十二章3



「だから、違うと言ってるだろう! なんで、おれが何十人もの兵隊を殺さなけりゃならないんだ。おれは人殺しなんかじゃない!」


 本丸、地下の牢獄。

 冷たい石壁を松明が照らす。よどんだ空気。頑丈な鉄格子の部屋がならんでいる。

 ワレスも以前、ケンカの罰で三日間入れられたことがある。かびくさい匂いのするその場所で、ワレスはアトラー隊長とともに、ユーグを尋問していた。アトラーは呼んだわけではない。話を聞きつけて自らやってきた。


「ではなぜ、さっき、ロンドに切りかかったのか、教えてもらおうか」

「それは……」

「そら見ろ。言えないだろう」


 ハシェドは通常任務に戻らせたが、牢獄にはロンドもいた。いつもの牢番も出入口に立っている。甘味料狂の薄気味悪い牢番だ。

 ユーグはうしろ手に縛り、万一のために牢の前にも見張りの兵士を立てている。万全の警備だ。


「あの、ワレスさま。先輩が拷問専門の刑吏を呼ぼうかっておっしゃってますけど」


 声に出してはもちろん、思念での会話もなかった。なのに、いきなり、ロンドが言いだしたときには、さすがは無気味な者同士、気があうのかと感心した。が、そうではない。魔術師だけに通じる独自の手話のせいだった。


「どうする? アトラー隊長」

「伯爵閣下のお命がかかっているのだ。今すぐ刑吏を呼べ」

「あんなこと言われているぞ。ユーグ」


 ユーグは蒼白になった。


「違う! ほんとに、おれじゃない。おれは……おれは、ただ……」と言って、ワレスやアトラー、ロンドの顔を見まわす。

「おれはただ、あんたたちみたいな、ツラのいい男を見ると、腹が立つんだよ。おれの顔をこんなにしやがったヤツを思いだして……」

「なんだって?」

「くそッ。アイツがおれとお嬢さまの仲に勘づいて、旦那さまに告口を……おれは燃えているを旦那さまになげつけられて、こんな顔に……そのとき、アイツが言いやがったんだ。お嬢さまの許嫁だったアイツ。アイツの性格をお嬢さまは嫌っていた。それで、おれと駆け落ちする約束してた。なのに、アイツは顔を焼かれて苦しむおれを見て、『残念だったな。死ねなくて。その顔じゃ、生きてるほうがツライだろうに』って」


 ワレスはアトラーと顔を見あわせる。


「それで、いい男を見ると、手あたりしだいに襲ってるんじゃないのか?」

「違う! おれはいつも、我慢してたんだ。おれがみんなから逃げてたのは、この顔を見られたくないせいもあるが、それ以上に、ミモザに会いたくないからだ。あいつときたら、まるで大輪の橙王とうおうだ! いつか、あいつを殺してしまいそうで、怖くて、ずっとさけてたんだ……」


 橙王も薔薇の品種だ。オレンジサファイアみたいな色の花が咲く。


「仲間を殺すと自分だとバレるから、無関係の兵士を襲っていたとも考えられるぞ?」

「ほんとに違う! ずっと我慢してたのに、あんたや、あんたや、あんたが——」と、ユーグはワレス、ロンド、アトラーをにらむ。

「ウロチョロするから、つい……」


 ロンドがたずねる。

「じゃあ、なんで、わたくしにだけよけい反応したんです?」

「それは、あんたが、アイツに似てたからだ。背丈とか、体つきとか……」


 ワレスはうなずいた。

「お嬢さまの許嫁か」

「ああ……」


 ロンドはかなりショックを受けている。

「ガーン! わたくしのことが気になってたからじゃなかったのですねぇ」


 ユーグは顔をあげる。

「でも、殺すつもりじゃなかった。ちょっと顔に傷をつけてやるだけで……ほんとに、それだけだったんだよ」

「だがな。おまえ、リヒテルに言いよったことがあるらしいな。ほんとは若い男が好きなんじゃないのか?」


 ユーグの顔が少し赤くなる。

「リヒテルは……お嬢さまに、ちょっと似てるんだよ。こぼれそうな大きな黒い目とか、栗色の髪とか。別に男が好きなわけじゃない」


 ワレスは嘆息した。


(どうも嘘をついてるように見えない)


 彼はハズレだったかなと考えているところへ、地下牢の廊下を走ってくる足音があった。近衛隊の兵士が鉄格子の外から声をはりあげてくる。


「アトラー隊長! たいへんです。その男のねぐらから、こんなものが!」


 ユーグが宿舎がわりに使っている用具置場の小屋だ。近衛隊に調べさせていたのだが、兵士が持ってきたのは、大きな三又の農具だ。血痕が付着している。


「寝室には、ほかに犠牲者を縛っていたらしきロープや、血のついた衣服もありました!」

「決定だな。この男が犯人だ」と、アトラーは決めつける。


「そんな、バカな……」


 ぼうぜんとつぶやくユーグを、ワレスは見つめた。

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