おれはもう、あんなヤツのために命を張るのがバカらしくなった」と、バカの三連発で、ワレスは悪態をついていた。
「まあまあ。隊長。ぶじに解決したからいいじゃないですか。伯爵のバラバラ死体が見つかってたら、それどころじゃなかったですよ」
「それはそうだが……」
解決したのは伯爵の行方だけだ。裏庭の事件が終わったわけじゃない。
「あのままでは、きっとまた裏庭で殺人が起こる。しばらくはおとなしくしているかもしれないがな」
「というと、やっぱり、隊長はユーグが犯人じゃないと思っているんですか?」
「自分の部屋から証拠品が出たと聞いたときの、あいつの驚愕は本物だった。そんなものがあるとは、あいつ自身、知らなかったんだ。おかしいじゃないか」
「誰かが、ユーグに罪を着せようとしたと?」
「そう考えるのが妥当だろう。おれがユーグを探していることは、何人かの庭師が承知していた。ユーグの住処を調べるかもしれないとは予測できた。だから、さきまわりして証拠の品を置いたんだ」
「誰ですか? それ」
「少なくとも、ヘンルーダとリチェルは、おれがユーグを呼びだすことを知っていた。それに、ミモザとアイリスも、おれたちが札をかけに行くとき、気づいたかもしれないな。やつら遠くでふりかえって、こっちを見てたからな」
「そうでしたか」
「彼らが別の誰かに話した可能性もある。ああ、それに、ショーンもおれたちが札を持って歩いているのを見てたはずだ。薬草園は第三区画ゲートへのルートにある。まよこを通った」
「けっこういますね。マグノリアはあの調子だから、見てたかどうかはわからないですけど」
マグノリアについては、アイリスが変なことを言っていた。夜中に出歩いてるとかなんとか。
ワレスは我慢できなくなって、うなり声をあげた。
「ああ、もう! これからだってのに、なんで、おれは事件に手出しできないんだ。クソッ、あの能なし! 何が『おって褒美をとらせる』だ。こんな中途半端な気持ちで金一封もらって、誰が嬉しいか!」
わめきたてるワレスの声に、笑い声がかぶさる。ワレスたちの室内には、ロープをさげて予備のシーツでかこった即席のカーテンをひいた一画がある。エルマのために急きょとった措置だ。そのカーテンのむこうで笑い声はした。
「隊長さんでも、そんなふうに感情的になることがあるのね」
ワレスはふりかえり、カーテンのむこうに答える。
「おれはどちらかといえば、気性は激しいほうだ」
すかさず、ハシェドが口をはさむ。
「どちらかといえば、なんて生ぬるいものじゃないですよ。隊長はかなり激昂型です。ふだんの冷静なところしか見てないと、急にだからビックリしますけどね」
ワレスは肩をすくめた。クルウも微笑で、こちらを見ている。
「そうなのよね。あなたはとても強い人。どんな力にも屈しない。キレイなダイヤモンドみたい。なのに、なぜかしら? あなたを初めて見たとき、わたし、エンハートを思いだしたのよ。容姿は似ていないのに、不思議だわ」
それで、ワレスも思いだす。
「そういえば、ダルネスもそんなことを言っていたな。外見も性格も違うのに、どことなく似ていると」
「ダルネスって誰? エンハートを知っているの?」
シーツとシーツのあいだから、エルマが首だけ出して、ワレスを見あげてくる。目つきからして可愛いなと思いつつ、ワレスは彼女にとって残酷な報告をしなければならなかった。
「エンハートが所属していた隊の上官だ。あなたに渡したエンハートの荷物は、ダルネスがとっておいてくれたものだ。それで、おれは、あなたに言っておかなければならない」
エルマは長いまつげをふせた。
「よくない知らせね」
「エンハートは一年前から行方不明だ。正確には去年の地の月から。砦に来て一ヶ月後に、ふらりと姿を消したまま帰ってこない」
「わたしのもとに手紙が来なくなった時期ね」
「去年の地の月ごろというと、前庭の事件があったころだから、魔物に襲われて……ということも」
ワレスは断言をさけたが、一年も隊に帰ってこないなら、それはもう死んでいる。エルマは涙ぐんだ。
「そう」
「しかし、まだ調べてはみるつもりだ。もう少しハッキリしたことがわかるまで」
「ありがとう」
ワレスはクルウに目くばせを送った。昨日、クルウが文書室で調べていたことの結果を聞くためだ。あとはもうエンハートがどこでどうやって死んだかの確認だと、ワレスは思っていた。明確になるまではエルマには告げないつもりだったので、二人で部屋を出る。
廊下に出たワレスは、声の反響を考慮して、むかいの物置に入った。使われていない寝台や布団の予備、武器防具が置かれている。鍵はワレスの管理だが、誰もが使うので、あけはなしにしてある。
「エラードのリストはどうなった?」
「そのことで、気になる事実があります」
クルウはリストを手渡しながら、一ヶ所をさした。
「一年半前に入営したエラードという兵士がいるのです。所属は第一大隊。第四中隊の第四小隊……つまり、昼の裏庭警護の隊です」
クルウの言わんとする意味はわかる。彼の顔色が少し青いわけも。
ワレスはうなずいた。
「もし、エンハートが昼間、任務中のエラードに会いに行ったのだとしたら」
「エンハートは殺人鬼のうろつく裏庭に入ったことになります」
「独特の魅力があったらしいからな。見張りも彼の頼みなら、つい許可証なしで入れてしまったかもしれない。そのとき襲われて、エンハートは……」
「エンハートが裏庭をおとずれた日付が、姿を消したころと合致すれば、間違いないでしょう」
ワレスは考えた。エルマには悪いが、もう一度、裏庭を調べにいく、よい口実になる。
「その件、おれが調べる。人目につくとマズイ。いちおう、伯爵の命令があるからな。一人で行くよ」
「承知しました」
ワレスは一人になって階段をおりた。
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