九章3
ダルネス小隊長は第一大隊傭兵部隊の第一小隊長だった。いかめしい名前に似合わず、とぼけた顔つきの男た。いつも人を食った目をしている。
「エンハート? あいつなら、おぼえてるとも。とにかく、ものすごい美形だったからな。でも、変なヤツだったよ。こっちの言うことはぜんぜん聞きゃしない。仕事はさぼる。一日、文書室にこもってると思えば、あちこちウロつきまわって戻ってこない。あげくのはてが姿を消しちまうだろう?」
ユイラ人だが下町育ちらしいダルネスは、ひょうひょうとして見えるが、ときどきするどいものを感じさせる。たずねてきたワレスに、ひととおりエンハートの悪口をあびせたあと、ぼそりと言った。
「でも、なんか憎めないヤツだった。ワガママしてもゆるせちまうというか。そういうとこ、女っぽかったな」
どうもこのダルネスも、ただの愛人というより、エンハートには特別な感情を持っていたらしい。ギデオンも趣味ではないと言いながら、一年前に一度だけ見かけた彼をおぼえていたくらいだ。エンハートというのは、人をそういう気分にさせる男なのだ。
「アイツ、貴族の出か。どおりで世界が自分中心にまわってるはずだよ」
「その貴公子を、あんた、情夫にしてたらしいじゃないか」
ダルネスは悪びれずに笑う。
「だって、アイツの身分なんて知らなかったんだからしかたない。初めてってわけでもなかったんだから、ま、いいじゃないの」
ワレスは嘆息した。
「まあ、エンハートだって子どもじゃないからな。ほんとにイヤなら断っていただろう」
「それは、どうかな。エンハートとあんたじゃ、だいぶタイプが違うぜ? 同じころに砦に来て、かたや小隊長。今や砦の英雄で、一方は行方不明。生死もわからない」
「おれと中隊長のことを
ワレスがにらむと、ダルネスは舌を出した。
「怒るなよ。そんなつもりで言ったんじゃない。あんたが自力で小隊長になったのは衆知の事実だって。ギデオンがあんたに惚れるわけ、わかるなぁ。あいつは前から反抗的なヤツが好きだった。いきのいいのをねじふせる、みたいな」
「……中隊長と個人的に親しいのか?」
「おれらはだいたい同じころに砦に来て、同じぐらいに昇格して。今は一歩リードをゆるしてるが、そのうち追いつく。だから、新入りのとりあい、してきた仲なわけよ。おれはあいつみたいに金髪碧眼にこだわらないが、外見のキレイな男はおたがい欲しいわけで。あんたが入ってきたとき、おれも『おっ』とは思ったが、あのころは、そら、エンハートがいたし。惜しいことしたな。エンハートがすぐ消えちまうとわかってりゃ……」
「エンハートがいなくなったのは、いつだ?」
「隊に入れて、ひとつきあまりかねぇ。いつもみたいに昼間、ブラリと出かけていって、それっきりさ。てっきりサボりだと思ったら、翌日になっても帰ってこねぇ。荷物も置いたままで、どこに行ったんだか」
「手がかりなしか」
他人ごとながら、たしかに、エンハートは困った兵隊のようだ。ワレスの部下だったら、とっくに解雇している。
「なんなら、おれの部下に聞いてもいいが、誰もたいしたことは知らないだろうぜ。エンハートはおれたちのこと、虫ケラだと思ってたみたいだからな。親しいヤツなんていなかったろう」
そう言って、ダルネスは下唇をつきだす。貴族の御曹司をムリヤリ愛人にしていたわけだから、嫌われるのはいたしかたあるまい。
しかし、ダルネスはきさくな男ではあった。ワレスを見て笑顔になると、散らかった室内をあれこれ掘りおこし始める。
「ああ、あった、あった。これ、ヤツの荷物。弟が来てるんから、渡してやんな」
ワレスのほうへなげてよこす。
「喜ぶだろう。礼を言う」
「なんかわかったら、あんたのとこに知らせに行くよ。せっかくお近づきになれたんだからな。まずは友達から、よろしくお願いします」
ギュッと手をにぎってくるので、ワレスはふりはらった。
「あんたも中隊長もおことわりだ! あんたら、ほんと、いい勝負だよ」
ダルネスはわざとらしく大きなため息を吐きだす。
「やましい気持ちはないのに。あんたほど優秀な小隊長と友達になりたくない男がいるか? え?」
「さんざん男の値踏みの話をしておいて、よくもそんな図々しいことが言えるな」
「あんたとエンハートは、どっか似てるよ。姿形も性格も、まるきり違うのに、なんでかな。そんなふうに人を近づけないようにしてる感じがっていうのかな?」
急に真顔で言われて、ワレスはくちごもった。
(おれとエンハートが似ている?)
話に聞くかぎりでは、そうは思えないのだが。
「おれはマジメな小隊長だ。そんな不良兵士といっしょにしないでくれ」
どさくさまぎれに肩を抱いてこようとするダルネスの手をはらいのけて、ワレスは退却した。
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