九章2
「中隊長。ご在室でしょうか? ワレス小隊長であります」
暑いからだろう。扉は半開きになっていて、なかのようすがかいまみえる。
ギデオンとメイヒルは雑談中だ。二人ともワレスに見せることのない自然な笑顔を浮かべていた。とくにギデオンなんて、別人かと思うくらい柔和に見える。
(あいつ、あんな顔もできるのか)
ちょっと意外な気がした。が、
「中隊長殿。ワレス小隊長です」
声をかけると、ギデオンの顔がひきしまり、ワレスの知っているとりすました表情になった。
「入れ」
言われたとおり、なかへ入る。しかし、近くまではよらないで、中央あたりでとどまった。
「おくつろぎのところ申しわけありません」
ギデオンはしかめっつらをする。よっぽどワレスに弱みを見せたくないらしい。そう思うと、おかしい。ワレスの知っている陰険なギデオンは、彼の一面にすぎないのかもしれない。
「相談があって参りました。じつは昨夜、私の部下のエンハートがアルメラ貴族であることが判明いたしました。砦へは行方知れずになった兄を探しに来たとのこと。なにとぞ、中隊長のご助力をいただき、彼の兄の消息をつかみたいと存じます」
いいとも悪いとも、ギデオンは言わなかった。髪の短くなったワレスを、じろじろながめて見分している。
「中隊長?」
ワレスが上目遣いににらむと、ギデオンは肩をすくめた。
「おれにどうしろと言うんだ?」
「エンハートの本名はエルマン。エンハートは兄の名だそうです。一年前、砦へ来て、第一大隊に入ったらしいのですが、そのくわしい所属を知りたいのです」
「一年前、第一大隊か。傭兵としてだろう?」
「ご存知なのですか?」
ギデオンはニヤニヤ笑って、ワレスを見る。
「髪を切ると、まるで少年だな。奔放にはねる巻毛が、じつにおまえらしい」
「はあ?」
中隊長は歩みよってきて、ワレスの髪を指さきでもてあそんだ。
「巻きが大きいのが乱れた感じでいいな。倒錯的だ。寝起きの顔を見てみたい」
また始まったぞ。金髪フェチめ——という気持ちが、そのまま顔に表れていたらしい。
「おまえが入ってくる二旬前、黄金をそのまま
なるほど。金髪フェチのギデオンが目をつけていないわけがなかった。
「さすがは中隊長。素晴らしい観察眼です」
ワレスの皮肉に、ギデオンは顔をしかめる。
「たしかに一瞬、惜しいとは思った。が、おれの趣味から言うと、少しけばけばしすぎた。意志薄弱に見えたしな。もう少し凛としたたたずまいがほしかった。そう。おまえのように」
すうっと伸びてきた指が、ワレスのあごをとらえる。
「だから、いいかげん、おれのものになれ。可愛がってやるぞ?」
ワレスはギデオンの手を、パチンとたたいてふりはらう。
「エンハートをつれていったのは、どの隊長ですか?」
あくまで事務的に続けると、ギデオンはつまらなさそうに唇をゆがめる。
「第一のダルネス小隊長だな。その後、見かけたことはない」
「ダルネスですか。ありがとうございます」
ワレスは退室しようとした。背後で、あまり嬉しくない補足が入る。
「ダルネスはおれと同じ趣味の男だ。愛人としてつれていったんだな」
ダルネス小隊長は、ワレスも知っている。傭兵隊の小隊長同士だから、入隊希望者の試合場でかちあう。
(うっ。そうだったのか。どおりでアイツ、おれを見るたびに変な目つきをする——)
ワレスは頭をさげ、今度こそ退出しようとした。だが、ふたたび呼びとめられる。今度のギデオンの声は真剣だ。
「ワレス小隊長。おまえ、裏庭の警備に出ているらしいな?」
ワレスは内心で舌打ちをついた。エンハートのことやあれこれで、すっかり報告を忘れていた。
「申しわけありません。コーマ伯爵のご命令により、隠密にということでしたので」
「しかし、上官のおれには告げておくべきだ。いざというとき、伝令がとどこおる」
「私のミスです。すみません」
ギデオンの声のトーンが一つさがった。
「それほど、おれに会うのがわずらわしいか?」
返事に窮する。
たしかに、そうなのだろう。ギデオンに会うのがイヤだから、無意識にさけたのだ。
「小隊長失格だぞ。おれに逆らうのはいいが、任務に支障をきたすまねはするな?」
悔しいが自分に非があるので言い返せない。
「おれのむこうを張るために髪まで切って。そのていどで、おれがあきらめると思うなよ」
まったく、しつこい男に好かれたいものだ。
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