十一章

十一章1



 広い庭園をたった十人で手入れしているのだから、園内から庭師を探しだすのは至難の業だ。

 ユリシスは果樹温室担当だから容易だが、順路どおりに歩いていって見つけたのは、ユリシスではなく、リヒテルだった。二年前に来たというリヒテルは、二十歳すぎの若者だ。伸ばしかけた栗色の髪の中途半端な長さに若さを感じる。


 リヒテルはワレスを認めて、自分から声をかけてきた。

「あっ、ワレス小隊長。こんにちは。僕のこと、おぼえていますか?」

「ああ。リヒテル。ちょうど庭師に話があったんだ。今いいか?」

「かまいませんよ。作業しながらでも話はできますから」


 リヒテルは手袋をして、薔薇の剪定せんていをしている。けっこう大きくなったツボミをバンバン切っていくので、見ているワレスのほうが心配になった。


「いいのか? そんなに切って」

「こうして間引きしないと、この品種はダメなんです。黄水晶は大輪の見事な花を咲かせますけどね。そのぶん栄養がたくさん必要なので、数輪残して、あとは切ってしまうんです。じゃないと、みんな咲かずに枯れてしまう。僕は薔薇の担当ですが、品種によって、かなりあつかいが違うんですよ」

「黄水晶は難しいと、そういえば、うちの庭師が言っていたな。おまえは若いのに凄腕だな」


 ワレスが皇都に持つ屋敷を管理するリュスターは、腕のいい庭師でもあった。彼の言葉を思いだす。

 リヒテルは得意げに微笑した。


「僕だって、国内で十年以上、この仕事をしてますからね」

「十年というと、始めたころはまったくの子どもだろう?」

「私の父は庭師です。子どものころから父の手伝いをしていました。もう教わることがないので、ここで五年ほど修行するつもりなんです。砦に来るのは、たいがい、そんな連中ですよ。みんな代々、庭師の家系。ここは新種のそりゃデリケートな花が多いから、腕をみがくには持ってこいなんです」

「ふうん」

「庭師長なんか神技ですからね。いつか僕もあんなふうになりたいなぁ。あの虹色スワンを咲かせることができる人は、ほかにいません」


 庭師の話が出たから、ちょうどいい。ユーグの居場所を聞きたかったが、その前にほかの庭師のことも聞いてみる。


「庭師たちは、みんな親しいのか?」

「親しいってほどではないですね。なんですか、ここの人たち、無口なんですよ。僕がよく話すのは、クロードと、ショーンくらい。でも、クロードはオシャベリすぎて、ちょっと疲れるんですが。昨日だって、事件のことを一番に聞いてきたのはクロードなんですよ」


 考えてみれば、自分たちの職場で起こる変死事件だ。庭師たちが話題にしないわけがない。


「庭師たちは、あれをどう思っているんだ?」

「僕たち、あれは魔物か獣のせいだと思っていたけど、まさか、人間の仕業だったなんて。ワレス小隊長が説明してるとき、クロードが立ち聞きしてたって知ってましたか?」

「いや。知らなかった。その話をクロードは君にしたのか?」

「みんなで朝食を食べてる席で聞きました」


 では、庭師はみんな、あれが人間の起こした殺人事件だと知っている。ユーグを捕まえるには、かえっていい。


 リヒテルは期待の目で、ワレスをながめる。


「みんな、それですごく怖がってるんだけど、ワレスさんが解決してくださるんですよね?」


 ワレスは苦笑した。


「まあ、そのつもりだ。それで、君を信用できる人物と見て、話を聞きたい。庭師は夜、一室で寝るのか?」

「ひと部屋ではないですね。庭師って朝早いですし、天候によっては夜中でも、とびおきて庭にかけだすことがあるんですよ。それで庭のなかに用具置場が何ヶ所かあるんです。そばに寝泊まりできる小屋もあって。ほんとはみんなの共用場所なんだけど、ユーグさんだけは第二区画の小屋を自分専用の寝室にしてしまって、僕たちの前にも出てこないんですよ。食事も食堂へは来ないほどで」

「どうやって食ってるんだ?」

「自分で野菜を育ててるんです。調味料は厨房でもらってるみたいですね」

「野菜しか食べていないのかな」

「たぶん、そうなんでしょう」


 リヒテルはなんの疑念もいだいていないらしい。


「男なのに、肉を食いたくならないのか」

「パンやチーズは厨房から持っていくんじゃないですか? もともとのわけ前ですからね。僕は知らないけど」


 言いかたにトゲがふくまれている。


「君はユーグのことが好きじゃないんだな」


 ワレスが問うと、困ったような目で見あげてきた。思ったことがすぐ表情に出る。嘘のつけないタイプだ。


「別に嫌いってわけじゃ……でも、その……」

「なんだ?」

「あの……前に一回、変なこと言われたので、苦手というか……」


 女の子みたいななめらかな頬に、みるみる血の色が透けてくる。


「もしかして、誘われたのか?」


 正解だ。リヒテルの顔は可愛い赤リンゴだ。


「ぼ、僕は断りましたよ。そういう趣味ないですし。アイリスなんか、あの人のこと、ちょっと気になってたみたいだけど」

「アイリスは気になっていた……」

「だからって、二人がどうこうってわけじゃないですよ。アイリスはものすごく気弱だから、あんな恐ろしい風貌の人に話しかけるなんてできないです」

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