十章4

 *



 どんな人間でも、砦へ入るときには、必ず素性を明確にするため調書をとられる。むろん、偽名を使い、嘘を書くことはできる。

 だが、ごまかせないことが一つだけあった。それは砦へ来た日付だ。ワレスは裏庭で起こった変死事件の最初からの書類と、十人の庭師の調書をてらしあわせた。


「事件が始まったのは、正確には四年前の夏。水の月の終わりごろ。その年は二件の変死事件があっただけだ。次の年は一件増えて三件に。二年前には四件に増え、一年前の夏にも同数。ところが、この一ヶ月後、急に件数が増加している。およそ八日に一人というハイペースだ。犠牲者は行方不明者をよせて、五十二名。おもに夜、事件は起きているが、最初のころはそうともかぎらない。昼間に行方が知れなくなり、翌日、死体で発見されるケースがけっこうある」


 ハシェドがつぶやく。

「なんだか、こうして見ると、変な感じですね。なぜ一年前から急に凶暴になったんでしょう。人が変わったみたいだ」


「自分の楽しみで人を殺すやつは、同じことをしているだけでは、だんだん快楽が得られなくなり、さらに強い刺激を求めていくというぞ。以前、皇都の牢屋を見物に行ったとき、明日には処刑されるという男がそう語ってくれた。六人の女を殺したやつだ」

「なんだって、そんなとこ見物に行くんですか」

「興味があったからだ」

「知ってますか? そういうのを悪趣味というんです」

「まあいいじゃないか。おかげで、今、役立ってる」

「役立つかどうかは、まだわかりませんね。あなたって人は何やらかすんだか、知れたもんじゃない」

「そう目くじら立てるなよ。話すと、けっこうおもしろいヤツだった」


 ハシェドは大げさに息を吐いて、首をふってみせた。


「そんなヤツは神経がまともじゃないんです。かかわると、ろくなことになりませんよ」

「きっと、あいつがああなったのにも、何か理由があるんだと思うが。あの男が殺していたのは、腹の子を堕胎した女だったらしい。おれがちょくせつ解決した事件ではなかったから、くわしくは知らないが」

「ちょくせつって?」

「ジェイムズは役人だったんだよ。あいつに頼まれて、迷宮入りしそうな難事件をよく調査していた」

「ああ」


 ハシェドは妙に納得したような声を出す。


「それで謎解きが得意なんですね」

「おれは他人より猜疑心さいぎしんが強いだけさ。いったん疑問に思ったら、おざなりにしておくことができない」


 伯爵の居室と続きの間。重要な書類だけを保管された小さな文書室だ。書類をおさめる戸棚には鍵がかけられている。ワレスたちは特別なゆるしを得て、事件の関連書類を見分していた。


「じゃあ、裏庭の事件については、何か疑問がありますか?」と、ハシェドが問うので、

「ポイントはいくつかある。さっきも言っていた、なぜ一年前に急変したのか。行方不明者が長らく見つからず、どこかで生かされていたらしいのは、なぜなのか。また、そのあいだ、どこに監禁されていたのか」

「前にもそうおっしゃってましたね」

「アトラーたちがあれほど徹底的に探したのに、人間が隠れていられる場所はなかった。そこが気になるんだ」


 しかし、この疑問はまだ解けそうにない。大事な情報が欠けているのだろう。


 ワレスは書類に目を落としながら、今現在わかっている事実をならべる。


「昼間の裏庭の見張りは、マニウス小隊ではないんだな。同じ中隊だが、昼間の監視は第四小隊か」


 マニウスは第五小隊だ。


「ほかの隊の兵士がこっそり裏庭にまぎれこんで……ということはないんでしょうか?」

「以前なら、夜に柵を乗りこえ、忍びこむことはできただろう。だが、兵舎をひんぱんにぬけだしていれば、同室者に不審に思われる。それに、タオのときにはマニウス隊だけでなく、近衛隊がわんさかいた。現状、外から入りこむのは難しい。やはり、兵士という線は皆無ではないまでも、きわめて薄いと言わざるを得ない」

「だから、庭師なんですね」

「庭師には任期がないからな。見ろ。けっこう、みんな長いぞ。ビックリするな。ヘンルーダなんて若く見えたが、おれより十も年上か。四十近い」


 十人のうち三人は砦に来て日が浅い。第一区画のメンバーで、リヒテル、クロード、アイリス。彼らは一年から二年半しか砦にいない。この三人は除外してもよかろうと、ワレスは考えた。


「四年以上になるのは、ヘンルーダを始め七人。とくに怪しいのは、ちょうどこの四、五年前に来ているユーグとマティウスだな」

「ユーグっていうのは、ロンドを襲った男ですよね?」

「怪しすぎるくらい怪しい。しかし、ヘンルーダが紹介してくれたなかに、マティウスなんていなかったよな。愛称で呼ばれてるヤツってことか。アイリスはのぞくとして、ミモザかマグノリアかな。ヘンルーダは入城申請書にまで、すでにだぞ。いくらなんでも偽名なんだろうが、徹底してるな」

「アイリスの本名は、アリスっていう、これでしょうね。一年前に砦に来てる」

「アリスなんて女の名前だ。あいつもほんとは女かな? ちょっと、なよっとして、病弱な感じだったぞ」


 ワレスの言いぶんを聞いて、ハシェドはふきだした。


「それは庭師の仲間が気づくでしょう。女なら」

「だよな。エンハートだって、十日とたたないうちに同室のおれたちにバレた。一年もだましとおせるわけがない。しかし、偽名を使いたがるのは、おかしいな。過去に隠したいことがあるということか。この四人」


 皇都では砦のことを、不名誉を犯した男が死にに行く場所と言われていた。そんなところへ草木をいじるためにやってくるなんて、よほどの物好きか、あるいは、ほんとに不名誉をしでかして国内にいられなくなったか、どちらかだ。

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