十章

十章1



 二階正規隊の兵舎。

 マニウス小隊長をたずねたワレスだが、すべてのドアが閉ざされ、なかをのぞいても誰もいない。


「マニウス小隊はどこへ行った?」


 通りすがりの兵士にたずねる。砦の有名人のワレスに声をかけられて、若い兵士は赤くなって答える。


「マニウス小隊なら、本日は馬場をふりあてられております。おそらく、馬術の訓練でしょう」

「馬場か」

「西の第一馬場です。第二は別の隊が使っています」

「わかった」


 傭兵のワレスたちは森を焼きに行くときくらいしか馬に乗ることはないが、正規隊には小隊ごとに訓練日が割りふられているのだ。


 本丸の表門をぬけ、広い前庭に吹きぬける風を心地よく感じながら歩いていく。馬屋の近くに馬場があり、兵士たちのかけ声が聞こえてきた。


「第一分隊、さがれ! 次、第二分隊」


 マニウス小隊長の号令のもと、一個分隊が馬に乗り、二手にわかれてむきあっている。それぞれ槍を持ち、馬をかけさせて打ちあわせるのだ。


「槍駆けの稽古か」


 ワレスも学校にいたころ、しかたなく授業でやらされた。馬術といい、槍術といい、平民がなれ親しむものではない。貴族のためのスポーツだ。学校でもこればっかりは幼いころから練習してきた貴族の子弟にかなわなくて、悔しい思いをしたものだ。


「ワレス小隊長」


 ワレスが唇をゆがめていると、マニウス小隊長のほうが気づき、馬をおりてくる。


「どうです? 私の部下たちは。なかなかの腕でしょう?」


 槍はそうとう重いので、馬を全力でかけさせると、打ちあわせるだけでもかなり難しい。マニウス隊はその点、うまくこなしている。


「あなたの指南のたまものですね」

「いやいや。私自身、槍は苦手です。だが、苦手だからこそ鍛錬たんれんしなければ」


 マニウスは正規隊によくいる隊長のようだ。サムウェイのときにも思ったが、彼らといると息苦しくてしょうがない。


「鍛錬中のところ申しわけないが、こちらも忙しい身なので。昨日、頼んでいた件なのだが」


 マニウスは渋い顔をした。


「まったく、兵隊同士で恋愛ざたとは、たるんでる。あなたに言われて、さっそく兵士たちに厳しく聞きだしました。あまり古いことはわからないものの、ここ一年の犠牲者については、親しい者がおぼえていた。やはり、あなたの考えどおり、犠牲者のうちほとんどの者が——全員とは言わないが——任務中に逢引きなどというふざけたことをしていたようだ。言えば罰されると思い、今まで黙っていたらしい。もっと早くにわかっていれば、犠牲者を増やさなくてすんだだろうに」

「タオの友人によれば、相手の名を、タオは誰にも教えなかったということだが」

「他の者も同様です」

「そういう関係になって、まもないという話だったな」

「それもやはり二度めか、多くても三回めの逢瀬には殺されているようだ」


 やりくちが同じ。

 同一犯の可能性が高い。


「自分の体をエサにして、相手をただ殺すためだけに近づいているということか」


 どうしても、ひっかかる。


「正規隊の赴任期間は何年です?」

「ふつうは二年。しかし、ケガなどにより中途で帰る者もいる。また本人の志願があれば、さらに一年、任期をのばすこともできる」

「そんな酔狂なやつもいるのか」


 マニウスはワレスより七つか八つ年上だ。その彼が年下のワレスに丁重な物言いをするので、つられてワレスも丁寧になるのだが、急にマニウスの口元がほころんだ。親しみやすい表情になる。


「私のことですね。二十三のときから、かれこれ十二年、砦にいる」


 口は災いのもと。ワレスは赤面する思いだ。


「失礼」

「いや、平気ですよ。あなたは傭兵にしては、めずらしく礼儀正しいかたですね。アトラー隊長が、なぜ、あなたを嫌うのかわからない」

「あれはウッカリ本心をもらした、おれも悪いので」

「本心ね」

「誰でも心の奥には悪魔を飼っているものです。表面上はふつうに見えても」

「悪魔、か」


 マニウスのおもてが沈鬱ちんうつになる。


「私の隊のなかに、ふつうの兵士の顔をして、人間を切りきざむ悪魔がひそんでいるのだろうか? このごくあたりまえに見える彼らのなかに?」


 馬場をかけめぐる部下をながめるマニウスの視線を追う。どの兵士も汗をかいていたが、昨日、兵舎でワレスに暗い幻想をいだかせた、なげやりなようすはない。じつに生き生きしている。


「そうかもしれないが、そうでないかもしれない。ひとつ聞きたいのだが、裏庭で最初に犠牲者が出たのは、いつごろです?」

「たしかなことは記録を見ないとわからない。三、四年前だったでしょう。初めは夏になると変死が起こってね。この一年でヤツは凶暴になったのか、夏にかぎらず、年中、殺人をくりかえすようになった。私にはそれを止めることができない」

「これまでの変死がすべて同一人物の仕業なら、少なくとも四年前には砦にいたということか。あなたの隊に、そういう兵士はどれだけいる?」


 マニウスは顔をしかめた。


「被害の多い隊なので、入れかわりが激しい。私をふくめ、数えるほどしかいない」

「でしょうね。いくら志願して来たとはいえ、なみの者なら、何年もこの砦にいようとは思わない。二年で任期が明ければ、さっさと帰るでしょう」


 ワレスがマニウスを見ると、彼はあわてた。


「まさか、私を疑っているのではないでしょうね?」


 あわてぶりがおかしくて、思わず、声を出して笑う。


「さあ? 急場は兵士を疑心暗鬼にさせないことですね。仲間同士で疑いあっていれば、それこそ任務に障りが出る」


 聞きだすことは、もうなさそうだ。

 いちおう、マニウスに頼んで、四年以上いるという兵士の顔を一人ずつ見た。が、ワレスにはピンとくる相手が見つからなかった。どの男も平凡でパッとしない。


(やはり、おれの考えどおりか)

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