十一章3
第二区画を道なりに歩いていくが、ミモザもユーグも見つからない。第三区画に入ったところで、花壇の花を植えかえちゅうの庭師二人に出会った。ショーンとマグノリアだ。そばには灰色の制服の司書もいる。
「これから花の見ごろなのに、植えかえるのか?」
ワレスが近よってたずねると、ショーンがふりかえり、生真面目な顔で答える。
「ここは薬草園ですからね。花を楽しむためではなく、薬にするために育てているのです。この薬草は球根を収穫するので、花は必要ありません」
「なるほど」
「黄水晶ですね」
ワレスの手にした薔薇をさす。
「おれが勝手にむしったわけじゃないぞ。リヒテルがくれたんだ」
「わかりますよ。丈が短いから、剪定したものですね。切花の薔薇は水あげが悪いので、こまめに花瓶の水をかえてください。一日一回。そのとき、切口を水につけたまま、少し切ると、よけいに長持ちしますよ」
「ありがとう」
ショーンの年齢は三十歳くらい。ワレスとたいして違わないが、実利的なら口調のせいか、だいぶ年上に思える。庭師というより、商家の番頭みたいだ。花を人間の女のように語るリヒテルやユリシスとは、タイプが異なるらしく見えた。
「あんたの忠告は実際的だな。リヒテルは毎日、キレイだと褒めてやれと言ったぞ」
ショーンは笑う。
「たしかに声かけの効果はありますよ。でも素人には、とくにあなたのような職業軍人には、花のあつかいは不なれでしょうから」
「あんたは論理派か。それで、ミモザとあわなかったのか?」
「なんのことでしょう?」
しらばっくれているのかどうかわからないが、ショーンは本心おどろいているようだ。
「違うのか? 四年前、ミモザとケンカ別れしたという話だが」
「あれはケンカなんかじゃありません。私とミモザでは花の育成方針にズレがあっただけです。ミモザはね。ゆとりのある仕事がしたいというのですよ。毎日、スケジュールに追われて、仕事づけにはなりたくないそうです。私は収穫時期を計算し、早めに予定を組んで、花壇のあきをなくしたい。そこの考えの違いですな」
「裏返せば、あんたは仕事に追われたい。庭師の仕事はそんなに楽しいか?」
ショーンは苦笑する。
「私もミモザも花は好きですから、仕事は楽しいですよ。ですが、薬草はたくさん育てれば、それだけ収入になりますから」
「薬草が? 砦の治療室で使うだけだろう?」
「もちろん、そのために作っています。しかし、備蓄が充分なら、余剰ぶんは売ることができます」
「つまり、庭師の内職か」
「内職と言いますかね。庭師の給料は歩合制なんですよ。出来高に応じて収入があがるんです。魔の森にはめずらしい植物が多く、ここでしか育たないため、
どうやら、ショーンは金儲けが好きらしい。
「好きな仕事をして金が儲かるわけか。それは嬉しいな」
「私の夢は三十五までに資金を貯めて、国内に自分の店を持つことです」
「当然、花屋だよな?」
「花屋というよりは造園業ですね。ここで得た知識や技術をいかしたい」
「立派な目標があるんだな」
「ミモザにはそれがないのです。彼は一生、ここで暮らしていたいみたいなので、のんびりできたほうがいいんでしょう。第二区画でも、樹液を採取したり、樹皮につく苔が香水の材料になる木を増やしたり、工夫をすれば、かなりの利益が見込まれるんですがねぇ。特定の木にだけ生える高級キノコとか。ミモザはそういうことに無頓着です」
「砦で金を持ってたって、たいして使い道もない。あんたのように目的がなければ、宝の持ちぐされだ。それで話しあって、区画を移動したのか? よかったな。あんたは好きなだけ金儲けができる」
ショーンは思案顔になった。
「小隊長。こんなこと、今回の事件にはなんの関係もないと思うんですがね。薬草の備蓄が消えるんですよ。治療室や保管庫に送る前に、乾燥処理のために第三区画に置いたものがあるんですが。そこから誰かが、こっこり持ちだしているようなんです」
少量なら、犯人が犠牲者を眠らせるときなどに使っているとも考えられる。が、聞くと、けっこうな量だ。
「ひと箱まるまる持っていかれることもあります。物置に鍵はかけてあるんですが……」
聞きながら、かたわらで花壇の植えかえに余念がないもう一人の庭師を見た。ワレスほどには手入れのよくない金髪。日に焼けてバサバサだ。
「マグノリアか。彼は信用がなるのか? 彼なら鍵を持っているんだろう?」
「マグノリアには渡していません。信用してないわけではないんです。マグノリアはね。かわいそうに病気なんですよ」
ショーンは自分の頭を指でさす。
「生まれつきではないみたいです。彼が砦に来たときの持ちものには、難しい本もありましたからね。よほど怖いめにあったんじゃないかと思います。こっちの言うことは理解してるみたいなので、仕事にはさしつかえないんですが、話しかけても答えてくれませんよ。よく物をなくしたり、つまずいたり、ぶつけたりして、青アザが絶えません」
たしかに、ワレスが彼のおもてをのぞきこんでも、どこかぼんやりしている。日焼けした肌にそばかすがあって、その表情はあどけなくさえ見えた。
「ほかに鍵を持っているのは?」
「庭師長と、司書にも一つ。しかし、司書があそこに立ち入るのは、薬草ができあがって、司書室へ移すときだけです。いつも小柄な司書長がお供をつれてきて、運ばせています」
「司書長なら間違いないな。あの人は私利私欲とは無縁だ」
「私も以前は鍵を部屋に放置していましたが、今では肌身離さず持ち歩いているのです。が……」
効果はないということか。
「放置していた当時なら、かたどりすることはできただろうか?」
「それはできたでしょう」
「では、人物の特定は難しいな。庭師なら誰でも可能だし、ことによると、見まわりの兵士でもできるかもしれない」
変死事件には無関係だろう。薬草は売れば金になるというのだ。ただの横領事件に違いない。
「ほかに奇妙なことはないか?」
ショーンは首をふった。
ワレスは第三区画をあとにして、温室へむかう。
「どう思う? ハシェド。ショーンは信用できるだろうか?」
「まじめな人ですね」
「一見したところはな。が、じつは強欲で、ミモザはそれに嫌気がさした。横領は自分がしているものの、あとでおれに知られると疑われるので、あえて自ら告白した。マグノリアのアザは彼の虐待によるものである」
「うわぁ。やな人物ですね」
「そんなふうにも考えられるという一つの可能性だ。彼は計算高い男だから、とっさに機転をきかすことはできる」
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