十三章2
ワレスとクルウが部屋から出ていったあと、しばらく、ハシェドは考えごとをしていた。さっきのエルマの言葉が、ハシェドにはひっかかっていたのだ。
——あなたはとても強い人だわ。誰にも屈しないダイヤモンドみたい。
そうだろうか?
ハシェドから見ると、ワレスはいつも不安定で、あぶなっかしい。
(いや、でも、そうなんだよな。おれがケンカして一人にさせてしまったときも、地下牢に入れられてたときも、けっきょく、おれの助けなしで、あの人は事件を片づけてしまった。なみの人間なら、とっくにあきらめてしまう状況でも、絶対に途中でなげだしたりしない。そういう意味では不屈の人だ。なのに、なんで、おれはあの人を弱いと思ってしまうんだろう?)
以前、とても傷ついている姿を見てしまったからだろうか?
ブランディたちと反目していたころのワレスは、ほんとに孤独で、誰にも、ハシェドにも心をゆるしてはいなかった。手負いの獣のように人なれず、誰に対しても敵意むきだしで、気の休まる瞬間なんて片時もなかっただろう。
あのころの傷つきながら必死に戦う姿が印象深かったからだろうか。
でも、今でも、ワレスはときどき、ふいに壊れそうに見える瞬間がある。とつぜん激して感情を抑えられなくなったり、気分が百八十度変わったり、ハシェドに対してキスしたり、抱きしめたり、かと思えばつきはなしたり……理解不能な行動をとる。といって、ワレスの精神が病んでいるとは思えない。
(やっぱり、あのせいだ。どんなに熟考しても、そうとしか考えられない。隊長がアンバランスなのは、あれが原因だ)
前に少しだけ、ワレス自身が言っていた。
——おれには事情があって、本気で人を愛するわけにはいかないんだ。
ハシェドはそれを、過去に大失恋したから、新しい恋にふみだせないと理解していたが、どうも違う。ほんとに何かわけがある。そんな気がする。
そのわけがワレスを苦しめるので、ときどき、彼をあんなふうにかりたてるのだ。安定から不安定へ。静から動へ。安寧から不穏へ。解放から隠匿へ。自由から束縛へ。彼の心を縛る秘密がなんなのか、それはわからないが。
(たぶん、おれは、あの人のそこに惹かれている。誰もが認める強い精神力を持つあなたが、心乱す瞬間に)
話してくれるまで待とうと決心はしたが、正直、いつまで抑制できるのか、自信がなかった。
ワレスのあの一瞬を見ると、どうしても抱きしめたくなってしまう。どんな秘密でもおどろかないから打ち明けてほしいと、迫ってしまいそうになる。
でも、これはハシェドの勘だが、ハシェドが迫れば、ワレスは逃げていく。
以前、ジェイムズに逃げられたから砦に来たと、ワレスは言ったが、そうではないだろう。逃げたのは、おそらく、ワレスのほうだ。
ジェイムズがどんな男か、ハシェドは知らない。が、自分に似たタイプではないかと思う。ああいうアンバランスな一面をかかえた友人をほっとくことができないで、何年もそばにいた男だ。その点だけでも似ている。
ハシェドだって、ワレスに会うまでは同性に色気を感じたことはなかったし、今でも、ワレス以外の相手には、たとえ少女みたいなエミールでも欲情するなんてありえない。それでも、ワレスのことは愛してしまった。
ハシェドに似たタイプのジェイムズが、ワレスを拒絶したのは、ほんとに同性の友人と関係した良心の呵責からだろうか? むしろ、ワレスに惹かれていたからではないだろうか? 許嫁もいたというし、ぬきさしならなくなるのが怖かったからではないかと、ハシェドは思う。
ワレスだってわかっていたはずだ。彼が本気で追ったなら、ジェイムズは彼の手に堕ちたはずだと。
(でも、追わなかった。わけがあるからだ)
ハシェドが秘密の共有を迫ったら、ワレスは逃げていく。ある朝、目ざめたら、ワレスのベッドはもぬけのカラだった……ということになりそうな気がする。
それが怖いから、現状に甘んじているだけだ。
(砦から逃げたら、今度はどこへ行くんだ? 子どものときからずっと放浪して、もう、どこにも行き場はないんじゃないのか? ねえ、隊長。いくらあなたでも、まさか魔の森にまで逃げだしはしないだろうけど)
でも、ワレスの場合、そんな常人には考えられないこともやってしまいそうで、怖い。
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