十章5


「その点は調べてみたほうがいいな。とはいえ、国内に聞きに行くわけにもいかないし、手紙の往復では日数がかかりすぎる。庭師の仲間たちが何か知っているだろうか?」

「アイリスは一年前だから、今回のことには関係ないんじゃありませんか?」

「殺しの手口がいつも同じだから、同一犯だとは思う。だが、ペースが急にあがったのが一年前だ。それを考えれば、共犯ができた可能性はある。その場合、アイリスは砦に来た時期的に、もっとも疑わしい」


 砦に来た年数。偽名。隠したい過去。その点を重視して、とうぶんは調査することになる。しかし、ユリシスは偽名ではないものの、他人には明かせない過去がある。ほかにも、そういう人物はいるかもしれない。


(ユリシスが知ってるかな?)


 あとで会いに行ってみようと、ワレスは思った。


「それにしても」と、ハシェドは言う。

「ヘンルーダは長いですね。二十代のころから、かれこれ十年ですか」

「十二年と言っていたな」

「次にショーンで八年。リチェルが七年。モーリスは六年。モーリスって誰でしょう?」

「ミモザかマグノリアのどちらかだな」

「彼らみたいな、事件が起こるよりも、もっと前からいる庭師は怪しくないんですか?」

「今回のヤツは、金や怨恨ではないみたいだからな。快楽のために人を殺してるらしく思える。一概には言えないが、こういうヤツは、ある日とつぜん、そうなるわけじゃないんだ。初めは小動物を殺したり、強姦や通り魔から、そのうち殺人をくりかえすようになる。もし、ずっと古くからいるヤツが犯人なら、四年前より以前にも、いざこざがあったはずだ。なにしろ砦は閉鎖された世界だから、何かとウワサになりやすい。そういう風評は聞かず、とつぜん殺人が起こったのだから、やはり、この時期に砦に来たヤツが事件を起こしていると考えるのが自然だな。半年や一年は我慢がきいたとして、誤差一年だ」


 ハシェドがユリシスの調書を指さす。


「じゃあ、このユリシスも怪しいんじゃないですか? 彼も砦に来て五年になる」

「ウッカリしていたな。ならば、ユーグ、マティウス、ユリシスの三人が最有力候補だ」


 口では言うが、ワレスはウッカリ見逃していたわけではない。ユリシスは違うと思ったから、数に入れてなかっただけだ。ユリシスにはこんなふうに快楽殺人を起こせない。


 ハシェドは気づいたふうもなく、

「やっぱり、人を殺すことを楽しんでいるんでしょうかね?」

「今のところは、そう考えるしかないな。殺された兵士は金品を奪われていない。この前のタオの件といい、同性愛の匂いがする上、死体の一部が持ち去られている。こういう人殺しをするヤツは、殺した相手の肉を食うことがあるんだ。さっき話した死刑囚もそうだった」

「く……食うんですか? 人肉を?」

「ほかに死体を持っていく理由を思いつくか?」

「いえ……」

「死体まるごとなら、同性愛の趣味のためとも考えられるが、一部ではな」

「隊長、だんだん話が変になっていきますよ」

「そういうヤツが相手なんだよ。変態的な趣味を持ってるくせに、意外に外見は魅力的なんだ。行動力もあって、ずるがしこい。あるいは宗教的な妄想をいだく偏執狂かもしれない。人肉は神への供物、とかな」

「そっちのほうが、少しホッとするかな」

「有力候補を一人ずつ、つぶしてくしかないな。まずは、ユーグあたりから。アイツはロンドを襲った前科がある」


 ハシェドは首をひねった。


「反対するわけじゃないんですが、隊長はさっき、マニウス小隊長では、みんなを虜にするほどの魅力がないっておっしゃったでしょう? ユーグにそれがありますかね? おれには、そんなふうに見えないけど」

「ロンドが言っていたろう? ああいう男も倒錯的でそそられると。ある種の人間を惹きつける要素があるのかもしれない」


 ハシェドは両手で口元を押さえて忍び笑う。


「ある種って、ロンドみたいな?」

「そう。オカマ……というか、内向的で自虐癖のあるヤツ。あるいは、ふつうのセックスでは満足できなくなったヤツとか」


 そんな兵士いますか——という目で、ハシェドが見てくる。ワレスは肩をすくめた。


「おれだって、ユーグが犯人だと決めつけているわけじゃないぞ。候補が一人ずつ消えていけば、それだけ真実に近くなる。とりあえず、ユーグをひっぱってみよう」

「本人が認めますかね?」

「拘束しているあいだに事件が起こればヤツではないし、起こらなければヤツだ」

「なるほど」

「希望を言えば、ヤツが証拠の品を残してくれていると助かる。行方不明者が姿を消している期間は、ヤツの部屋か秘密の場所に監禁されているのだろうからな。殺人現場を見られてしまったとか、または同性愛の欲求を満たすために。そういう証拠が出てくれば」

「というと、伯爵も……?」


 うっと、ワレスは返答につまった。


「まあ、命が無事なら、いいだろう。彼はその命に価値がある。多少、性格は変わってしまうかもしれないが」


 ワレスは書類を戸棚にしまい、男爵からあずかった鍵をかけた。


「そのへんは、ユーグが犯人だった場合だ。でも、彼が犯人ではなくても、捕まえるだけの利点はあるんだ」

「そうなんですか?」

「犯人はユーグだと、おれたちが考えている。そう思わせておけば、ほんとの犯人は油断する。だろう?」


 ハシェドが尊敬のまなざしをなげてきた。

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