十一章2
話がアイリスにおよんだので、便乗してみる。
「アイリスって、どんな性格だ?」
「すごく、おとなしいです。そういう点では、リチェルさんとか、ユリシスさんと似てるかな。わざと目立たないようにしてる感じ。僕は宿舎がアイリスとクロードと三人で共同なんですが、アイリスは不眠症なんですよ。それで夜中に一人で散歩に行くみたいなんですよね。たまに目がさめると、いないときがある」
え——?
思わず、ワレスがハシェドと目を見かわしたのを、リヒテルに気づかれなかっただろうか?
「一人で出歩いてるのか? 魔物が出ると思ってたんだろう?」
「そうなんですよ。意外と度胸があるんだなって」
どうも、アイリスには妙な点が多い。一年前の符号もあるし、不審者のリストにくわえておく必要がある。
「アイリスって、本名はアリスなんだろう?」
「女の子の名前だねって、初めて会ったときに言ったら、泣きそうな顔したんですよ。気にしてるのかもしれません。それで、僕ら、アイリスって呼ぶことにしました。僕とクロードで」
「女の名前はイヤなのかな。でも、泣くほどじゃない」
「アイリスは家族の話もしないし、昔のことを秘密にしたいからじゃないかなって思ってます。家族に手紙も書いてない」
「それじゃ、親が庭師だったとはわからないんじゃないか?」
「彼が庭師の経験をつんでるのは、作業の手際を見てればわかりますよ。ただね、アイリスは蛇が嫌いなんです。作業用のロープを見ただけで青くなるんだから」
アイリスの情報は、それ以上、得るものはなかった。
「ミモザとマグノリアっているだろう? あれ、どっちがマティウスで、モーリスなんだ?」
「マグノリアがマティウスで、ミモザがモーリスですよ。なぜですか?」
「いや、アイリスの話が出たから、ついでに本名を聞いておこうと思っただけだ」
ということは、ミモザのほうが砦に六年、マグノリアが五年だ。
「ミモザって、かなりハンサムだよな」
つやっぽいオレンジ色の髪の美青年を思いだしながら、ワレスはつぶやく。
(一年ならともかく、二年間も性癖を隠し続けるのは、少しツライか? いや、あまり我慢しすぎて欲求がいっきに殺人にまで達したということも?)
考えていると、ちょっぴり頬をそめて、リヒテルがワレスの顔を上目づかいに流し見た。
「ミモザの外見は、そうとういいですね。でも、あの人、すごく冷たいんですよね。僕はワレス小隊長のほうがずっとハンサムだと思いますよ。スター性っていうのかな。空気が華やかで、リチェルさんは美神みたいだって言ってました。クロードなんて、ワレス小隊長に誘われたら、ほいほい、ついてくって」
ワレスは笑った。
「それは、どうも。しかし、立ち聞きはよくないな。クロードやアイリスには、夜間、外を出歩かないように、君から言っておいてくれ」
「はい」
「ところで、ミモザとユーグは二人だけで第二区画の担当だな。森林区域なのに、二人でできるのか? 力仕事も多いだろう」
「それなら問題ないですよ。森林といっても、ごらんのとおり、すでに形はできあがってますからね。新たに植樹することは、ほとんどないんです。今ある木の管理を任されてる。僕らは木こりじゃないから、老木以外は倒さない。二人の仕事は樹木の病気を予防したり、季節ごとの剪定とか。害虫や害獣からも守ってやらないといけないし、木ごとの肥料をやったりね。水やりは基本だし」
「虫はわかるが、動物も害なのか」
「鹿やイノシシはこの庭までは入ってきません。でも、ウサギやネズミはバカになりません。草木をかじるんです。とくにネズミはこのところ多いです」
「たいへんな仕事だということはわかった。しかし、ユーグはミモザの前には現れるんだろうか? 同じ区画を二人で受け持つなら、打ち合わせも必要だろう?」
「ミモザさんは手助けがいるときは、僕らや第三区画のショーンさんに声をかけてきます。僕らも手伝いを頼むことがあるし、担当区画以外でのやりとりは、けっこうあります」
それにしても、酷なとりあわせだ。火傷で美貌を失った男と、輝くばかりの美貌の男を二人きりで組ませるとは。
「ミモザやユーグは高木が専門なのか? 砦に来る前から?」
「ユーグさんはどうか知りませんけど、ミモザさんは違いますよ。四年前までは薬草園係だったって話ですけど。なんか、ショーンさんとケンカして、マグノリアさんと代わったんだって、僕は聞きました」
「誰から?」
「庭師長からです」
「じゃあ、まちがいはないか。ケンカの原因がなんだか知ってるか?」
リヒテルは首をふった。
「ショーンさんは勤勉ですからね。ケンカなんてする人じゃないんですけど、性格があわなかったのかな」
リヒテルから聞くべきことは、もうなかった。そのあとも少し話したが、ワレスの気をひく内容は出てこなかった。
「ジャマして悪かったな。もう行くよ」
ワレスが手をふると、リヒテルは切ったばかりの薔薇のツボミをさしだしてきた。
「これ、よかったら持っていってください。いつもは僕らの部屋に飾ってるんですけど、きっと、この子たちもそのほうが喜ぶと思うんですよね。毎日、キレイだねって言ってあげてください」
「……ありがとう」
ワレス自身は部屋に花があっても、あるなと思うだけだ。とくに愛でるわけではない。だが、リヒテルの勢いに負けて受けとってしまった。
(この子たち? 毎日キレイと言えって? このおれが花と語らう詩人に見えるか?)
リヒテルは花があれば、どんな人間でも幸せになれると思っているのだろう。これは彼の善意だ。
ほんとに花が好きなのだ。ちょっとあきれつつも脱帽する。
リヒテルと別れて、だいぶ歩いてから、ワレスは切花をハシェドに見せて笑った。
「男に花をもらってしまった」
「よかったですね」
「あれくらい情熱がないと、砦には来ないってことか。可愛い顔をしてても、それなりに変人だな」
「それを言ったら、庭師長なんて変人の大将じゃないですか。あのカッコにはおどろきました」
最初の日には、ワレスもあぜんとした。でも今、ハシェドに言われて、少し違和感をおぼえる。
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