十二章4
ユーグの尋問をアトラーに任せ、ワレスは地下からあがった。そこでロンドと別れ、遅い夕食をとるために食堂へむかう。
時刻はおよそ闇の四刻半。
すでに城内は夜の態勢だ。食堂もしめられている。室内の明かりは消され、やずかに照らすのは廊下からの松明ばかりだ。昼間がにぎやかなだけに閑散としていた。
しょうがないので裏へまわり、給仕係の少年たちの宿舎の一つに入る。カナリーの部屋だ。
少年たちは全員が個室を持っているわけではない。古株や売れっ子の何人かだけ、せまい物置みたいな部屋があたえられている。そのほかは夜ごとの客と
エミールには部屋がないから、探すのが困難だ。だから、カナリーを頼ったのだが。
(ロープか。そういえば、今日、変なものを見たな。あれは、ぶつけたというより……)
考えごとをしていたので、つい、ノックもしないで入ってしまった。が、当然、カナリーは夜の仕事のまっさいちゅうだ。可愛い小鳥みたいな容姿で、カナリーは給仕係のなかでも一番人気なのだから、客がついていないわけがない。
「すまん。ほかをあたろう」
客と色っぽい仕事の最中のカナリーに、ワレスはあわててきびすを返そうとした。すると、
「待って……」とは、ワレスに言ったのか、相手の男に言ったのか。
カナリーは恥ずかしげもなく、いつもよりさらに可愛くうるんだ瞳を、ワレスにむける。
「エミールが探してた。すごく血相変えてたけど……」
「エミールが?」
「たぶん、あなたの部屋……」
あとは言葉にならない。
ワレスは退散した。
(では、ついでに食事はエミールに運ばせるか)
ワレスは可愛い男の子ではなく、本物の肉が食べたかったので、急いで内塔の自室へ帰る。今の時間なら、ハシェドたちは見まわりだ。部屋にはエルマだけ。鍵がかかっているだろう。
(その問題が残っていたか)
エンハートに、伯爵に、殺人鬼。人探しで忙しい。
さらに、エルマは二日めだから、夜中も一晩じゅうバタバタして、きっとワレスたちも気持ちよく眠ることはできない。
ワレスが吐息をついて五階に帰ると、エミールが部屋の前にしゃがみこんでいた。
「あっ、隊長! どこ行ってたのさ。部屋に鍵なんかかけちゃって。いつもはあけっぱなしなのに」
エルマはちゃんとワレスの言いつけを守って、部屋の住人以外には居留守を使っていたようだ。
「話は食堂でしないか? エミール」
「そう! おれの用もまさにそれ! たいへんなんだから」
いやに興奮している。さっき食堂をのぞいたときには、別段、異変はなかったが。
「食堂で何かあったのか?」
「食堂じゃないんだよ。ミルスの部屋」
さきほどの食堂裏にひっぱられていく。
ミルスという名におぼえはなかった。が、エミールがあけた扉の内にいた少年の顔には見おぼえがあった。そろそろ骨組みが一人前になりかけていて、顔つきも少年というより若い男だ。
「おお、ワレス小隊長。ひさしいな」
ミルスとともに寝台によこたわった彼を見て、ワレスはあきれて口をきくことができなかった。
「どうした? そのような顔をして。ミルスはほんとに素晴らしい。そなたも来るか?」
少年とふざけている彼を、ワレスは怒鳴りつけた。
「なんだって、あなたがこんなところにいるのです! 私たちがどれほど必死になって探していたと思うのですか——コーマ伯爵閣下!」
それはワレスたちがさんざんその行方を案じていた城主そのものだ。
伯爵はワレスの剣幕にちょっとおどろいたものの、さほど悪いとは思っていないようだ。
「すまぬ。もう帰ろうとは思っていたのだ。そう怒ってくれるな」
この大バカやろうめ。誰が金輪際、近衛隊に入れなんていう誘いを聞くものか。少しはマシな主君だと思っていたのに……。
ワレスはハッキリと失望を感じた。
「謝罪はガロー男爵にしてください。さあ、服を着て、あなたの部屋に帰るのです」
*
「つまり、あれだ。ワレス小隊長が食堂の少年とふざけているのを見て、うらやましくなったんだ。ミルスには一兵士のふりをして、ずっと、あの部屋に。小隊長が食堂の少年を集めて調べていたらしいが、あのとき、私はミルスと内鍵かけて寝ていたので」
ワレスが伯爵を探していると察したエミールが、あちこち調べまわったあげく、今日になってミルスの部屋をのぞきみして見つけたというわけだ。
しかし、この嬉しい知らせは、寝るまも惜しんで捜索を続けていたアトラーや、伯爵がいないあいだの激務を負わされていたガロー男爵には、嬉しいのを通りこして、なさけない気持ちにさせたようだ。
「なんだ、なんだ。みんな、葬式みたいな顔して。ほんとに悪かったと思っている。このようなことは二度とせぬから、ゆるしてくれ」
書類の片づききらない伯爵の居室。豪華な家具。ふかふかの絨毯。美しい花を飾った壁面のコンソールテーブル。銀の燭台。伯爵の権威の象徴であるそれらが、今はとても陳腐に見えた。
もはや、ガロー男爵は怒る気力もないらしく、口調は冷めている。
「もういい。そこにたまった書類は全部、君一人で処理するんだ。私はいっさい手伝わない」
ワレスは男爵の
「私の手落ちです。少年たちの部屋を一つずつ調べておくべきでした」
男爵は首をふった。
「そなたのせいではない。悪いのは自分勝手に姿をくらましたランディだ。気にするな。小隊長」
「アトラー隊長。あなたにも悪いことをした。私が早合点して、裏庭などと言いだしたばかりに」
アトラーはがくぜんとしたまま、誰の問いかけにも答えようとしない。
コーマ伯爵だけが上機嫌だ。
「そうそう。裏庭の事件が解決したのだとか」
しかたなく、ワレスは説明した。そのあとに、
「しかし、まだユーグが犯人だという確証は——」
言いかけるのをさえぎって、伯爵は断言する。
「そなたのやることに間違いなどあるものか」
違う。ユーグは怪しいヤツを総当たりするあいだの囮だ。
だが、ワレスが口をひらこうとすると、伯爵は急に威厳を見せて手をあげる。
「もうよい。証拠も出たというなら、その男が張本人なのだ。ワレス小隊長、アトラーも、明日からは通常任務に戻るがよいぞ。おって、そなたらには褒美をとらせる。裏庭の配備も以前に戻し、二個分隊で充分だ」
なんだか、すっきりしない気分だ。それでも、伯爵の命令とあれば、いたしかたない。
「御意に。閣下」
ワレスはなげやりに頭をさげた。
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